第29話 人数が足りない
レベル五十になった翌朝、クロウは宿の机に地図を広げていた。
これまで通ってきた狩場を、効率の順に並べていく。灰色峡谷。隠しダンジョン。地下湖。特殊な魔物の出現場所。
どれも悪くない。だが、五十を越えた今となっては、普通の魔物を倒し続けるだけでは効率が落ちる。
「この辺から、イベントを回した方が早いんだよな」
クロウが言うと、向かいのレオンが顔を上げた。
「イベント?」
「一定周期で発生する地域イベント。大量に敵が出るから、経験値も報酬も多い」
セリアが地図をのぞき込む。
「それは、どの地域で起きるものですか?」
「南西の黒森を通って、三つの町の近くを移動する。名前は《黒獣行軍》」
セリアの表情が変わった。
「黒獣行軍……?」
「知っているのか?」
「知っているも何も、数年に一度起きる大規模魔物災害です。発生すると、進路上の村や町が避難します」
「え?」
「騎士団も冒険者も、正面から戦うのではなく、被害を抑えながら通り過ぎるのを待つと聞いています」
クロウは地図へ目を落とした。
ゲームでは、黒獣行軍は有名な経験値イベントだった。多数のプレイヤーが参加し、進路上に現れる魔物を倒す。敵の数が多いほど報酬が増え、最後に出てくるイベントボスを倒せば、大量の経験値とレアアイテムが手に入る。
何度も参加した記憶がある。
「え、倒さないの?」
「普通は倒せません」
「でも、倒した方が経験値はうまいぞ」
レオンとセリアは顔を見合わせた。
「クロウ」
レオンが慎重に言った。
「黒獣行軍は、数百体以上の魔物が群れで移動するものだ。三人で対応できる数ではない」
「そうだな」
「それなら、なぜ行く?」
「人数が足りないから」
クロウは平然と答えた。
「ゲームでは、十人から二十人くらいで参加するイベントだからな」
「なら、なおさら無理では?」
「正面から全部相手にするならな」
クロウは地図の上へ、別の印をいくつも書き込んだ。
「でも、魔物は全部同じ速さで動くわけじゃない。速い種類だけ先に来る。そこを倒して、次の群れを分断する。地形と誘導アイテムを使えば、一度に相手をする数は減らせる」
セリアは、黒獣行軍の進路と地形を照らし合わせた。
「ここに峡谷があります。さらに南には森。進路を変えられる場所も多い」
「そう。ゲームだと、そこへ誘導して順番に処理する」
「ゲームでは、誰かが攻略方法を知っていて、ほかの人間が従えたのでしょう」
「今も同じだろ」
クロウは自分を指し、それからレオンとセリアを指した。
「俺が知ってる。二人が動ける」
あまりにも簡単に言うので、セリアは反論を飲み込んだ。
それでも、やる価値はある。黒獣行軍が通る地域には、三つの村と二つの街道がある。被害が出れば、これまで整えてきた物流にも大きな影響が出る。
「いつ発生する?」
レオンが尋ねた。
「三日後。たぶん」
「たぶん、なのですね」
「ゲームでは、その周期だった。こっちで同じなら三日後」
クロウは必要なものを確認した。魔物を誘導するための香油。足を止める拘束杭。長距離移動用の回復薬。イベント報酬を入れるための空き袋。
セリアは、街道沿いの集落へ使者を送った。黒獣行軍の予測進路を伝え、住民を避難させるためだ。
「避難させるのか?」
クロウが聞いた。
「念のためです。あなたが失敗した場合に備えます」
「失敗はしないと思うけどな」
「念のためです」
レオンも、峡谷の見回り役から腕の立つ者を集めようとした。しかしクロウが首を横に振った。
「今回は連れていかない方がいい。敵の分断に失敗すると、逃げる場所がなくなる」
レオンはうなずいた。
クロウは無謀なのではない。自分たちの能力を正確に把握し、他人を巻き込まない方法を選んでいる。そのことが、レオンにもセリアにも分かっていた。
三日後、三人は黒森の外縁に立った。
遠くから、地響きが伝わってくる。
森の木々の向こうで、何か大量のものが移動している。鳥が一斉に飛び立ち、地面から細かな砂埃が舞い上がった。
「来たな」
クロウは楽しそうに言った。
「経験値、うまそうだ」
レオンは剣を抜いた。セリアは周囲の地形と魔力の流れを確認する。
彼女の視界には、黒い波のような魔物の群れが映っていた。
数えきれないほどの獣。鎧をまとった巨大な虫。空を覆う翼の群れ。大地を踏み鳴らしながら、黒獣行軍が近づいている。
「クロウ」
セリアが静かに呼んだ。
「何だ?」
「本当に、三人でやるのですか?」
クロウは短剣を構えた。
「三人だから、やり方を変えるんだ」
黒い行軍の先頭が、森の外へ姿を現した。
クロウは香油の瓶を開け、風上へ投げた。
「まずは先頭だけ、引き抜く」
それは、ゲームでは何度も繰り返したイベント攻略の始まりだった。
現実では、誰もこの災害を攻略したことがない。




