第47話 戦争になってる?
竜骨砦の地下は、巨大な迷宮になっていた。
砦そのものは地上の軍事施設だが、地下には古い竜の骨を利用したダンジョンが広がっている。骨の柱。青白い魔力を放つ壁。遠くから響く、何かが歩く音。
「ここから先は、ゲームだと八十台向けだ」
クロウは短剣を構えた。
「つまり、これまでより強い敵がいる」
レオンが剣を抜く。
「そう。でも、経験値も高い。装備素材も手に入る」
「お前は本当に、それしか考えていないのか?」
「それ以外に、何かあるか?」
セリアは、骨の柱を見た。
「王国軍が、すぐ地上にいることは考えていますか?」
「地上にいるなら、地下までは来ないだろ」
「王国の重要拠点です。地下の存在を知っている可能性はあります」
「でも、入口は隠し通路だ。ゲームでも誰も知らなかった」
クロウは歩き出した。
最初の部屋には、骨でできた獣が五体いた。普通の獣よりも速く、攻撃を受けると骨片を飛ばしてくる。
「最初に中央の一体。倒れた後、周囲の骨片が爆発する」
クロウの指示に合わせ、レオンが中央の獣を引きつける。セリアは骨片の散らばる位置を読み、爆発の範囲を知らせた。
「左側が安全です。右の柱の裏は避けてください」
レオンが敵を左へ誘導する。クロウが首の骨を断ち、獣が崩れた。残った骨片が赤く光る。
「下がれ!」
爆発が起き、床に亀裂が走った。
その後も、クロウは罠を解除し、敵の配置を利用し、経験値の高い魔物だけを選んで倒していった。中ボスの前まで来ると、彼は道の端を指した。
「こっちは通らなくていい」
「何もないのか?」
「敵が多いだけ。あっちの隠し通路を使うと、中ボスを飛ばせる」
レオンが呆れた。
「せっかくのダンジョンなのに、戦わないのか?」
「経験値の効率が悪い敵と戦う必要はないだろ」
セリアは、クロウの言う「攻略」が、単に敵を倒すことではないと改めて理解した。倒さない方がよい敵。通らない方がよい道。仕掛けを利用して、戦う場所と時間を選ぶ。
それは、迷宮全体を一つの問題として見ている者の判断だった。
中層を抜け、最深部へ近づいた頃、地上から音が聞こえた。
鐘。怒鳴り声。複数の足音。
「王国軍が動いています」
セリアが立ち止まった。
「入口を見つけたのか?」
レオンが尋ねる。
「分かりません。ただ、地上の兵士が増えています」
「なら、急いだ方がいい」
クロウは最深部の扉を見た。
「この先に、八十用の素材がある」
「今、そこを優先するのか?」
「ここまで来たんだから、取って帰るだろ」
扉を開くと、巨大な竜骨が組み上がった広間が現れた。骨の中央には黒い魔力が集まり、四本脚の竜型魔物が姿を現す。
「ゲームでは、ここがボスだ」
「またボスか」
レオンが剣を構えた。
「攻撃の後に首を下げる。そこが弱点。骨を三本壊すと、胸が開く」
クロウの指示が飛ぶ。
竜骨獣が咆哮し、広間へ骨の槍を降らせた。レオンが走り、セリアが安全な場所を示す。クロウは敵の攻撃を誘導し、背後の骨柱へ当てた。
「一本目!」
柱が砕ける。
竜骨獣が振り返り、尻尾を薙いだ。レオンが跳び、クロウが腹の下を抜ける。セリアの魔法が足を縛り、レオンの剣が二本目の骨柱を断った。
敵の動きが鈍る。
「三本目は、俺が壊す。レオンは正面を頼む」
「分かった!」
クロウが柱へ走る。竜骨獣が口を開き、黒い炎が集まった。
「セリア、今!」
光の魔法が敵の口元を逸らし、炎が天井へ抜ける。クロウの刃が三本目の柱へ入った。
広間の魔力が崩れ、竜骨獣の胸が開いた。
「全員、核へ!」
三人の攻撃が黒い核へ集中する。竜骨獣が最後の力で暴れたが、セリアが動きを読み、レオンが足を止め、クロウが弱点へ攻撃を入れ続けた。
核が砕ける。
竜骨獣は崩れ、骨の広間に素材が散らばった。
「よし。欲しかった素材がある」
クロウは黒い竜骨片を拾い上げた。
「これで八十用の装備が作れる。いい感じだ」
レオンは、天井の向こうから聞こえる音に耳を澄ませた。
「地上が騒がしい」
クロウたちは入口へ戻った。
隠し通路を抜けて外へ出ると、竜骨砦の周辺には王国軍が増えていた。街道側には兵士が並び、その向こうには、レオンとセリアの勢力から来た護衛たちも集まっている。
誰も武器を下ろしていない。
「何これ」
クロウが言った。
「戦争になりかけています」
セリアが答えた。
「戦争?」
クロウは、本気で驚いた。
「俺たち、何かした?」
「……かなりした」
レオンが言った。
王国側から見れば、戦略資源を求め、高位魔物を繰り返し討伐し、臣従要求を拒否した勢力が、軍の封鎖線を迂回して王国北部の重要地点へ侵入したことになる。
その上、砦の地下で魔物を倒し、魔力の流れまで変えている。
完全に反乱勢力の行動だった。
「でも、俺たちは鉱石が欲しかっただけだろ」
「王国は、そうは考えていません」
「そんなつもりなかったんだけどな」
クロウは手に入れた竜骨片を袋へしまった。
「まあ、向こうから来るなら仕方ないか」
征服したいわけではない。王国と戦いたいわけでもない。
ただ、レオンやセリア、これまで関わってきた人々が攻撃されるなら、放置するつもりもなかった。
「早めに終わらせよう。レベル上げが止まるし」
「お前にとって、戦争はその扱いなのか?」
レオンが疲れた声で尋ねる。
「長引いたら困るだろ」
セリアは王国軍の向こうを見た。
「それについてだけは、私も同意します」
竜骨砦の前で、両者の視線がぶつかる。
クロウは、次に作る装備の性能を考えていた。
その背後で、地方勢力と王国の衝突が、避けられない段階へ進み始めていた。
遠くで、王国軍の角笛が鳴った。
レオンのもとへ、配下の護衛が駆け寄る。街道の南側にも兵が集まり始めているという。セリアへは、周辺の町から避難と物資の相談が届いていた。
「王国は、本気でこちらを排除するつもりです」
セリアが言った。
「なら、まずは話し合えばいいんじゃないか?」
「話し合いのために、これほどの兵を並べるでしょうか」
クロウは竜骨片を一度取り出し、光にかざした。黒い素材は、地下迷宮の魔力をまだわずかに帯びている。
「せっかく取ってきたんだから、装備を作りたいな」
「その前に、王国との問題を解決してください」
「分かってる。だから、早めに終わらせる」
三人は、竜骨砦の前に広がる王国軍を見た。
クロウにとっては、次の攻略へ進む前に発生した面倒なイベントだった。レオンとセリアにとっては、これまで守ってきた人々と、王国の軍事力が正面から向き合う瞬間だった。




