第48話 戦争よりレベル上げ
竜骨砦から戻った三人を待っていたのは、宿の前に並ぶ王国軍だった。
兵士たちは街道を塞ぎ、遠くの高台にも見張りが立っている。剣を抜いてはいない。だが、いつでも動けるように整列していた。
クロウはその様子を見て、ため息をついた。
「面倒なイベント始まったな……」
「イベントではありません」
セリアが、すぐに訂正した。
「王国軍です。竜骨砦への侵入と、これまでの行動を理由に、最後通告が出ています」
「最後通告?」
「レオンと私の出頭。武装解除。組織の解散。管理地域の返還。そして、あなたが持つ特殊な知識の開示です」
クロウは、収納袋の中にある竜骨片を思い出した。
「それを断ると?」
「王国は、私たちを反乱勢力として討伐すると」
「つまり、向こうから攻めてくるってこと?」
「このままなら、そうなります」
クロウは王国軍の先頭を見た。兵士の数は多い。だが、装備や陣形を見る限り、天喰らいのような高位魔物と戦うためのものではない。
もちろん、人間と魔物では戦い方が違う。数が多ければ、単純な力比べでは不利になる。だが、クロウは戦争そのものに興味がなかった。
「じゃあ、追い返せば終わり?」
レオンが苦い顔をする。
「それで終わればな」
「向こうが戻ればいいんだろ」
「王国が一度退いたからといって、問題が解決するわけではない」
セリアが続けた。
「こちらを危険な勢力だと判断した以上、次はさらに大きな軍を送ってくるでしょう」
クロウは少し考えた。
「だったら、経験値を稼げる場所で迎え撃たない?」
レオンとセリアが同時に振り返った。
「……何?」
「王国軍が進んでくる地域の近くに、高効率の狩場がある。敵を待ってる間に、魔物を狩れる」
「人間を経験値にするつもりではないでしょうね」
「しない。魔物を狩るんだ」
クロウは地図を広げた。
王国軍が進軍すると予想されるのは、竜骨砦の南側にある岩地だった。その一帯には、夜になると黒い甲殻獣が大量に出る。地形は複雑で、岩の裂け目や地下道も多い。
ゲームでは、レベル八十台後半のプレイヤーが使う定番の狩場だ。
「この岩地には、魔物の出現周期がある。正面の道を進ませると群れが分かれるし、あの谷へ誘導すると一度に相手をする数を減らせる。安全地帯はここ」
クロウは地図に印をつけた。
「王国軍が進む道を限定できる」
レオンが地図を見つめる。
「この谷に兵を入れれば、左右の高台から挟める」
「俺は魔物の話をしているんだけどな」
「同じ地形を使うなら、人間にも有効だ」
クロウは少し考えた。
「じゃあ、そうしてくれ」
レオンはすぐに見回り役へ指示を出した。谷へ続く道を塞ぎ、王国軍を安全な進路へ誘導する。高台には弓兵を置くが、先に攻撃はしない。住民と商人は、戦闘区域から離れた場所へ避難させる。
セリアは補給線を整えた。街道を使う荷車の順番を変え、兵糧と薬を安全な場所へ移す。戦闘に巻き込まれる可能性がある村へも、避難の指示を送った。
「二人とも、準備が早いな」
クロウが言った。
「あなたが地図を見せたからです」
「狩場を説明しただけだぞ」
「ええ。あなたは、いつもそう言います」
夕方、王国軍が岩地へ入った。
数は三百ほど。歩兵を中心に、騎兵と弓兵が続いている。正面から見れば、三人で相手にするには多すぎる。
しかし、クロウは敵の移動速度と地形を見ていた。
「先頭と後ろが離れた」
セリアが報告する。
「予定通りだな。レオン、谷の入口を閉じる」
「分かった」
レオンが合図を送る。
高台から岩が落とされ、道の一部が塞がった。王国軍の進軍が止まり、前方の部隊だけが谷へ入る。
クロウは、そのさらに奥へ視線を向けた。
「そろそろ魔物が湧く」
「王国軍の前で、ですか?」
「こっちの方が経験値は高い」
地面が震え、岩の裂け目から黒い甲殻獣が現れた。続けて二体、三体。谷の奥から、群れが流れ込んでくる。
王国兵が混乱した。
クロウはレオンへ指示を出す。
「魔物だけを右へ誘導する。兵士とは戦うな」
「分かっている」
レオンが盾を掲げ、甲殻獣の攻撃を受け流した。魔物が彼を追い、王国兵から離れていく。セリアが魔力の流れを読み、安全な退路を指示する。
「左の裂け目へ入れます。五体がまとまっています」
「そこへ行く」
クロウが走った。
魔物は強い。だが、弱点は分かっている。甲殻の硬い部分を避け、脚の付け根と腹部を狙う。レオンが敵を固定し、セリアが足を止める。クロウの攻撃が次々と弱点へ入った。
五体が消え、魔石が地面へ散らばる。
「次は左から来る!」
セリアの声が飛ぶ。
「レオン、下がれ!」
レオンが下がり、甲殻獣の突進が岩壁へ当たった。クロウが背後へ回り、短剣を突き立てる。
戦いは、王国軍の前で続いた。
王国兵から見れば、三人は魔物の出現位置を予測し、群れを自在に分断し、危険な魔物を次々に倒している。王国軍の進路まで読んだ、完全な防衛作戦にしか見えなかった。
クロウにとっては、狩場の効率を上げているだけだ。
やがて、岩地へ入った魔物の大半が倒れた。王国軍は進軍を止め、負傷者を下げた。戦闘らしい戦闘をしないまま、第一陣は撤退していく。
「経験値は、そこそこだな」
クロウは魔石を拾った。
「王国軍は退いたが、また来るだろう」
レオンが言う。
「その前に、もう一周できる」
「お前は本当に、戦争よりレベル上げを優先するのか?」
「戦争を終わらせるためにも、強い方がいいだろ」
それだけは、レオンも否定できなかった。
王国側では、第一陣がほとんど損害を与えられずに退いたという報告が上がった。
地方勢力は、王国軍の進軍路を事前に把握していた。魔物の発生さえ利用し、兵の動きを封じた。
実際には、クロウが効率のよい狩場を選んだだけだった。
戦闘の翌朝、岩地には王国軍が置いていった天幕と、破損した荷車が残っていた。セリアはそれらを回収し、使える物資を周辺の村へ回した。レオンは王国兵が戻ってくる可能性を考え、見回り役の交代を決める。
「次の軍が来る前に、別の狩場へ移る」
クロウは魔石を袋へ入れながら言った。
「ここはしばらく敵の数が減っている。経験値効率も落ちる」
「王国軍が撤退した場所を、もう狩場として見ているのか?」
レオンが尋ねる。
「敵が減ったなら、そうなるだろ」
セリアは、遠くの街道を見た。
王国との衝突によって、人々の生活は不安定になっている。だが同時に、王国軍が進めなかった場所を、レオンとセリアの人間が守っていることも事実だった。クロウの攻略と、二人の後処理は、もう切り離せないところまで来ていた。




