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第31話 イベントボスはボーナスです

黒獣行軍の本隊が、街道の向こうから迫っていた。


先頭の魔物を分断したことで、群れ全体の勢いは大きく削がれている。それでも、中心にいる巨大な獣だけは、周囲の魔物を従えるように進み続けていた。


黒い皮膚。四本の角。背中から伸びる二枚の翼。歩くだけで地面が沈み、吐き出す息が砂埃を巻き上げる。


「イベントボスは、周囲の魔物を一定数倒すまで防御が高い」


クロウが言った。


「まず取り巻きを減らす。ボスへ攻撃するのは、その後だ」


「あれを、取り巻きと呼ぶのか?」


レオンが剣を構えながら尋ねた。


巨獣の周囲には、数十体の魔物がいる。これまで分断してきた群れの残りだが、どれも単独で見れば十分に危険な個体だった。


「ゲームでは、もっと多かったぞ」


「今はゲームではありません」


セリアが静かに言った。


「分かっている。だから、少し慎重にやる」


クロウは地面へ三本の杭を打ち込んだ。


「レオン、正面の獣をこの線まで引く。セリアは右側の飛ぶやつを落としてくれ。俺は左を処理する」


「ボスは?」


「こっちへ来ないようにする。あいつは取り巻きが減るまで、近くの魔物を強化するだけだ」


レオンが走り出した。


黒い獣の群れが一斉に反応する。レオンは正面へ出ると、剣を振って敵を引きつけ、すぐに街道脇の岩場へ移動した。


魔物たちが追う。


セリアが杖を掲げた。飛行していた魔物の一体が光に包まれ、翼を失って落ちてくる。クロウが着地点へ走り、胸の白い斑点を突いた。


「一体」


「数える必要があるのか?」


「ボスの防御が下がる条件だからな」


クロウは次の個体へ向かった。


黒獣行軍の魔物は、単純な群れではなかった。獣は速く、虫は硬く、翼持ちは高い。互いの弱点を補うように動くため、正面から戦えば数の差がそのまま不利になる。


だが、クロウはゲームで何度も同じイベントを攻略している。


速い獣を先に倒す。硬い虫は狭い場所へ誘導する。翼持ちは飛び上がる前に落とす。敵の行動パターンに合わせて、三人の役割を変えていく。


「左、五体!」


セリアが叫んだ。


「レオン、岩場を出て右へ!」


「分かった!」


レオンが駆ける。群れの先頭だけが彼を追い、後ろの魔物との間に隙間ができた。


クロウはその隙間へ入り、魔力の刃を横へ薙いだ。魔物の足が崩れ、レオンの剣が続く。


倒した魔物が黒い粒子へ変わるたび、巨獣の体表を覆っていた暗い光が薄くなっていった。


「あと少しだ」


クロウが言った。


その瞬間、巨獣が咆哮した。


周囲の魔物が一斉に立ち止まり、黒い光が地面へ広がる。巨獣の角から魔力が噴き出し、倒れていた魔物まで起き上がり始めた。


「回復か?」


「違う。イベントボスの暴走状態だ」


「先に言ってください!」


セリアが声を上げた。


「今、思い出した」


巨獣が前脚を踏み下ろす。


地面が波打ち、街道に亀裂が走った。レオンが岩場を飛び越え、セリアは支援魔法で足元を固める。クロウは巨獣の右側へ回り込んだ。


「暴走中は、角を一本壊せば行動が止まる。ただし、正面から狙うと反撃される」


「では、どうする?」


「翼の付け根を攻撃する」


クロウは巨獣の周囲を走り、攻撃を誘った。巨獣の爪が振り下ろされ、地面を抉る。その瞬間、レオンが斜めから斬り込んだ。


巨獣の視線がレオンへ向いた。


クロウは背後へ回り、翼の付け根へ刃を入れた。


巨獣が身をよじる。セリアの魔力が翼を縛り、レオンの剣がもう一方の付け根を裂いた。


翼が大きく揺らぐ。


「今だ!」


クロウが叫んだ。


三人の攻撃が、巨獣の一本目の角へ集中する。


角が砕け、黒い光が一気に消えた。蘇りかけていた魔物たちも、力を失って地面へ倒れる。


「あと二本」


クロウは次の攻撃へ移った。


巨獣は強かった。角を一本失っても、爪の一撃は岩を砕き、翼が起こす風は立っているだけで体を吹き飛ばす。普通に戦えば、三人で倒せる相手ではない。


しかし、クロウはその攻撃を知っていた。


右の爪の後には左の翼。三度目の咆哮の後に、胸の核が露出する。地面に黒い円が浮かんだら、そこから離れなければならない。


レオンは、クロウの指示を信じて動いた。セリアは、指示にない変化を《戦場把握》で読み取り、すぐに伝える。


「核の魔力が変わりました。次の攻撃の後、胸が開きます!」


「レオン、正面を頼む!」


「任せろ!」


レオンが巨獣の前へ出た。振り下ろされた爪を受け流し、二本目の角へ剣を叩き込む。


巨獣がよろめいた。


胸の奥に、青い核が現れる。


クロウは一直線に走った。セリアの支援魔法が背中を押し、レオンが巨獣の腕を押さえる。


短剣が核へ突き刺さった。


青い光が砕け、巨獣の身体に無数の亀裂が走った。


最後の角が地面へ落ちる。


黒獣行軍を率いていた巨獣は、低い咆哮を残して崩れた。


その瞬間、残っていた魔物たちも次々に消えていった。


街道に静けさが戻る。


「終わったな」


クロウは巨獣のそばへ歩き、落ちた魔石と赤黒い爪を拾い上げた。


「当たりだ。経験値も報酬も多い」


レオンは周囲を見た。


「村が、無事だ」


避難していた村人たちが、遠くからこちらを見ている。街道沿いの畑も、家も、ほとんど被害を受けていない。


黒獣行軍は、途中で消滅した。


この地域の人々にとって、それは奇跡に近かった。数年ごとに起きる災害が、今回は村を壊すことなく止まったのだ。


数日もすれば、三人のことは「魔物災害を止めた勢力」として噂されるだろう。


だが、クロウが考えていることは別だった。


「経験値イベント、終わったな」


クロウは空になった街道を見渡した。


「でも、六十にはまだ届いていない。次の高効率コンテンツを探さないと」


セリアは、倒れた巨獣の跡と、無傷で残った村を見た。


クロウの言うイベントは終わった。


この地域にとっては、新しい歴史が始まったばかりだった。


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