第42話 この辺から面白くなる
天喰らいを倒してから三日後、クロウは宿の食堂で地図を広げていた。
朝食の皿が片づけられ、窓の外から荷車の音が聞こえている。町は以前よりも忙しくなっていた。遠方から来た商人。復旧作業のために集まった職人。レオンとセリアへ報告に来る人間。
そのすべてを気にせず、クロウは地図上の山岳地帯を指でなぞっていた。
「七十を越えたし、次はどこへ行こうかな」
「少し休め」
レオンが向かいから言った。
「休んだだろ」
「三日だ」
「十分だろ」
レオンは黙って、セリアへ視線を向けた。
セリアは帳面を閉じ、疲れた顔でクロウを見た。天喰らい討伐の報告と、被害を免れた町々からの問い合わせが、ここ数日途切れていない。彼女にとっては、三日という時間も休息とは呼べなかった。
天喰らいを倒した直後、町の人々は三人を英雄として迎えようとした。広場へ案内され、感謝の言葉を受け、食事を振る舞われそうになったところで、クロウは人混みを避けて裏口から逃げた。
レオンは残って、避難路の確認と負傷者の護衛を引き受けた。セリアは町の代表者から復旧に関する相談を受け、そのまま三日間、ほとんど机から離れられなかった。
その間、クロウは宿の部屋で寝ていた。
「起きてから、何をしていたのですか?」
「天喰らいから出た素材を確認して、装備の候補を調べて、地図を見ていた」
「それは休んでいるのですか?」
「身体は休んでるだろ」
セリアは、クロウにとって休息とは何なのかを考えるのをやめた。
「七十以降は、通常の狩場では効率が悪いんだ」
クロウは地図を指で叩いた。
「必要経験値が、また増える。ここからは高難度ダンジョンとか、フィールドボスとか、特殊クエストを回した方がいい」
「まだ上げるのか?」
レオンが尋ねた。
「当然だろ。百まで、あと三十ある」
「十分に遠いと思いますが」
「ゲームなら、ここから面白くなるんだよな」
クロウの目が輝いた。
これまでは高速成長帯だった。知っている狩場を回り、装備を更新し、仲間の動きが整っていく過程も楽しい。だが、七十を越えた先には、より複雑なギミックと、少人数では攻略しにくいコンテンツが増える。
攻略法を考える余地が多い。
例えば、敵を倒す順番が決まっている迷宮。参加人数によって攻撃パターンが変わるボス。特定の時間だけ開く扉。普通に進めば大人数が必要だが、地形や装置の仕組みを理解していれば、少人数でも突破できる場所がある。
クロウは前世で、そうした攻略を調べることに多くの時間を使った。最初に見つけた人間の報告を読み、実際に試し、失敗した原因を考える。効率のよい方法が見つかれば、仲間へ説明して周回する。
レベルを上げること自体も目的だったが、知られていない道を見つけ、誰も想定していない方法で強敵を倒すことの方が楽しかった。
「この辺から、やることが増えるんだよな」
クロウが楽しそうに呟いた。
「敵が強くなるのに、楽しそうだな」
「強い敵ほど、攻略法を考える余地があるからな」
「普通は、強い敵ほど避けたいと思うものです」
「倒せるなら、倒した方が経験値も報酬もいいだろ」
レオンは、これまでの冒険を思い出した。クロウは、危険な場所へ行く前に、必ず敵の弱点と逃げ道を確認していた。無謀に突っ込んでいるわけではない。
ただ、危険を危険のまま放置するより、攻略できる形へ分解することを好んでいる。
「今までの方が準備期間だったのか」
レオンが呆れた声を出した。
「そういうことだな」
クロウは、次に作りたい装備の一覧を取り出した。
「八十帯の武器を作るには、星鉄が必要だ」
「星鉄?」
セリアがその名前を記録する。
「特定の山岳地域で採れる。鉱山の深いところにある素材で、武器の性能がかなり上がる」
「その山岳地域は、どこですか?」
クロウは地図の北東を示した。
「ここ。王国の管理地域だ」
