第41話 やっぱりこの世界、危ないじゃん
天喰らいの周囲に、黒い雷が集まっていく。
巨体の背中から伸びた翼が空を覆い、雲の中で雷鳴が重なった。次に落ちる攻撃は、これまでより広い。街道も、町の外壁も、避難路もまとめて消し飛ぶ可能性がある。
「レオン、下がれ!」
クロウが叫んだ。
レオンが後退する。天喰らいの爪が振り下ろされ、石橋の一部が崩れた。
「セリア、今!」
セリアが杖を掲げる。
支援魔法が広がり、黒い雷の一部が地面へ逸れた。完全には止められない。だが、攻撃の中心がわずかにずれる。
「首側の核、露出します!」
「レオン、右へ誘導!」
レオンは敵の正面へ出た。
天喰らいの視線が彼へ向く。巨大な爪が横へ振られ、レオンは地面を転がって避けた。二撃目が来る。今度は盾で受け流し、石橋の端へ誘導する。
「もう一度!」
レオンが叫んだ。
クロウは天喰らいの首元へ走った。ゲームで覚えた攻撃の予兆が、現実でも同じように現れている。首の鱗が開く。黒い核が、ほんの一瞬だけ見えた。
クロウは短剣を構える。
その時、天喰らいの翼が大きく振られた。
空気の刃が、横から迫る。
「クロウ、左です!」
セリアの声が飛んだ。
クロウは反射的に左へ跳んだ。空気の刃が右肩をかすめ、外套が裂ける。痛みが走った。
それでも、足は止めない。
セリアが核の位置を読み、レオンが敵の注意を引きつけ、クロウが攻撃の瞬間を選ぶ。
いつもの三人の形だ。
ただし、相手はこれまでとは格が違う。
「クロウ、核が閉じます!」
「まだだ!」
クロウは短剣を投げた。
刃が首の付け根へ刺さり、核の周囲の鱗がわずかに開いた。レオンが踏み込み、紅蓮王の剣を振り下ろす。
首側の核に、ひびが入った。
天喰らいが咆哮した。
黒い雷が一斉に落ちる。
セリアが最大の支援魔法を展開した。光の壁が三人の前に生まれ、雷の一部を受け止める。壁がひび割れ、彼女の膝が落ちた。
「セリア!」
「まだ、立てます!」
レオンが彼女の前へ移動した。雷の余波を盾で受けながら、天喰らいの動きを見る。
「クロウ、次の攻撃が来る!」
「分かってる!」
クロウは、ゲーム時代のレイド指揮の感覚を思い出していた。
大人数の仲間へ、短い指示を飛ばしていた頃。敵の予兆を見て、次に安全な場所を伝え、攻撃の瞬間を合わせる。
今、仲間は二人だけだ。
それでも、やることは同じだった。
「次、右!」
レオンが右へ動く。
「レオン下がれ!」
大剣のような爪が、レオンのいた場所を薙いだ。
「セリア、今!」
セリアの魔法が、天喰らいの首を縛る。
敵の動きが止まった。
クロウが走る。
首側の核へ、短剣を突き立てた。
ひびが広がり、黒い魔力が噴き出した。天喰らいの身体が大きく揺れる。
「まだ倒れない!」
レオンが叫ぶ。
「左胸の核が残っています!」
セリアが敵の状態を読み取った。
天喰らいの左胸が開き、赤黒い核が露出する。だが、同時に周囲の魔力が急速に集まり始めた。次の攻撃で、核は再び防御される。
「あと一回だけ、全員で行く!」
クロウが叫んだ。
レオンが正面へ出る。セリアが残った魔力を集める。クロウは、地下神殿から持ち出した最後の特殊杭を地面へ突き立てた。
杭が光り、天喰らいの足元に円が広がる。
魔力の流れが一瞬だけ止まった。
「今だ!」
三人が同時に踏み込む。
レオンの剣が左胸の鱗を割る。セリアの魔法が核を覆う防御を削る。クロウが短剣を抜き、魔力の刃を核へ叩き込む。
黒い核が、砕けた。
天喰らいの身体から、光と闇が同時に噴き出した。
巨体がゆっくりと傾く。翼が地面へ落ち、雷をまとっていた雲が崩れていく。
クロウは、最後の攻撃の機会を見た。
ゲーム時代、仲間内で流行っていた言葉が、反射的に口から出る。
「ここでハンドルを右に――!!」
クロウは短剣を振り抜いた。
天喰らいの核が完全に砕け、巨体が黒い粒子へ変わった。
空を覆っていた雲が消える。
