第30話 全部相手にする必要はない
黒獣行軍の先頭集団が、黒森から流れ出した。
最初に現れたのは、四本脚の牙獣だった。群れの後ろには甲殻を持つ虫が続き、その上空を翼のある魔物が旋回している。
数は多い。だが、すべてが同じ速さで動くわけではない。
クロウは香油を投げる位置を調整し、牙獣だけをこちらへ向けた。
「レオン、あの岩場まで誘導する」
「岩場で止めるのか?」
「違う。岩場を越えたところで、先頭と後続を分ける」
レオンが走り出した。
牙獣が一斉に彼を追う。地面を蹴る音が重なり、土が大きく跳ねた。
「速い個体が五体、少し遅れて七体。左の群れはまだこちらを認識していません」
セリアが報告する。
「五体を先に倒す。残りは岩場の向こうへ流す」
「了解した」
レオンが岩場へ入った。牙獣が追いつき、左右から飛びかかる。レオンは真正面から受けず、一体の突進を盾で外へ流した。牙獣が岩へぶつかり、動きが止まる。
クロウがその隙へ飛び込んだ。
前脚の内側。牙獣の弱点を正確に狙う。短剣が肉を裂き、一体が消えた。レオンが二体目を倒し、セリアの魔法が三体目の足を縛る。
「残り二体、右から!」
セリアの声に合わせ、クロウが身をひねった。牙獣の爪を避け、その首元へ刃を入れる。最後の一体はレオンが受け止め、赤い剣で仕留めた。
五体の魔物が消え、魔石が地面へ落ちる。
「次が来る前に移動する」
クロウは魔石を拾わなかった。
「拾わなくていいのか?」
「後でまとめて拾う。今は次の群れを分ける」
黒獣行軍の本隊は、止まらずに進んでいる。だが、先頭の牙獣が消えたことで、後続との間にわずかな隙間ができていた。
クロウはその隙間へ拘束杭を投げ込んだ。
地面から光の柱が立ち上がり、魔物の進路が二つに分かれる。左へ進んだ群れは、谷底へ落ちる。右の群れは、森の細い道へ入っていく。
「レオンは右。俺は左を処理する。セリアは両方を見てくれ」
「二手に分かれるのですか?」
「一時的にだ。危なくなったらすぐ呼べ」
レオンが右の群れへ向かった。セリアは高台へ上がり、二つの集団の動きを同時に追う。
クロウは谷底へ進んだ。
こちらへ流れてきたのは、甲殻虫と小型の牙獣だった。数は多いが、谷底は狭い。魔物同士が互いの動きを邪魔している。
「そうそう、こういうのだよ」
クロウは笑った。
前世で何度も参加した大規模イベントを思い出す。敵を集め、範囲攻撃で倒し、次の波へ移る。画面の向こうで仲間たちと叫びながら攻略した、あの感覚だ。
ただし、今はゲームではない。
敵の爪は本物で、失敗すれば三人が傷つく。クロウは浮かれすぎないように距離を取り、魔物の攻撃範囲を見極めた。
甲殻虫が横へ広がった。
「セリア、中央の三体だけ動きを止めてくれ!」
「分かりました!」
光の鎖が中央の魔物を縛る。周囲の牙獣が進路を失い、互いにぶつかった。
クロウは最も密集した場所へ魔法を放った。爆発した光が、甲殻の隙間へ入り込む。
魔物が一気に倒れた。
「次は右の斜面へ!」
セリアの報告が飛ぶ。
クロウが斜面を駆け上がる。高い場所から、翼のある魔物が急降下してきた。だが、翼の魔物は速度が速い分、群れから離れている。
クロウは一体目を避け、二体目の翼を切り落とした。地面へ落ちたところを蹴り、三体目へ短剣を投げる。
谷の反対側では、レオンが森の群れを岩場へ誘導していた。彼は敵を引きつけるだけでなく、魔物の移動速度を見ながら、倒す順番を変えている。
「レオン、次は遅い個体を残せ!」
「分かった!」
速い魔物だけが先に進み、遅い個体が後ろへ取り残される。クロウはそこへ戻り、セリアの支援を受けながら一体ずつ仕留めた。
黒獣行軍は、巨大な一つの群れではなかった。
速さの違う魔物が、同じ方向へ流れているだけだ。ならば、分けて倒せる。クロウはゲームで覚えた攻略法を、現実の地形と三人の動きへ合わせて組み替えていった。
やがて、遠くの村から鐘の音が聞こえた。
住民は避難を終えている。街道にも人はいない。三人が敵を分断している間に、黒獣行軍の先頭は村の脇を通り過ぎた。
本来なら、家屋を壊し、畑を踏み荒らし、逃げ遅れた人間を襲うはずだった群れだ。
だが、被害は出なかった。
「街道側、問題ありません」
セリアが高台から叫ぶ。
「よし。次の集団へ行くぞ」
クロウは魔石を拾いながら答えた。
「まだまだ経験値が残っている」
日が傾く頃には、黒獣行軍の大半が消えていた。
三人は街道の中央に立ち、最後の大きな群れを見ていた。
これまでよりも遥かに大きい。獣も虫も翼持ちも混ざり、黒い波のようにこちらへ近づいてくる。
その中心に、ひときわ巨大な影があった。
四本の角。鎧のような黒い皮膚。背中から伸びる二本の翼。周囲の魔物が、その巨体を避けるように進んでいる。
クロウの目が輝いた。
「あ、イベントボスいるじゃん」
レオンが剣を握り直す。
「今までの群れより、さらに大きいぞ」
「当たりだな」
セリアは高台から巨獣の魔力を読み取った。周囲の空気が重くなり、地面が低く震えている。
それでも、クロウは楽しそうだった。
「あいつを倒せば、経験値も報酬もかなり多い」
黒獣行軍の本隊が、三人の前へ迫ってくる。
クロウは短剣を構えた。
「行くぞ。ボーナスタイムだ」




