第23話 効率を落とした方がいい
灰色峡谷の入口に、見慣れない男たちが立っていた。
レオンが声をかけたのは、セレスで何度か見かけた冒険者だった。元兵士の男が二人と、弓を使う若い女が一人。いずれも腕は悪くないが、クロウたちの狩りについてくるには少し足りない。
「この人たちに、峡谷の見回りを頼むことになった」
レオンが紹介すると、クロウは三人を順番に見た。
「見回りだけなら、もう少し強くなった方がいいな」
「やはり、そう思うか」
レオンが言った。
「昨日、入口付近に魔物が一体戻っていた。今は倒したが、奥から流れてくる可能性がある。このままでは、彼らが対応できない」
「じゃあ育てれば?」
クロウの返事は、あまりにも簡単だった。
「育てる、と言っても……」
「狩場へ連れていけばいい。経験値を稼げる場所を教える」
セリアがすぐに顔を上げた。
「待ってください」
「何で?」
「あなたと同じ方法を、そのまま教えるつもりですか?」
「効率はいいぞ」
「効率がよすぎます」
セリアは周囲の三人へ視線を向けた。彼らは会話の意味を完全には理解していない。ただ、クロウの提示する訓練が特別なものだということだけは察しているようだった。
「あなたの方法は、敵の弱点、出現周期、誘導方法、安全な位置まで含めて、普通の冒険者が何年もかけて身につけるものです。それを短期間で教えれば、彼らは急速に強くなります」
「その方がいいだろ」
「もし、彼らが別の誰かに雇われたら?」
クロウは黙った。
セリアの言いたいことは分かる。盗賊や敵対する貴族に、同じ情報と技術が渡れば面倒なことになる。
「……それは困るな」
「ですから、扱う情報を選ぶべきです」
クロウは三人の冒険者を見た。彼らが悪人に見えるわけではない。だが、人間である以上、いつまでも同じ場所にいるとは限らない。
「じゃあ、効率を落とせばいいんじゃないか?」
レオンが眉をひそめた。
「落とす?」
「本来の狩場じゃなくて、一段弱い敵を相手にする。弱点も全部は教えない。敵をまとめない。安全な場所から少しずつやる」
クロウは指を折りながら説明した。
「それなら時間はかかるけど、危険は少ない。強くなり方も遅い」
「あなたが、それを教えられるのですか?」
「初心者向けルートなら、いくらでも」
クロウは地面へ枝で簡単な地図を描いた。
峡谷入口の手前にある小さな岩場。そこに出るのは、単独で動く灰鼠と小型の牙獣だけ。出現周期は短く、危険を感じればすぐに逃げられる。経験値は少ないが、集団で狩れば成長できる。
ただし、群れを集めない。格上へ挑まない。魔物の巣へ入らない。クロウが普段なら絶対に選ばない、効率の悪いルートだった。
「これならかなり遅い」
クロウは自信を持って言った。
「……これで、遅いのか?」
レオンが地図を見つめる。
彼にとっては、それでも十分に早かった。危険を避けながら継続して戦えば、普通の訓練よりはるかに短い期間で見回りに必要な強さへ届く。
セリアも同じことを考えていた。
「この方法なら、教える相手を選べば安全です。ただし、記録は私が管理します」
「任せる」
クロウは三人の冒険者へ向き直った。
「最初はこの辺りだけ。危なくなったら逃げろ。無理に倒す必要はない」
元兵士の男がうなずいた。
「分かりました。見回りの仕事を続けるためなら、時間をかけてでも覚えます」
「二人組で動け。単独は禁止」
レオンが付け加えた。
「報告の方法は私が説明します」
セリアが続ける。
三人はそれぞれの役割を受け持った。クロウが決めたのは、あくまで安全な狩り場と基本的な注意点だけだ。だが、その少ない情報でも、訓練は目に見えて成果を上げた。
数日後、三人の見回り役は灰鼠を危なげなく倒せるようになっていた。小型の牙獣が二体出た時も、焦らずに後退し、互いに補助して処理した。
「悪くないな」
クロウは遠くからその様子を見て言った。
「本来なら、もう少し効率よくできる」
「効率を上げないでください」
セリアが即座に止めた。
クロウは肩をすくめた。
「分かった。あとは任せる」
訓練を終えたクロウたちは、すぐに峡谷の深部へ向かった。人の育成は、クロウにとって目的ではない。レオンから相談されたから対応しただけで、今の目標はあくまでレベル五十だ。
「今日は奥へ行く」
「危険度は?」
「昨日までの敵より少し強い。けど、経験値はかなり高い」
谷の深部へ入ると、空気が変わった。岩壁が高くなり、空の見える範囲が狭い。魔物の数も多く、遠くから複数の足音が重なって聞こえた。
クロウはそこで足を止めた。
正面の岩壁に、細い線が描かれている。普通に見れば、自然にできたひび割れにしか見えない。だが、ゲームをやり込んだクロウには分かった。
「ここに入口がある」
レオンが岩壁へ近づく。
「入口には見えない」
「普通には開かないからな」
クロウは、新しく手に入れた杖をセリアへ渡した。
「その杖で、右上の印へ氷の魔法。レオンは左下へ火属性の攻撃。俺は中央を雷で撃つ」
「決まった順番があるのですか?」
「ある。間違えると、また最初から」
三人は指定された場所へ立った。
セリアが氷の魔法を放つ。レオンの剣が火花を散らし、クロウの雷が岩壁の中央へ走った。
岩壁の線が青く光る。
低い音とともに、隠されていた扉が開いた。
「中に何があるのですか?」
「敵と宝箱」
「それは、いつものことですね」
クロウは笑い、先へ進んだ。
その背後では、先ほどまで訓練を受けていた三人が、初めて自分たちだけで見回りを続けていた。
効率を落とした育成法は、クロウにとって妥協の産物だった。
だが、現地の人間にとっては、十分すぎるほど特別な訓練だった。




