第22話 近道ができただけ
灰色峡谷での狩りは、三日目に入っていた。
クロウはすでに、谷の中で最も効率のよい周回ルートを組み立てている。入口から北側の岩場へ進み、群れを一つ処理する。崖下の水場を通り、羽根持ちを倒す。その後、谷の中央にある細い裂け目へ魔物を誘導する。
ゲームでは、敵を一体ずつ倒すよりも、特定地点へ集めてまとめて処理した方が効率がよかった。
現実でも、その方法は通用した。
「ここから先は、俺が敵を集める」
クロウは谷の奥を見ながら言った。
「レオンは、あの岩柱のところまで下がってくれ。セリアは裂け目の向こう。敵が入ったら、足を止める魔法を頼む」
「何体来る?」
「たぶん十五」
「たぶん、で済ませられる数ではないな」
レオンが剣を構える。
「だが、これまでよりも動きやすい」
この三日で、レオンは一段階変わっていた。敵の群れを見ても、ただ構えるのではなく、どこへ誘導すれば有利になるかを考える。セリアも、谷全体の魔力の流れを把握し、敵の動きが集中する場所を予測できるようになっていた。
クロウが谷の奥へ走る。
岩陰から魔物が現れた。灰色の牙獣が五体。その奥に、昨日倒した岩猿の群れがいる。さらに高い場所には、羽根持ちが三体。
「こっちだ」
クロウは魔力の刃を一発だけ放った。
牙獣が反応し、唸り声を上げる。岩猿が石を投げ、羽根持ちが上空へ舞い上がった。
普通なら、これだけの敵を一度に引きつけるのは自殺行為だった。
だがクロウは、敵がどの範囲まで追ってくるかを知っている。攻撃を避け、岩場を曲がり、細い水路を走る。羽根持ちの矢が足元へ落ち、牙獣の爪が背中をかすめた。
そのまま、指定した裂け目へ敵を誘導する。
「来た!」
セリアが叫んだ。
レオンが岩柱の陰から飛び出し、最初の牙獣を斬りつける。敵の群れが足を止めた。
「今、魔法を!」
セリアが杖を振る。淡い光が地面へ広がり、裂け目に入った魔物の足元を縛った。羽根持ちだけが上空から抜けようとするが、クロウが投げた刃が翼を傷つける。
「一体ずつでいい。焦るな」
クロウが弱点を示す。レオンが牙獣を倒し、セリアが岩猿の動きを読み、クロウが最後の敵を仕留める。
十五体の魔物が、十数分で消えた。
残った魔石が、裂け目の底で青く光っている。
「これが、一番効率のいい方法か」
レオンが息を整えながら尋ねた。
「そう。まとめて倒せるからな」
「敵に囲まれているようにしか見えなかったが」
「あれは囲まれていたんじゃない。囲ませていたんだ」
クロウは得意げだった。
セリアは、谷の地形を見渡した。確かに効率は高い。敵の数が減るまで、三人の負傷もほとんどない。クロウの知識と、レオンと自分の成長が合わさって、ようやく一つの戦術として完成していた。
昼を過ぎた頃、三人は谷の奥にある岩棚へ着いた。
そこだけ、魔物の気配がなかった。
「休憩する」
クロウが言った。
「安全地帯なのですか?」
「ゲームではそうだった。ここには魔物が入ってこない」
岩棚の奥には湧き水があり、風を防ぐ壁もある。三人が身を休めるには十分だった。
セリアは水場と周囲の岩を調べた。
「ここは、野営地になりますね」
「そうだな」
「谷を通る旅人にとっても、です」
「旅人が来るほど安全になればな」
「安全にするために、あなたが魔物を倒しているのでは?」
クロウは少し考えた。
「結果的には、そうかもな。でも目的はレベル上げだぞ」
セリアは水場を見た。
天然の要害。水があり、風を避けられ、周囲を見渡せる。ここへ簡単な休憩所を置けば、峡谷を通る商人の負担は大きく減るだろう。
数日後、その予想は現実になった。
三人が峡谷を抜けた日、入口近くで商人の一団と出会った。彼らは魔物が減ったことを知り、試しに旧道へ入ってきたらしい。
「この先を通っても、本当に大丈夫なのですか?」
商人の代表が、レオンへ尋ねた。
「今のところは。ただし、魔物が戻る可能性はある」
「それなら、護衛を置いていただけませんか。毎回依頼を出します。道が使えるなら、迂回するよりずっと早い」
レオンはクロウを見た。
クロウは地図を見ている。商人の話を聞いていないわけではないが、関心は峡谷の奥に残る魔物の分布へ向いていた。
「レオン、護衛の仕事まで始めたのか」
「必要らしい」
「じゃあ、強い奴を何人か紹介すればいい。俺たちは狩りがあるからな」
レオンは商人へ向き直った。
「以前、私たちと行動した冒険者がいる。腕は悪くない。何人か声をかけてみよう」
それが、最初の仕事になった。
セリアは商人と道の状況を確認し、休憩地点の場所を伝えた。簡易な物資置場を作るなら、必要な木材と水瓶を手配できるという話も出た。
「この程度なら、個人で手配できます」
セリアはそう言ったが、実際には一人では難しい。採取する者、運ぶ者、記録する者、護衛する者が必要になる。
彼女は信頼できる人間へ、少しずつ仕事を振った。
レオンの下で働く見回り役が三人。セリアから物資を受け取る運搬役が二人。峡谷の様子を知らせる連絡役が一人。
数にすれば、まだわずかだ。
しかし、誰かが継続して仕事をするという形が、初めて生まれた。
その夜、宿へ戻ったクロウは、レオンとセリアを見て言った。
「二人とも、最近忙しいな」
「あなたが道を開けたからです」
「近道ができただけだろ」
セリアは、少しだけ遠い目をした。
近道ができただけ。
クロウにとっては、その通りなのだろう。ゲームなら、移動時間が短くなり、狩場へ行きやすくなった。それだけのことだ。
けれど現実では、商人が戻り、集落へ物資が届き、人が仕事を求めて集まり始めている。
レオンは、声をかけた冒険者たちへ明日の見回りの指示を出した。セリアは、峡谷で採れる素材の一覧を帳面にまとめている。
クロウは二人の横で、次の狩場を探していた。
「明日は、もう少し奥へ行く」
「まだ行くのですか?」
「もちろん。五十まで上げるんだろ」
セリアは帳面を閉じた。
「では、明日の分の食料を手配しておきます」
「助かる」
クロウは笑った。
その笑顔を見ながら、セリアは考える。
このままクロウが攻略を続ければ、灰色峡谷は完全に人の通れる道になる。道ができれば、そこを守る人間が必要になる。人が増えれば、物資と記録を管理する人間も必要になる。
必要だから手配する。
その繰り返しが、いつか一つの組織になることを、今のクロウは知らない。




