第24話 壁の向こうにあるもの
岩壁の向こうには、峡谷の地下へ続く階段があった。
入口を抜けた瞬間、外の風音が消えた。代わりに、遠くで金属を引きずるような音が響いている。壁には青い鉱石が埋まり、淡い光が階段を照らしていた。
「本当に、こんな場所があったのか」
レオンが周囲を見渡した。
「ゲームでも、最初は見つけにくかった。入口を知っていれば簡単だけど」
「知っていれば、という言葉の重みを考えてほしいですね」
セリアは鉱石へ手を伸ばしかけ、クロウに止められた。
「今は触らない方がいい」
「罠ですか?」
「そこから先、三つ目まで触ると敵が出る」
「では、なぜ分かるのですか」
「ゲームで何度も引っかかったから」
クロウは先頭を進んだ。
最初の通路には、床に小さな穴が並んでいた。レオンが前へ出ようとした時、クロウが腕をつかむ。
「右から二番目だけ踏む。ほかは矢が出る」
「それを先に言ってくれ」
「今言っただろ」
レオンが指定された床だけを踏む。通路の先で、かすかな音がした。もし別の場所を踏んでいれば、壁から大量の矢が放たれていたはずだ。
セリアは周囲を見回しながら歩いた。
「ゲームでは、こういう仕掛けを誰かが作ったのですか?」
「ダンジョンだからな。そういうものだ」
「答えになっていません」
通路の先で、石の鎧を着た魔物が三体現れた。クロウはすぐに敵の配置を確認した。
「右の一体は、胸の赤い石。左は背中のひび。中央は頭部の内側」
「全部違うのか」
「個体ごとに弱点が違う」
レオンが右の石人形へ向かう。クロウは左の個体を誘導し、セリアは中央の魔力の流れを探った。
敵の攻撃は重い。腕が振り下ろされるたび、石床が震える。だが、三人はそれぞれの敵の弱点を正確に攻めた。
レオンが赤い石を割る。
セリアが魔力の集中する場所を伝える。
クロウが背中のひびへ刃を入れる。
石人形は、まともに力比べをする暇もなく崩れた。
「今の敵、かなり強かったと思いますが」
「四十台半ば向けだからな」
「その言い方ですと、私たちはまだ少し早いのでは?」
「知識があるから大丈夫だ」
クロウは先へ進んだ。
地下迷宮には、いくつもの分岐があった。左の道は行き止まり。右の道は宝箱に見せかけた罠。正面の扉は、近くの魔物を倒してからでなければ開かない。
クロウが選ぶ道に迷いはなかった。
「こっちだ」
「理由を聞いても?」
「宝箱があるから」
「ほかの道には?」
「罠か、何もない」
「確認したのですか?」
「ゲームで」
セリアはもう、驚くことをやめていた。
迷宮の中ほどまで進むと、天井から巨大な虫が落ちてきた。硬い甲殻を持つ毒虫で、脚の先から紫色の液体を滴らせている。
「毒に気をつけろ。腹の白い部分が弱点」
クロウの言葉を聞く前に、セリアが魔力を展開した。
「毒の流れ、右側へ偏っています。次の攻撃は右から来ます」
レオンが左へ避け、毒液が床を溶かした。
クロウが毒虫の下へ滑り込み、腹へ刃を突き立てる。レオンが足を切り、セリアが支援魔法を重ねた。
毒虫が暴れたが、三人は距離を崩さない。
「押し切るぞ」
クロウの声に、レオンとセリアが同時に動いた。
赤い剣と魔力の矢、短剣の一撃が同じ場所へ集中する。毒虫の白い腹が裂け、巨体が床へ落ちた。
「よし、経験値がうまい」
クロウは満足そうに魔石を拾った。
迷宮の最奥には、大きな扉があった。表面に、三人の手形を入れる窪みがある。
「ボス部屋ですか?」
「たぶん」
「また、たぶん」
クロウが手を置く。レオンとセリアも続いた。
扉の向こうから、低い咆哮が響いた。
「やっぱりボスだな」
クロウは短剣を構えた。
扉が開き、奥の広間に巨大な影が立ち上がった。四本の腕。胸に埋め込まれた黒い核。周囲には、魔力を吸い上げる柱が六本並んでいる。
「柱を壊す順番は?」
レオンが尋ねた。
「左から三本目、次に右端。その後は中央の二本。最後に残った二つ」
「ずいぶん細かいな」
「順番を間違えると、核が回復する」
ボスが腕を振り上げた。
「レオン、まず右へ。セリアは柱を見てくれ。俺が敵の注意を引く」
クロウが駆けた。
巨大な腕が床を叩き、衝撃波が広がる。クロウは安全な位置へ跳び、ボスの視線を自分へ向けさせた。レオンが左から三本目の柱へ走る。セリアは魔力の流れを読み、次に壊すべき柱を指示した。
「次、右端です!」
レオンの剣が柱を砕く。
ボスの動きが一瞬だけ鈍った。
「今だ!」
クロウが胸の核へ攻撃を入れる。硬い感触の奥で、黒い光が揺らいだ。
残りの柱が順番に崩れていく。最後の一本が砕けた時、ボスの胸にひびが走った。
「セリア、支援を最大で!」
セリアの魔力が二人を包む。レオンの身体が加速し、クロウの視界が鋭くなる。二人の攻撃が同時に核へ届いた。
巨大な魔物が崩れ、広間全体が揺れた。
静かになった後、床には大量の鉱石と、大きな魔石が残されていた。
「鉱石が多いですね」
セリアが周囲を見渡した。
壁一面に、青白い鉱石が埋まっている。魔力を蓄える性質を持ち、武器や魔道具の素材になる。これだけの量があれば、採掘場一つ分どころではない。
「ここの鉱石は装備素材に使える」
クロウは奥の宝箱へ向かいながら言った。
「必要な分だけ取る。全部掘るのは後でいい」
「後で、ですか?」
「今はボスを倒したから十分だろ」
宝箱の中には、中盤装備を作るための黒い鉱石が入っていた。
クロウはそれを手に取り、うなずいた。
「これが欲しかった」
セリアは、広間いっぱいの鉱石と、クロウが手にした小さな素材を見比べた。
彼が本当に欲しかったのは、これだけだった。
迷宮も、鉱石も、ボスも、すべては装備素材を手に入れるための過程にすぎない。
「では、戻りますか?」
「いや、もう少し狩る。奥にまだ敵がいる」
クロウは迷宮のさらに奥を見た。
その目には、目の前の鉱山の価値も、灰色峡谷全体の変化も映っていない。
見えているのは、次の経験値と、次の装備だけだった。
三人は、隠しダンジョンの奥へ進んでいった。




