第20話 ようやく四十
翌朝、クロウは部屋の中央に立ち、収納袋から一着の鎧を取り出した。
黒い金属に、細い銀の線が走っている。ゲームで使っていた、レベル制限つきの確認用装備だ。性能は大したものではない。見た目も地味で、売ってもたいした金にならない。
ただし、装備できるレベルが決まっていた。
これまで何度試しても、留め具が合わず、身体へ固定できなかった。四十以上でなければ装備できない品だ。
「何をしている?」
レオンが尋ねた。
「レベル確認」
「また、あの妙な装備か」
「妙じゃない。便利なんだ」
クロウは鎧を胸へ当て、留め具を閉じた。
金属片が淡く光る。
留め具が、今度は抵抗なく噛み合った。
「よし」
クロウは拳を握った。
「ようやく四十か」
喜びというより、安堵に近い声だった。
隣にいたセリアが、ゆっくりと瞬きをする。
「ようやく、ですか」
「そうだ。ここまでは早いんだけどな。四十を越えると必要経験値が一気に増える」
「四十という数字を、あなたはどのように考えているのですか?」
「中盤の入口」
セリアはそれ以上、何も聞かなかった。
クロウは鎧を外し、地図を広げた。
「ここからは少し面倒だ。五十まで、今までみたいには上がらない」
「五十を目指すのか」
「当然だろ」
レオンは、窓の外へ目を向けた。
セレスの門前には、朝から人が集まっていた。南の街道を使う商人。素材を買い付けに来た職人。護衛の相談をする旅人。昨日まで閑散としていた場所に、荷車が列を作っている。
その中には、レオンへ声をかけようとする者もいた。セリアを見つけ、帳簿の相談を持ち込もうとする者もいる。
「二人とも、最近仕事が増えたな」
クロウは窓の外を見て言った。
「そうですね」
「狩りに集中できるよう、ほどほどにしてくれ」
セリアは笑顔を作った。
「善処します」
実際には、もう「ほどほど」で済む段階ではなかった。
街道が通れるようになった。廃鉱の魔物が倒された。森の隠しエリアには希少素材がある。三人が手にした装備や魔石は、鑑定人の間で密かに話題になっていた。
さらに、クロウたちは同じ顔で噂されていなかった。
黒髪の男を見た者。赤い剣を持つ戦士を見た者。眼鏡の女と一緒にいた冒険者を見た者。それぞれの証言が少しずつ違うため、町では「異常に強い冒険者が何人もいる」という話になっている。
クロウは変装用の外見変更具を使うこともあり、情報はますますまとまらなかった。
だが、本人はそんなことを知らない。
「今日はどこへ行く?」
レオンが尋ねた。
「装備の確認が終わったから、次の高効率狩場を探す。五十までは、たぶん地下水路が一番早い」
「たぶん?」
「ゲームの時はそうだった。こっちでも同じなら」
セリアは帳面を閉じた。
「その地下水路には、何があるのですか」
「毒を使う虫と、分裂する水棲魔物。あと、条件を満たすと隠し部屋が開く」
「また隠し部屋ですか」
「今度は装備じゃなくて、スキルの素材がある」
セリアは深く息を吐いたが、もう驚き方が少し変わっていた。
最初の頃なら、クロウの言葉を一つずつ疑っていた。しかし今は、彼が口にした情報をどう記録し、どの範囲まで共有するかを考えている。
レオンも同じだった。クロウから教わった戦い方を、自分の身体に合わせて整理している。昨日の戦場で、指示を待たずに敵の動きを読めたのは、その成果だ。
二人とも、すでに一般的な冒険者の基準から大きく外れている。
それでもクロウは、二人を見て満足そうに言った。
「二人とも結構育ったな」
「結構、ですか」
「レオンは前衛として安定してきたし、セリアは支援役としてかなり使える。三人パーティーとして、いい感じだ」
セリアは返事をせず、レオンを見た。
レオンも苦笑している。
クロウが自分たちを信頼していることは分かる。だが、その評価があまりにも軽い。世界最高峰に近い力を、パーティーとしていい感じという言葉で片づけている。
「クロウ」
「何だ?」
「あなた自身は、どの程度の強さだと思っていますか?」
「今は四十台」
「そうではなく」
「ゲームなら、まだ普通だな。レベル百のスキルもないし、対人戦になったら怖い」
レオンとセリアは黙った。
この世界で、レベル四十に届く人間はほとんどいない。魔物の群れを一人で倒し、町の周辺から脅威を消し、国宝級の装備を中盤品として扱う者など、普通であるはずがない。
しかしクロウは、まだ自分を「中盤へ入ったばかり」と考えている。
セリアはそれを否定しなかった。
今、無理に現実を教えれば、クロウは攻略よりも周囲への対応を優先してしまうかもしれない。ならば、必要な情報だけを管理し、彼が好きに動ける環境を維持する方がよい。
宿の外から、レオンを呼ぶ声がした。
「南の街道の見回りについて、相談したいそうです」
続いて、セリアを訪ねる商人の声も聞こえた。素材の売却先と、今後の採取について話したいらしい。
「ほら、また仕事だ」
クロウは少し困った顔をした。
「二人とも、無理はするなよ」
「あなたが次々と狩場を攻略するからです」
「そうか?」
「そうです」
セリアの返事に、レオンが笑った。
クロウもつられて笑う。
窓の外では、人の流れが増えていた。街道を使う商人が増え、宿の前には新しい荷車が止まる。三人が攻略した場所を起点に、少しずつ世界が動き始めている。
けれど、クロウが気にしているのは別のことだった。
「さて。次は五十だな」
彼は地図を畳み、収納袋へしまった。
「ここからが面倒なんだよな」
レオンは紅蓮王の剣を取り、セリアは帳面を閉じた。
三人は、次の狩場へ向かうため宿を出る。
その背後で、セレスの街には新しい人の流れが生まれていた。
クロウは知らない。
自分たちが、すでに一つの地域を変え始めていることを。
知っているのは、レベル四十に到達したこと。そして、まだレベル百まで遠いということだけだった。




