第43話 採掘したいだけなんだけど
王国から返事が来るまで、五日かかった。
その間に、クロウは何度か山岳地域の周辺で魔物を狩った。許可が必要な鉱山へ入ることは避けたが、街道の外側にいる魔物なら問題ないと考えたからだ。
山岳地帯の手前には、王国の検問所があった。高い柵と石造りの見張り台が街道を塞ぎ、通行証を持たない者は脇道へ回される。
クロウたちは検問所から少し離れた場所で野営し、翌日に出てくる魔物を狩った。山から下りてくる甲殻獣は、岩に紛れる性質を持っている。普通なら見つけるだけでも難しいが、クロウはゲームでの出現地点を覚えていた。
「あの岩、少しだけ形が違う」
クロウが指を向ける。
「あれが魔物ですか?」
セリアが目を細めた。
「まだ動いていない。レオン、右から回ってくれ。起きたら左へ逃げる」
レオンが静かに近づく。甲殻獣が岩を崩して立ち上がった瞬間、クロウの魔法が足元を撃ち抜いた。レオンが横から斬り込み、セリアが動きを封じる。
魔物は短時間で倒れた。
「王国の鉱山に入らなくても、周辺で狩りはできるのですね」
「この辺は、まだ弱い方だ。山の奥に行くと厄介になる」
クロウは魔石を拾いながら、検問所を見た。
「でも、通行許可を取るまで狩り続けるのは効率が悪いな」
その日の夕方、王国から返事が届いた。
レオンとセリアが交渉の準備をしている間、クロウは地図を見ながら狩場を探していた。
「王国から返事が届きました」
セリアが部屋へ入ってきた。
「採掘の目的、必要な量、同行者、資源の利用方法について、かなり細かく説明を求められています」
「星鉄を数個取るだけなのに?」
「向こうには、そう見えていません」
「なんで?」
セリアは返事の書かれた紙を机へ置いた。
王国側は、レオンとセリアの勢力をすでに地方最大級の武装集団として把握している。街道、鉱山、商流、護衛。そこへ天喰らいを討伐できる高レベル戦力が加わった。
王国から見れば、これは一つの地方勢力が、王家の管理する資源地域へ手を伸ばす動きだった。
天喰らい討伐の直後から、二人の名は周辺の町だけでなく、王国の役人や大商人の記録にも載り始めている。街道を開き、鉱山を動かし、高位の魔物を倒す。彼らが何を目指しているのか分からない以上、王国が警戒するのも不思議ではなかった。
その勢力が、王家直轄鉱山へ立ち入りたいと言っている。
国家にとっては、戦略資源への進出と受け取るのが自然だった。
「説明すると長くなるので、要点だけ言います」
セリアは言葉を選んだ。
「王国は、私たちが星鉄を独占しようとしているのではないかと警戒しています。鉱山周辺の武装化や、採掘権の要求を疑っているようです」
「そんなつもりはない」
「分かっています」
「装備一個作れればいいんだけどな」
「向こうには、そう見えません」
クロウは山岳地帯の地図を眺めた。
「鉱石数個取るだけなのに、面倒だな」
レオンが窓際から振り返る。
「王家直轄の鉱山だ。簡単に許可が出る場所ではない」
「じゃあ、別の方法を探すか」
クロウは、ふと顔を上げた。
「そういや、星鉄ってフィールドボスも落としたな」
「……最初から、そちらへ行けばよかったのではないか?」
レオンの声に、わずかな疲れが混じっていた。
「ドロップ率が低いんだよ。でも、鉱山の許可を待つよりは早いか」
クロウはすぐに別の地図を取り出した。
山岳地帯の北にある、月影の湖。ゲームでは、特定の時刻に湖畔の石碑へ魔力を流すと、星鉄を落とす大型魔物が出現する。
「ここへ行く」
「王国への返事は?」
セリアが尋ねた。
「採掘は一度保留でいいんじゃないか。わざわざ揉める必要もないだろ」
セリアは少し驚いた。
