第21話 ここから経験値が重い
レベル四十になった翌日、クロウはいつも通り、セレス近郊の狩場へ向かった。
昨日までなら、魔物を数体倒せば身体の奥に軽い変化を感じた。力が増え、感覚が鋭くなり、次の成長が近いと分かる。
だが、その日は違った。
「……やっぱり重くなったな」
クロウは倒した牙狼の魔石を拾いながら、ため息をついた。
「何がだ?」
レオンが剣を拭いながら尋ねる。
「経験値。四十を越えると、普通の魔物では効率が悪い」
セリアは周囲を見回した。草原には牙狼の群れが倒れている。三人で戦ったとはいえ、ここまで短時間で片づけられる冒険者は他にいないだろう。
「十分すぎる成果に見えますが」
「ゲームなら、もっと早く上がる」
「またゲーム基準か」
「レベル上げなんだから、効率は大事だろ」
クロウは倒した魔物の数を確認した。昨日までなら、この程度でも目に見えて成長したはずだ。しかし今日は、身体が少し軽くなった程度にしか感じられない。
四十から先は、格上狩り。高経験値の魔物。ダンジョン。特殊出現。
ゲーム時代の記憶をたどりながら、クロウは地図を広げた。
「次は灰色峡谷へ行く」
セリアの指が地図上で止まった。
「ここは、南の商業地域へ抜ける旧道ですね」
「そうなのか?」
「はい。ですが、現在は使われていません。魔物が多すぎるため、商人は大きく迂回しています」
「じゃあ、狩場としてはちょうどいいな」
セリアは言葉を失った。
彼女にとって、灰色峡谷は単なる危険区域ではない。そこを抜ければ、セレスと南方の二つの商業地域を直接結べる。物流の距離が短くなれば、輸送費も時間も大きく変わる。
だがクロウにとっては、四十台前半で使う定番狩場だった。
「本当に、狩りに行く場所なのですか?」
「四十台なら普通だぞ」
「普通の冒険者は、誰も近づかないそうですが」
「知らないからだろ。敵の位置と弱点が分かっていれば、そんなに危険じゃない」
レオンが小さく笑った。
「その台詞を聞いて、危険ではないと思えるようになった自分が怖い」
三人は昼前に灰色峡谷へ到着した。
谷の入口には、崩れた標識が立っている。かつては街道だったらしい石畳は、草と岩に埋もれていた。谷底から、獣の唸り声がいくつも聞こえる。
「最初の魔物は、岩の向こうに四体。索敵範囲は広くない」
クロウが指差す。
「その奥に、羽根持ちが二体。先に手前だけ処理する」
セリアは目を閉じた。戦場把握の感覚が、谷の形に沿って広がっていく。
「います。ですが、左奥にも一体。こちらへ近づいています」
「なら、そいつを先に呼ぶ」
クロウは小石を拾い、岩壁へ投げた。音に反応して、灰色の皮膚を持つ魔物が姿を現す。
レオンが前へ出た。
「俺が止める」
「深追いするな。こいつらは倒れると、周囲の仲間へ音で知らせる」
レオンは一撃を受け流し、魔物の足を払った。倒れたところへ剣を突き立てる。クロウが続けて二体を処理し、セリアが残った一体の動きを鈍らせた。
敵の数は多い。しかし、群れが完全に集まる前に、三人は一体ずつ切り崩していった。
「今のところ、危険ではないな」
「その言葉は、もう少し慎重に使ってください」
セリアが言い終える前に、谷の上から石が落ちてきた。
クロウがレオンの肩をつかみ、後ろへ引く。石が足元へ落ち、地面を砕いた。
「上に岩猿。三体」
「先に言ってくれ」
「今分かった」
岩猿が次々と石を投げてくる。レオンが盾で受け、セリアが安全な場所を示す。クロウは谷壁の亀裂を見つけた。
「あそこへ誘導する。岩猿は狭い場所が苦手だ」
レオンが敵の注意を引き、谷壁の下へ走った。岩猿が追いかけてくる。クロウは最後尾の一体へ魔法を当て、動きを遅らせた。
狭い場所へ入った岩猿は、互いの動きを邪魔し始める。
「今だ」
レオンの剣が一体目の腕を断ち、セリアの魔法が二体目の足を止めた。クロウが弱点である胸の白斑へ攻撃を集中させる。
戦いは短く終わった。
谷へ入って一時間。三人の前には、魔石と素材が積み上がっていた。
「ここ、結構うまいな」
クロウは満足そうに言った。
「敵は強いですが、戦い方が分かっていれば対応できます」
セリアの声には、わずかな自信が混じっていた。
彼女はもう、クロウの指示を待つだけではない。敵の位置を把握し、レオンの動きを補助し、クロウの狙いを先回りしている。
レオンも、谷の地形を利用して敵を誘導することを覚えていた。
クロウは二人を見て、少しだけ口元を緩めた。
「三人で来て正解だったな」
谷の入口付近では、魔物の姿がすでに減っていた。長く放置されていた道の石畳が、ところどころ見えている。
セリアはその景色を見た。
もし、この谷を最後まで抜けられるほど魔物が減れば、南との距離は大きく縮まる。商人が戻り、街道が整備され、人が動く。場合によっては、周辺の勢力図まで変わるかもしれない。
「クロウ」
「何だ?」
「この場所を、どこまで狩るつもりですか?」
「経験値が稼げる間は、しばらく」
「魔物が減りすぎるとは考えませんか?」
「その方が安全だろ」
クロウは本気だった。
セリアはそれ以上、問い返さなかった。
「では、記録しておきます。出現場所、敵の種類、安全な休憩地点」
「頼む。次に来る時、迷うと面倒だからな」
クロウは谷の奥を見た。
「まだ先に、効率のいい場所がある」
三人は、灰色峡谷の深部へ進んでいく。
その背後で、長く閉ざされていた旧道の入口から、草を踏む音がした。
誰かが、彼らの通った道を追い始めていた。




