第27話 俺のことは言わなくていい
灰色峡谷の鉱山が動き始めてから、セリアのもとへ訪ねてくる人間が増えた。
採掘の許可を求める者。運搬の契約を持ち込む商人。峡谷の安全な道を利用したい旅人。中には、魔物の弱点や出現場所を知りたいという冒険者までいた。
「誰が峡谷の攻略法を見つけたのか、と聞かれました」
宿の部屋で、セリアが帳面を閉じた。
「攻略法?」
クロウは次の狩場の地図から顔を上げた。
「魔物の誘導方法です。誰が安全地帯を見つけ、誰が鉱山を発見したのか。商人だけでなく、周辺の有力者も探っているようです」
「レオンが見回りを始めたからじゃないか?」
「レオンだけでは答えになりません」
レオンは腕を組んだ。
「私も、同じことを何度か聞かれた。灰色峡谷のどこに危険があり、どのように道を開けたのか、と」
「別に、攻略法を教えてもいいんじゃないか?」
クロウは地図を指でたどった。
「入口近くの魔物なら、安全な倒し方を教えられる。奥の方は、今はやめた方がいいけど」
「問題は、誰がその知識を持っているかです」
セリアはまっすぐにクロウを見た。
「彼らは、あなたに会いたがっています」
「俺に?」
「はい。峡谷を攻略した人間。鉱山を見つけた人間。育成法を考えた人間。誰がその情報を持っているのか、確認したいのでしょう」
クロウは眉をひそめた。
「それは、面倒だな」
彼は立ち上がり、収納袋から黒い外套を取り出した。身につけると、髪の色と顔立ちがわずかに変わる。外見変更具の効果だ。
「変に名前が売れて、対人を仕掛けられたら嫌だし」
レオンとセリアは、同時に黙った。
「対人、ですか?」
「強いプレイヤーが、情報を聞きつけて狙ってくるかもしれないだろ」
「この地域に、あなたへ戦いを仕掛けられる人間がいるとは思えません」
「今はいなくても、どこかにいるかもしれない。ゲームでも、知らない奴に絡まれるのは面倒だった」
クロウは本気だった。
セリアは、彼がただ目立ちたくないのだと理解した。自分の知識を危険なものだと考えている一方で、それを守るために大げさな警備や権力を求めているわけではない。
ただ、知られたくない。
「では、あなたのことは言わない方針にします」
「頼む」
「名前も?」
「クロウって呼ばれてることも、別に広めなくていい」
レオンが低く息を吐いた。
「分かった。必要な時は、私とセリアが発見したことにする」
「いや、それは嘘にならないか?」
「あなたが教えたことまで、すべて説明する必要はないでしょう」
セリアの返答に、クロウは考え込んだ。
「まあ、そうだな。必要なところだけ教えればいい」
その日の午後、三人は灰色峡谷の北端へ向かった。
目的は、夜鳴き草の粉を使って出現させる夜喰らいよりも、さらに経験値の高い特殊な魔物だった。峡谷の最深部にある石の輪へ、三種類の素材を置く。月が雲から出た時だけ、出現する。
ゲームでは、四十台後半のプレイヤーが五十へ上がる前によく利用するボスだった。
クロウは石の輪へ素材を並べた。
「この順番で置く。間違えると、出てこない」
「素材の価値を知る人間が見れば、これだけで情報が漏れます」
セリアが周囲を警戒する。
「だから、今日は人を連れてきていない」
クロウは空を見上げた。
雲の切れ目から月が現れた。
石の輪の中央に黒い霧が集まり、巨大な獣が姿を現した。四つの角を持ち、背中から薄い翼が伸びている。周囲の岩を吸い込むように、魔力が渦を巻いていた。
「こいつは、体力が減ると属性を変える。最初は土。次に風。最後に闇」
「相変わらず、戦う前の説明が多い」
レオンが剣を構えた。
「分かっている方が楽だろ」
「それはそうだが」
獣が前脚を踏み下ろした。
地面から岩の槍が突き出す。レオンが正面から受けず、横へ回り込んだ。クロウは獣の首元へ攻撃を入れ、セリアは魔力の流れを読み取る。
「左の角が、魔力を集めています。次に範囲攻撃が来る!」
「レオン、後ろへ!」
レオンが下がった直後、獣の周囲へ岩塊が飛び散った。
クロウは攻撃を避けながら、脚の付け根へ刃を入れた。ゲームで知っている弱点は、現実でも有効だった。
獣の体が揺らぐ。
「そろそろ風属性」
獣の外殻が崩れ、透明な風が体表を覆った。接近すれば切り裂かれる。クロウは安全な距離を取り、レオンへ指示を出した。
「攻撃を誘って、風が薄くなる瞬間だけ斬れ!」
「難しいな」
「一番簡単な方法だぞ」
レオンが風の刃を避ける。セリアの支援魔法が足元を安定させ、次の攻撃の瞬間を知らせる。
「今です!」
レオンの剣が獣の翼を切り裂いた。
クロウが反対側の翼へ刃を入れる。風の渦が消え、獣が地面へ落ちた。
最後に闇の魔力が広がる。
視界が暗くなり、音の方向も分からなくなった。だが、セリアの《戦場把握》が敵の位置を捉えている。
「正面、三歩。次に右へ跳びます!」
クロウは指示を信じて動いた。闇の中で獣の爪を避け、レオンが攻撃を受け止める。セリアの光が一瞬だけ敵の胸を照らした。
「核が見えました!」
三人の攻撃が、同じ一点へ集まった。
獣の胸に亀裂が走る。黒い核が砕け、闇の魔力が霧となって消えた。
「終わったな」
クロウは大きな魔石を拾い上げた。
「これで、五十用装備の素材がまた一つ」
セリアは魔石ではなく、闇の中で三人が連携したことを考えていた。クロウは必要な情報を必要な時にだけ伝え、レオンはその指示を現実の動きへ変える。自分は戦場全体を把握し、二人の間をつなぐ。
そして、その戦いの外側では、誰が何を知るべきかが整理されていく。
「今後、あなたの存在は必要以上に伝えません」
帰り道、セリアが言った。
「それでいい」
「組織の表向きの窓口は、私とレオンにします」
「組織?」
「いえ、仕事の窓口です」
クロウは特に疑問を持たなかった。
「そうだな。二人とも最近、仕事が増えたし」
レオンとセリアは顔を見合わせた。
クロウの名を知らない見回り役。鉱山の場所しか知らない採掘担当。必要な契約だけを知る商人。そして、レオンとセリアだけが、三人の攻略の全体像を把握している。
その構造は、すでに始まっていた。
クロウはそれを、自分が目立たずに済むための便利な分担だと思っている。
「これで、面倒な奴に目をつけられなくて済むな」
彼は満足そうに言った。
セリアは静かにうなずいた。
「ええ。あなたの存在は、必要な人間だけが知ることにします」




