第45話 なんか怒ってるらしい
月影の湖から戻った翌日、王国の使者が宿を訪れた。
濃紺の外套を着た男と、護衛の騎士が二人。表情は硬く、手には封蝋の押された書状がある。
レオンとセリアが応対し、クロウは少し離れた椅子で地図を見ていた。
使者が通された部屋には、窓際に簡素な机が一つあるだけだった。レオンは椅子を勧め、セリアは茶を用意した。クロウは礼儀作法について考える気がなく、机の上へ竜骨砦の地図を広げている。
王国の使者は、その地図を見たまま黙っていた。
北部の重要地点。古い砦。周辺の鉱脈。そこへ続く街道。王国の役人なら、地図を見ただけで意味が分かる場所だ。
「クロウ、今は地図をしまってください」
セリアが小声で言った。
「でも、竜骨砦はここから行ける」
「後で確認します」
「分かった」
クロウは不満そうに地図を畳んだ。
「王国より、正式な通達をお持ちしました」
使者が書状を開く。
「第一に、王国領内での無断の高位魔物討伐。第二に、許可なき武装集団の活動。第三に、管理地域の急速な拡大。第四に、王家直轄鉱山への接触について、説明を求めます」
クロウは顔を上げた。
「なんか怒ってるの?」
使者の眉が動いた。
「かなり、です」
セリアが答える。
「鉱石を取ってないのに?」
「問題は、鉱石だけではありません」
レオンが低い声で言った。
王国から見れば、レオンとセリアの勢力はすでに一つの地方軍に近い。街道を守り、鉱山を管理し、複数の町へ人を派遣している。そこへ高位魔物を倒せる戦力が加わり、王家直轄の資源へ立ち入りを求めた。
王国が、それを単なる素材集めと考えないのは当然だった。
使者は書状を机の上へ置いた。
「王国は、あなた方を敵と断定しているわけではありません」
「では、何を求めている?」
レオンが尋ねる。
「王国の秩序へ従う意思を示していただきたい。これまであなた方が管理してきた街道や鉱山についても、王国の監督を受けること。武装した人員の数と配置を報告すること。そして、天喰らいを討伐した経緯を、可能な限り説明することです」
セリアは書状の一文を指でなぞった。
「天喰らいの討伐経緯を、どこまで?」
「使用した武器、人数、戦術、討伐地点。特に、あれほどの魔物を倒せる戦力が、どこに所属しているのかを知りたいと」
セリアはクロウを見なかった。
クロウの存在を伝えるわけにはいかない。王国が知りたがっている情報の中心には、彼がいる。だが、彼の知識と力をそのまま説明すれば、これまで守ってきた情報管理が崩れる。
「討伐は、私とレオンの指揮下にある者たちが行いました」
セリアは慎重に答えた。
「詳細な戦術は、現場の状況に応じたものです。再現できるものではありません」
完全な嘘ではない。
クロウがいなければ、同じ戦術は成立しなかった。しかし、彼の存在を知らない者が聞けば、レオンとセリアの勢力が独自に考えた攻略法だと思うだろう。
「王国は、私たちへ三つの選択を求めています」
セリアが書状へ目を落とした。
「王国への臣従。武装勢力の縮小。現在管理している鉱山と街道の権限返還。そして、天喰らいを含む高位魔物の討伐情報の開示です」
「それを受け入れるのか?」
クロウが尋ねた。
「受け入れれば、今まで通りの生活はできません」
「じゃあ断れば?」
使者がクロウを見た。
変装しているため、彼はただの同行者にしか見えない。王国側が把握しているのは、レオンとセリアの勢力だけだ。
「そう簡単な話ではない」
レオンが言った。
「断れば、王国は敵対勢力と判断する可能性がある」
「でも、今まで通り暮らしたいんだろ?」
クロウは二人を見た。
「なら断ればいい。俺の方は、鉱山に入らなくても星鉄を取れたし」
セリアは一瞬、目を閉じた。
クロウにとって、話はそれだけだった。目的の素材は手に入った。王国と揉める理由もない。ならば、要求を受け入れず、これまで通りにすればいい。
しかし、王国側から見れば、臣従を求められた地方勢力が、ほとんど検討もせずに拒否している。
「我々の要求を、軽く考えないでいただきたい」
使者の声が強くなった。
「これは、王国の命令です」
「命令なら、なおさら従う理由がないな」
レオンが答えた。
クロウは地図をめくった。王国北部に、次の装備素材が手に入る場所がある。八十帯の武器を完成させるには、星鉄だけでは足りない。
必要な素材の名前を、クロウは頭の中で並べた。星鉄。竜骨片。深層竜の皮。最後の一つは、竜骨砦の奥で手に入る。そこへ入るには、王国の街道を北へ進むのが一番早い。
交渉が長引けば、それだけ攻略開始が遅れる。
「竜骨砦へ行く許可は、取れそうか?」
クロウがセリアへ聞いた。
使者の表情が硬くなる。
「そういえば、次は竜骨砦へ行くか」
セリアが、ゆっくり顔を上げた。
「……王国北部です」
「また王国か」
「今度は、立ち入り許可を取るのが難しいでしょう」
「王国は、今のところ竜骨砦周辺への立ち入りを認めていません」
使者が答えた。
「あの地域は軍事上の重要地点です。天喰らいを倒した勢力が、続けてそこへ向かうことを許可できると思いますか?」
「でも、ダンジョンへ行きたい」
クロウは正直に言った。
レオンが額を押さえる。
「少し黙っていてくれ」
「分かった」
「別の入口はないのか?」
「調べてみます」
使者は、クロウたちが次の王国領へ向かう話を始めたことに気づいた。自分が伝えた通達が、脅しとして受け取られていない。むしろ、相手は別の方法で王国の管理地域へ入るつもりらしい。
王国側へ戻った使者は、報告を改めた。
レオンとセリアの勢力は、王国の要求を拒否した。さらに北部の重要地点へ進出する意図がある。
警戒は、敵意へ変わり始めていた。
宿では、クロウが竜骨砦の地図を広げていた。
「ここに、八十用の素材がある。ダンジョンとしても面白い」
「今、王国と問題になっている最中ですが」
「だから、早めに行った方がいいだろ」
レオンは深く息を吐いた。
「お前にとって、王国との対立も攻略の予定に入るのか?」
「対立したいわけじゃない。ただ、ダンジョンへ行きたい」
クロウは本気だった。
その目的のために、王国と地方勢力の関係が崩れ始めていることを、まだ深刻には理解していなかった。