町の外壁に残っていた雷が、静かに消えていった。
しばらく、誰も動かなかった。
最初に口を開いたのは、レオンだった。
「今の最後の言葉は、何だったんだ?」
「昔の仲間内で流行ってたネタ」
「戦闘中に?」
「癖だな」
クロウは倒れた天喰らいの跡へ近づいた。そこには巨大な魔石と、黒銀色の鱗が残っている。
「いい素材だ。経験値もかなり入った」
その瞬間、クロウの身体を光が包んだ。
感覚が一段階鋭くなる。魔力が増え、視界が広がる。クロウは自分のレベルが上がったことを理解した。
「……七十か」
クロウは収納袋から、レベル七十制限の腕輪を取り出した。装備できる。確認するまでもなく、到達していることは分かっていた。
「よし」
喜びは、長く続かなかった。
ゲームでは、天喰らいはもっと後に現れる敵だった。七十台後半から八十台のプレイヤーが、十分な準備をして挑む相手。そんな敵と、まだ七十未満の状態で遭遇した。
しかも、この世界では歴史が変わっている。
「やっぱりこの世界、危ないじゃん!」
クロウが空へ向かって叫んだ。
レオンとセリアが、疲れた顔で彼を見る。
「今のを三人で倒した直後に、まだ危ないと言うのか?」
「危ないだろ。本来もっと後に出る敵が、予定より早く出てきたんだぞ」
「……まだ上げるのか?」
「当たり前だろ。今日みたいなのが突然出てくるんだぞ」
セリアが、壊れた街道と無事だった町を見た。
「今日みたいなのを倒せる人間が、ほかにいると思いますか?」
「だから、もっと強いのが来たら困るんだろ」
二人は反論できなかった。
理屈そのものは間違っていない。前提がおかしいだけだ。
町では、住民たちが少しずつ避難先から戻り始めていた。遠くから三人を見つけ、声を上げる者もいる。国家級災害を止めた英雄として、彼らの姿はすでに伝説になり始めていた。
しかし、クロウはその視線から逃げるように外套の襟を立てた。
「目立つのは嫌だな」
天喰らいの討伐は、複数の地域へ知れ渡った。レオンとセリアの勢力が、国家級の災害を討伐できる。大商人や貴族、遠方の国家まで、その名を知ることになるだろう。
クロウの存在は、記録に残らない。
夕方、三人は町の仮設食堂で食事をした。
「少し休まないのか?」
レオンが尋ねる。
「休むよ。明日は」
「明日だけですか?」
セリアが疲れた声で聞いた。
「レベル上げしないと危ないし」
二人は、とうとう何も言わなかった。
クロウは食事を終え、次の狩場について考え始めた。
「八十くらいまで上げれば、もう少し安心できるかな」
レオンとセリアは、レベル七十のクロウ以上の存在を想像できなかった。
クロウだけが、まだ自分は危険な世界で生き残るために必死にレベルを上げていると思っている。
食事を終えると、セリアはさっそく周辺の状況を確認し始めた。避難した住民の帰還、崩れた外壁の修復、街道に残った魔力の影響。やるべきことは多い。
「明日の朝には、レオンのところから見回りを出します。天喰らいが消えた後も、周辺に魔物が残っている可能性がありますから」
「分かった。俺も一緒に見ておく」
「あなたは休んでください」
「休むよ。明日は」
「明日だけですか?」
「レベル上げしないと危ないし」
セリアは、もう反論しなかった。
クロウは食器を片づけると、すぐに地図を広げた。天喰らいとの戦いで得た素材を使えば、次の装備を作れる。レベル八十までの狩場も、いくつか候補があった。
その横で、レオンは見回りの担当者へ指示を出している。セリアは町と街道の復旧に必要な物資を書き出していた。
三人がそれぞれ別のことをしているのに、なぜか同じ場所へ向かっている。
クロウはそれを、いつものパーティー活動だと思っていた。
こうして、三人はまた次の狩場へ向かう。
国家級災害を討伐した男は、レベル八十を目指している。
その背後では、レオンとセリアの名が地方を越え、より大きな政治勢力へ届き始めていた。




