↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/54

第27話 俺のことは言わなくていい

灰色峡谷の鉱山が動き始めてから、セリアのもとへ訪ねてくる人間が増えた。


採掘の許可を求める者。運搬の契約を持ち込む商人。峡谷の安全な道を利用したい旅人。中には、魔物の弱点や出現場所を知りたいという冒険者までいた。


「誰が峡谷の攻略法を見つけたのか、と聞かれました」


宿の部屋で、セリアが帳面を閉じた。


「攻略法?」


クロウは次の狩場の地図から顔を上げた。


「魔物の誘導方法です。誰が安全地帯を見つけ、誰が鉱山を発見したのか。商人だけでなく、周辺の有力者も探っているようです」


「レオンが見回りを始めたからじゃないか?」


「レオンだけでは答えになりません」


レオンは腕を組んだ。


「私も、同じことを何度か聞かれた。灰色峡谷のどこに危険があり、どのように道を開けたのか、と」


「別に、攻略法を教えてもいいんじゃないか?」


クロウは地図を指でたどった。


「入口近くの魔物なら、安全な倒し方を教えられる。奥の方は、今はやめた方がいいけど」


「問題は、誰がその知識を持っているかです」


セリアはまっすぐにクロウを見た。


「彼らは、あなたに会いたがっています」


「俺に?」


「はい。峡谷を攻略した人間。鉱山を見つけた人間。育成法を考えた人間。誰がその情報を持っているのか、確認したいのでしょう」


クロウは眉をひそめた。


「それは、面倒だな」


彼は立ち上がり、収納袋から黒い外套を取り出した。身につけると、髪の色と顔立ちがわずかに変わる。外見変更具の効果だ。


「変に名前が売れて、対人を仕掛けられたら嫌だし」


レオンとセリアは、同時に黙った。


「対人、ですか?」


「強いプレイヤーが、情報を聞きつけて狙ってくるかもしれないだろ」


「この地域に、あなたへ戦いを仕掛けられる人間がいるとは思えません」


「今はいなくても、どこかにいるかもしれない。ゲームでも、知らない奴に絡まれるのは面倒だった」


クロウは本気だった。


セリアは、彼がただ目立ちたくないのだと理解した。自分の知識を危険なものだと考えている一方で、それを守るために大げさな警備や権力を求めているわけではない。


ただ、知られたくない。


「では、あなたのことは言わない方針にします」


「頼む」


「名前も?」


「クロウって呼ばれてることも、別に広めなくていい」


レオンが低く息を吐いた。


「分かった。必要な時は、私とセリアが発見したことにする」


「いや、それは嘘にならないか?」


「あなたが教えたことまで、すべて説明する必要はないでしょう」


セリアの返答に、クロウは考え込んだ。


「まあ、そうだな。必要なところだけ教えればいい」


その日の午後、三人は灰色峡谷の北端へ向かった。


目的は、夜鳴き草の粉を使って出現させる夜喰らいよりも、さらに経験値の高い特殊な魔物だった。峡谷の最深部にある石の輪へ、三種類の素材を置く。月が雲から出た時だけ、出現する。


ゲームでは、四十台後半のプレイヤーが五十へ上がる前によく利用するボスだった。


クロウは石の輪へ素材を並べた。


「この順番で置く。間違えると、出てこない」


「素材の価値を知る人間が見れば、これだけで情報が漏れます」


セリアが周囲を警戒する。


「だから、今日は人を連れてきていない」


クロウは空を見上げた。


雲の切れ目から月が現れた。


石の輪の中央に黒い霧が集まり、巨大な獣が姿を現した。四つの角を持ち、背中から薄い翼が伸びている。周囲の岩を吸い込むように、魔力が渦を巻いていた。


「こいつは、体力が減ると属性を変える。最初は土。次に風。最後に闇」


「相変わらず、戦う前の説明が多い」


レオンが剣を構えた。


「分かっている方が楽だろ」


「それはそうだが」


獣が前脚を踏み下ろした。


地面から岩の槍が突き出す。レオンが正面から受けず、横へ回り込んだ。クロウは獣の首元へ攻撃を入れ、セリアは魔力の流れを読み取る。


「左の角が、魔力を集めています。次に範囲攻撃が来る!」


「レオン、後ろへ!」


レオンが下がった直後、獣の周囲へ岩塊が飛び散った。


クロウは攻撃を避けながら、脚の付け根へ刃を入れた。ゲームで知っている弱点は、現実でも有効だった。


獣の体が揺らぐ。


「そろそろ風属性」


獣の外殻が崩れ、透明な風が体表を覆った。接近すれば切り裂かれる。クロウは安全な距離を取り、レオンへ指示を出した。


「攻撃を誘って、風が薄くなる瞬間だけ斬れ!」


「難しいな」


「一番簡単な方法だぞ」


レオンが風の刃を避ける。セリアの支援魔法が足元を安定させ、次の攻撃の瞬間を知らせる。


「今です!」


レオンの剣が獣の翼を切り裂いた。


クロウが反対側の翼へ刃を入れる。風の渦が消え、獣が地面へ落ちた。


最後に闇の魔力が広がる。


視界が暗くなり、音の方向も分からなくなった。だが、セリアの《戦場把握》が敵の位置を捉えている。


「正面、三歩。次に右へ跳びます!」


クロウは指示を信じて動いた。闇の中で獣の爪を避け、レオンが攻撃を受け止める。セリアの光が一瞬だけ敵の胸を照らした。


「核が見えました!」


三人の攻撃が、同じ一点へ集まった。


獣の胸に亀裂が走る。黒い核が砕け、闇の魔力が霧となって消えた。


「終わったな」


クロウは大きな魔石を拾い上げた。


「これで、五十用装備の素材がまた一つ」


セリアは魔石ではなく、闇の中で三人が連携したことを考えていた。クロウは必要な情報を必要な時にだけ伝え、レオンはその指示を現実の動きへ変える。自分は戦場全体を把握し、二人の間をつなぐ。


そして、その戦いの外側では、誰が何を知るべきかが整理されていく。


「今後、あなたの存在は必要以上に伝えません」


帰り道、セリアが言った。


「それでいい」


「組織の表向きの窓口は、私とレオンにします」


「組織?」


「いえ、仕事の窓口です」


クロウは特に疑問を持たなかった。


「そうだな。二人とも最近、仕事が増えたし」


レオンとセリアは顔を見合わせた。


クロウの名を知らない見回り役。鉱山の場所しか知らない採掘担当。必要な契約だけを知る商人。そして、レオンとセリアだけが、三人の攻略の全体像を把握している。


その構造は、すでに始まっていた。


クロウはそれを、自分が目立たずに済むための便利な分担だと思っている。


「これで、面倒な奴に目をつけられなくて済むな」


彼は満足そうに言った。


セリアは静かにうなずいた。


「ええ。あなたの存在は、必要な人間だけが知ることにします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。