「交渉を続けることもできます。あなたが必要としている量だけなら、条件をつけて認められる可能性はあります」
「どれくらいかかる?」
「最低でも数週間。場合によっては、王都での審査が必要です」
「それは長いな」
クロウは地図を見た。
「数週間あれば、別の方法で取れるかもしれない」
セリアは、その言葉に不安を覚えた。
クロウの言う別の方法は、たいてい普通の人間には思いつかない。以前の鉱山では、許可を待つ代わりに隠しダンジョンへ入り、ボスを倒し、希少鉱脈を見つけた。
「別の方法が、安全なものであることを願います」
「たぶん大丈夫だ」
「その返事は、あまり安心できません」
クロウは、自分の目的を通すためなら周囲を押し切る男ではない。面倒になれば、別の攻略手段を探す。今回も同じだった。
「分かりました。鉱山については、こちらから強く求めないと伝えます」
「頼む」
三人は月影の湖へ向かった。
湖までは二日かかった。王国の街道をそのまま進むと検問所に近づきすぎるため、三人は山裾の旧道を使った。道の途中には、かつて鉱石を運んでいた荷車の跡が残っている。
「ここも、昔は使われていたのですね」
セリアが崩れた道を見た。
「ゲームでは、湖へ行くための近道だった」
「現実では、誰も使わなくなっています」
「魔物が多いからな」
「あなたは、その魔物を倒して進むのでしょう?」
「経験値になるからな」
道を塞いでいた岩蛇を倒し、三人は旧道を抜けた。途中、遠くから王国兵の巡回が見えたが、クロウは戦うことなく森へ入り、別の斜面を下った。
「兵士を避ける判断はできるのですね」
「わざわざ戦う理由がないだろ。経験値なら魔物の方がいい」
レオンが、何とも言えない顔をした。
湖畔の石碑は、古い街道の脇に立っていた。表面には星の紋章が刻まれている。クロウは指定された順番で魔石を並べ、最後に青い薬草を置いた。
「これで、夜になるまで待つ」
「また出現条件か」
レオンが言った。
「そう。月が湖面の中央に映った時に、石碑へ魔力を流す」
セリアは周囲を確認した。湖の向こうには、山岳地域へ続く道がある。王国軍の巡回路と近いため、長く留まるのは危険だった。
「近くに王国の兵が来る可能性があります」
「じゃあ早く出てほしいな」
「戦闘を避けたいという意味ですか?」
「兵士と戦うより、魔物と戦った方が経験値がうまい」
セリアはそれ以上聞かなかった。
夜が深まり、月が湖面の中央へ移る。
月が雲に隠れるたび、クロウは石碑へ置いた素材の位置を確認した。魔石は三つ。青い薬草は一枚。並べる順番を間違えれば、出現条件が失敗する。
「これを間違えると、明日まで待つのか?」
レオンが尋ねる。
「そうなる。だから、置いた場所を動かすなよ」
「お前が動かしたのではないか?」
「さっきのは確認だ」
セリアは湖面の月を見ながら、周囲の魔力を読み取った。水面の下で、何かがゆっくりと動いている。
「条件が成立する前から、すでに何かが待っているようです」
「そういう仕様だ」
「仕様という言葉で納得するのは、もう諦めました」
クロウが石碑へ手を置いた。
水面が大きく揺れた。
湖の底から、巨大な甲殻を持つ魔物が浮かび上がる。背中には鉱石のような突起が並び、胸の奥から星空に似た光が漏れていた。
「出た。これを倒す」
クロウは短剣を抜いた。
「王国の兵より強そうだな」
レオンが剣を構える。
「たぶん、かなり強い。けど、弱点は分かっている」
魔物が水を巻き上げた。
湖畔の石碑が光り、周囲の魔力が一気に膨らむ。
「来るぞ!」
三人は同時に走り出した。
その頃、王国側では、レオンとセリアの勢力が鉱山付近で別の動きを始めたという誤った報告が上がっていた。
実際には、三人が欲しいのは星鉄数個だけだった。