セリアは地図の周囲を見た。山岳地帯の入口には、王家直轄鉱山を示す印がある。街道も検問所も整備され、許可なく入ることはできない。
「勝手には入れませんね」
「じゃあ、許可を取ればいい」
クロウはあっさり言った。
「星鉄が少し欲しいだけなら、頼めば採掘させてもらえるだろ」
セリアは返事をせず、王国との交渉に必要な書類を確認した。
「王国へ出す申請は、採掘許可だけでよいですか?」
「そうだな。必要な量は、装備一つ分」
「鉱山の規模に対して、ずいぶん少ない量ですね」
「俺が使う分だけでいいからな。余ったら売ればいいけど、たぶん余らない」
クロウの言う装備一つ分が、どの程度の採掘量を意味するのか、セリアには分からなかった。星鉄は王家の鍛冶場でも簡単には扱えない希少素材だ。少量でも、採掘権を求める者の背後を調べる理由にはなる。
「王国側に、あなたの名前を伝える必要があります」
「名前はレオンとセリアでいいだろ」
「私たちが窓口になることは問題ありません。ただ、誰が実際に必要としているのかは聞かれるでしょう」
「じゃあ、二人の装備用ってことで」
レオンが口を挟んだ。
「私たちの装備に使うには、少し強すぎないか?」
「強い装備は、強い敵に備えるために必要だろ」
「それを言われると、反論しにくいな」
レオンは最近、クロウの言う「備え」が何を意味するのか考えないようにしていた。天喰らいを倒した直後でさえ、クロウは次に来るかもしれない敵を心配していたのだ。
天喰らいを討伐した勢力として、レオンとセリアの名はすでに遠方へ届いている。王家直轄の鉱山に立ち入りたいと言えば、単なる採掘の依頼として受け取られるとは限らない。
「向こうへ話を通します」
「頼む。俺は別の狩場を調べておく」
クロウは地図を折りたたんだ。
「許可が出るまで、近くの魔物でも狩るか」
「あなたは本当に、休む気がありませんね」
「休むとレベルが上がらないだろ」
セリアは小さく息を吐いた。
その日の午後、三人は王国北東部へ向かう街道の手前で、近隣の魔物を狩った。天喰らいとの戦いを経たクロウたちは、以前とは別の次元にいた。レオンは大型の獣の突進を受け流し、セリアは広い範囲の魔力を正確に把握する。クロウは敵の属性と弱点を見ながら、最短の手順で倒していく。
街道の脇にある岩場へ、三体の甲殻獣が現れた。
以前なら一体を相手にするだけでも、冒険者は数人がかりになっただろう。甲殻獣は硬い外皮を持ち、正面から攻撃すると刃が滑る。動きも鈍くない。
「レオン、正面は受けなくていい。左の個体を少しだけ右へ寄せてくれ」
「三体まとめてではなく?」
「こいつらは近くにいると外皮が硬くなる。距離を取らせた方が早い」
レオンが一体を誘導する。甲殻獣が爪を振り下ろし、レオンは盾で受けずに横へ流した。セリアが敵の動きを読み、逃げ道を示す。
「二歩下がってください。その後、右へ」
レオンが動いた直後、甲殻獣の爪が地面を削った。
クロウは露出した腹部へ刃を入れ、続けて首の付け根を狙った。甲殻獣が倒れる。残った二体が反応する前に、セリアが足元を縛り、レオンが一体を押し返した。
「今、右の個体!」
クロウの攻撃が、外皮の継ぎ目へ入る。
三体目を倒し終えるまで、数分もかからなかった。
クロウは魔石を拾い、身体の感覚を確認した。レベル七十になったばかりの頃に比べ、成長の実感は薄い。やはり通常の魔物では効率が悪い。
「やっぱり通常狩りは重いな」
「これだけ倒しても、ですか?」
「経験値の伸びが少ない。やっぱり星鉄を取りに行く方がいい」
クロウの視線の先には、王家直轄の鉱山がある。
その頃、セリアの送った使者は、王国側へ交渉の申し入れを届けていた。
天喰らいを討伐した地方勢力が、王家の資源へ関心を示している。
王国側がその申し出を、単なる素材集めだと理解するまでには、まだ時間が必要だった。




