第37話 じゃあ常設でいいか
赤月祭が始まらないと分かった翌日、クロウたちは沈黙の地下神殿へ向かった。
「イベントが信用できないなら、常設コンテンツを使えばいい」
出発してすぐ、クロウはそう結論づけた。
レオンが隣で苦笑する。
「切り替えが早いな」
「考え続けても、発生しないイベントは発生しないからな」
セリアは帳面へ、赤月祭についての記録を書き込んでいた。ゲームでは一定時期に発生するイベント。現実では、前提となる勢力間の争いが起きていないため、発生しない可能性が高い。
未来を保証する情報ではない。
しかし、クロウがゲームの中で得た知識が、すべて失われたわけではない。
「沈黙の地下神殿は、ゲーム史とは関係なく存在する。地形と魔物と仕掛けが変わっていなければ、かなり稼げる」
「変わっていなければ、ですか」
「実際に見てみないと分からないな」
神殿は、荒野の地下に埋まっていた。
地上に残っているのは、崩れた石門だけだ。周囲には魔物の足跡が多く、長い間、人が近づいていないことが分かる。
クロウは石門の脇にある小さな窪みへ手を入れた。隠し扉が開き、地下へ続く階段が現れる。
「入口は合っている」
クロウは心底安心した。
「何と比べているんだ?」
レオンが尋ねる。
「こっちの話」
セリアがため息をついた。
「最近、それが増えましたね」
地下神殿の内部は、ほとんどゲームの記憶通りだった。
最初の通路に罠がある。左の壁へ触れると毒針が出る。右の扉は行き止まりで、正面の階段だけが先へ進む。魔物の配置も、クロウが覚えている位置と一致していた。
「よかった」
クロウは小さく息を吐いた。
「ダンジョンは変わってない」
「だから、何と比べている?」
「ゲームと」
「そのゲームは、どこにあるのですか?」
「昔遊んでたやつだ」
レオンとセリアは、もう深く追及しなかった。
第一層の魔物は、以前の狩場とは明らかに格が違った。黒い鎧をまとった骸骨兵。音を立てずに近づく影獣。魔力を吸い取る青い花。
だが、三人の能力も変わっている。
「骸骨兵は、盾を構えた直後に首の骨が露出する」
クロウが指示を出す。
「影獣はセリアが位置を見てくれ。俺には見えにくい」
「分かりました。右の柱の裏です」
セリアの声に合わせ、レオンが盾を向ける。影獣が飛びかかり、弾かれたところへクロウの刃が入った。
青い花の群れには、レオンが近づかない。セリアが魔力の流れを遮断し、クロウが中心の球根を破壊する。
ゲーム知識が、そのまま現実の戦術になる。
ただし、クロウは以前より慎重だった。
罠の位置が一致しているからといって、床が崩れないとは限らない。魔物の配置が同じだからといって、音や匂いまで同じとは限らない。彼は二人の安全を確認しながら、一つずつ先へ進んだ。
中層へ入ったところで、クロウは宝箱の前に立った。
「ここに装備がある」
鍵を外し、蓋を開ける。
中は空だった。
クロウは固まった。
「……ない」
「何がですか?」
「宝箱の中身」
箱の底には、誰かが開けた痕跡が残っていた。錆びた留め具。削れた木片。古い靴跡。かなり前に、別の誰かがここへ入り、宝を持ち去ったのだろう。
「ゲームでは、固定配置だったんだけどな」
クロウは箱の中をもう一度確認した。
「……そりゃそうか」
現実のダンジョンに、誰も触れない宝箱が永遠に残っている理由はない。過去に誰かが発見し、開け、持ち去ることもある。ゲームの情報は、世界の仕組みを知る手がかりにはなる。しかし、未来の状態を保証するものではない。
「宝箱が空でも、道と敵の情報は使える」
クロウは立ち上がった。
「この先に、経験値の高い魔物がいる。報酬はなくても、狩場としては十分だ」
セリアは彼の言葉を聞きながら、記録を書き換えた。
固定配置の宝箱は、必ず残っているとは限らない。
ダンジョンの構造、魔物の能力、ギミックの仕組みは、現時点では信頼できる。
歴史と人の行動は、別に考える必要がある。
クロウも、同じ結論へたどり着いていた。
「ゲーム知識は、未来予知じゃない」
彼は神殿の奥を見た。
「でも、世界の仕組みを知る情報としては使える」
レオンがうなずいた。
「それだけでも、十分すぎるほど強いと思うが」
「当然だろ。攻略情報だからな」
三人は中層の奥へ進んだ。
そこには、神殿の最深部へ続く巨大な扉があった。扉の向こうから、低い唸り声が聞こえる。
「ボスがいる」
クロウは短剣を構えた。
「次は、まだゲームと同じか確認する」
扉がゆっくり開いた。
その先で、青白い魔力が渦を巻いていた。




