第25話 鉱山はいらない
隠しダンジョンの最奥で、三人は巨大な扉の前に立っていた。
扉には、六本の腕を持つ人影が描かれている。その胸には黒い核。周囲には、魔力を吸い上げる柱が並んでいた。
「ここがボスだ」
クロウが短剣を構える。
「知っているのか?」
「ゲームでは何度も倒した」
「では、今回も同じように動くと?」
「基本はな。ただ、現実だから細かいところは違うかもしれない」
クロウは扉を開いた。
広間の中央で、六腕の巨人が立ち上がる。鎧のような外殻は黒く、腕の先にはそれぞれ違う武器がついていた。斧、槍、鎖、剣。残りの二本は、魔力を帯びた爪になっている。
巨人が動き出す。
「最初は物理攻撃。半分削ると火属性に変わる」
クロウが言った。
「そこまで分かるなら、先に全部教えてください」
「全部言うと覚えにくいだろ。攻撃の順番だけでいい」
セリアはため息をつき、杖を握った。
最初の斧が振り下ろされる。レオンが正面で受けず、斜めへ流した。斧が床へめり込み、巨人の体勢が崩れる。
「今、右肩!」
セリアが叫ぶ。
クロウの短剣が、右肩の継ぎ目へ入った。黒い外殻の内側から、赤い光が漏れる。
巨人が槍を突き出す。
「二歩下がってから、左へ!」
レオンが指示通りに動いた。槍の穂先が空を切り、クロウが鎖の腕を踏み台にして巨人の胸へ跳ぶ。
胸の黒い核へ攻撃を入れようとした瞬間、床の柱が光った。
「まだ早い。柱を一本壊す!」
クロウは空中で身をひねり、手近な柱へ魔力の刃を放った。柱が砕けると、巨人の動きが一瞬鈍る。レオンの剣が足を切り、セリアの魔法が腕を縛った。
それぞれが別の役割を担っていた。
レオンは敵を止める。セリアは魔力の流れを読む。クロウはその瞬間に、最も効果の高い場所を攻撃する。
巨人の体力が半分を切った。
予告通り、外殻が赤く染まった。広間の温度が一気に上がり、巨人の腕から炎が噴き出す。
「ここから火属性。レオン、剣を直接受けるな」
「分かった!」
「セリア、三本目の柱へ。火が強くなる前に壊す」
「もう見えています!」
セリアは新しい杖を掲げた。伸びた魔力が柱へ絡みつき、内部から石を凍らせる。レオンが一撃で柱を砕いた。
炎の勢いが弱まる。
巨人の腕が六本同時に動いた。
「全員、下がれ!」
クロウの声に反応し、三人が一斉に後退する。床を埋め尽くすように炎が走った。あと一歩遅ければ、まともに巻き込まれていた。
「今のは、ゲームと同じか?」
レオンが尋ねた。
「同じ。だから避けられた」
「現実で初見なら、まず避けられない攻撃です」
「初見じゃないから問題ない」
クロウが炎の切れ目へ走る。
巨人の胸の核が、短い時間だけ青く変わった。火属性へ変化した直後、核の防御が下がる。その時間は、ゲームでは三秒。
現実でも、三秒しかなかった。
「今だ!」
クロウの刃が核へ届く。レオンの剣が続き、セリアの支援魔法が二人の攻撃を押し上げた。
核に亀裂が走る。
巨人が咆哮し、広間を揺らした。だが、すでに勝負は決まっていた。
クロウが最後の一撃を入れる。
六腕の巨人は、崩れ落ちるように黒い粒子へ変わった。
「勝ったな」
クロウは床へ落ちた魔石を拾った。
「それより、奥の宝箱だ」
宝箱の中に入っていたのは、黒銀色の鉱石だった。表面に赤い線が走り、持つだけでわずかな熱を感じる。
「これが、五十用の装備に使う素材」
クロウは満足そうにうなずいた。
「目的は達成した」
セリアは広間を見渡した。
ボスが消えたことで、奥の通路が開いている。そこには、これまで魔物に守られていた巨大な鉱脈が続いていた。青白い鉱石が壁一面に露出し、淡い光を放っている。
「目的は、これだけですか?」
「これだけって?」
「この鉱脈です。ここは鉱山として使えます」
クロウは通路の先を見た。
「鉱山?」
「ええ。これほどの量があれば、魔道具や武器の材料として大きな価値があります」
「俺はいらない」
「……そういう意味ではありません」
「でも、装備素材は取れただろ。残りは好きにすればいい」
セリアは頭を抱えた。
この場所を放置すれば、いずれ誰かが発見する。無秩序に採掘されれば事故が起き、価値を知る勢力が争い、盗賊も流れ込むだろう。
「クロウ。この鉱山を放置するのは危険です」
「じゃあ、セリアが適当にやって」
「私が?」
「商売が得意だろ」
セリアは言葉を失った。
しかし、彼の言う通りではあった。クロウに任せれば、素材を必要な分だけ取って残りを忘れる。ならば、誰かが管理しなければならない。
「……分かりました。必要な人員を集めます」
セリアは帳面を開いた。
「採掘する者。運ぶ者。ここを守る者。街道との連絡を取る者が必要です」
「レオン、鉱山の防衛を頼めるか?」
「俺が?」
「敵が戻った時に、見回りの人たちだけでは危ないだろ」
レオンは広間を見た。確かに、この鉱山を守るには力が必要だ。
「分かった。今いる見回り役の中から、何人かを選ぶ」
それぞれが動き始めた。
クロウだけは、手に入れた黒銀鉱を眺めている。
「これで次の装備が作れるな」
「クロウ」
「何だ?」
「あなたは、とうとう鉱山まで私に商売させるつもりですか?」
「セリアがやりたいなら、いいんじゃないか」
「誰がやりたいと言いましたか」
セリアはそう言いながら、採掘場所と搬出経路を書き始めた。
数日後、鉱山には簡単な役割分担ができていた。レオンの下に防衛役が置かれ、採掘と運搬を担当する者が決まり、商人との契約も結ばれた。
単なる知り合いの集まりだった人々が、継続的な仕事を持つ集団へ変わった瞬間だった。
クロウはその変化を、特に気に留めていなかった。
「人が増えたな」
「必要だから増やしたのです」
「そうか。じゃあ、俺は狩りに行く」
クロウは黒銀鉱を袋へしまった。
「五十まで、あと少しだからな」




