第19話 狩りすぎた
新しい装備を身につけて三日目、クロウは地図の上に指を置いた。
「ここで一気に上げる」
セレスから南へ伸びる街道。その途中に、古い関所跡がある。ゲームでは、街道沿いに出現する魔物をまとめて狩れる定番の経験値稼ぎ場所だった。
ただし、ゲームと違って現実の街道には人がいる。
「ここは危険区域だと聞いている」
レオンが地図をのぞき込んだ。
「だから効率がいい。魔物が多い」
「多いことが問題なのではないか?」
「まとめて倒せるから問題ない」
セリアは地図の端を押さえながら、クロウを見た。
「まとめて、とは何体くらいですか」
「最初は十体前後。慣れれば、もっと」
「慣れれば、という言葉を使う時は、だいたい危険です」
「でも、もう二人とも慣れてきただろ」
反論しようとしたレオンが、口を閉じた。
実際、三人の動きは以前とは比べものにならないほど洗練されていた。レオンは敵を引きつけ、セリアは戦場全体を把握し、クロウは最も効率のよい順番で敵を処理する。敵の数が増えても、混乱することはない。
関所跡へ近づくと、街道の両側に黒い沼が広がっていた。そこから、泥をまとった獣が這い出してくる。さらに奥では、枯れ木の上に赤い目がいくつも光っていた。
「まず、沼のやつを三体だけ」
クロウが短剣を抜く。
「レオンは中央。セリアは左の木の上を見てくれ。弓を持った魔物がいる」
「すでに見えています。三体」
「なら、一本目が飛んだ後に右へ動く。二本目はその場で伏せろ」
「あなたは?」
「前を片づける」
クロウが沼へ踏み込んだ。
泥獣が一斉に動く。腕を振り上げた個体の横をすり抜け、足元へ刃を入れる。倒れた一体が消える前に、次の一体の喉へ短剣を突き立てた。
レオンが中央で敵を引き受ける。紅蓮王の剣が赤い軌跡を描き、泥の塊を次々と切り裂いていく。
「一射目!」
セリアの声と同時に、矢がレオンの肩をかすめた。クロウは振り返らず、木の根元へ魔力の刃を飛ばす。
「二射目、伏せて!」
レオンが身を低くした。矢が頭上を通り過ぎ、背後の泥獣へ突き刺さる。セリアがすぐさま支援魔法をかけ、レオンの動きを押し上げた。
十数分後、関所跡の周囲から魔物の姿が消えた。
「最初の一周は終わり」
クロウは魔石を拾いながら言った。
「一周?」
「しばらくすると、また出る」
「しばらくとは?」
「二十分くらい」
セリアは何も言わず、街道の先を見た。
道の両側には、折れた荷車が残っていた。車輪が壊れ、積荷の木箱が腐っている。街道が長く使われていないことは、誰が見ても分かった。
「この道は、どれくらい前から封鎖されていたのでしょう」
「ゲームでは、最初から普通に通れたぞ」
「ゲームの話ではなく、現実の話です」
クロウは答えられなかった。
地図を見れば、ここは南の集落とセレスを結ぶ最短路だった。ゲームではただの通過地点だ。現実では、魔物が増えたことで商人が遠回りを強いられ、荷運びに余計な日数がかかっているらしい。
しかし、今のクロウが考えているのは、次に何体倒せるかだった。
「そろそろ湧く」
「周囲を確認してからにしてくれ」
レオンの言葉に、クロウは素直にうなずいた。
二周目は、最初より多かった。
街道の奥にいた大型の牙獣が群れを率いて現れ、関所跡の崩れた壁からは翼を持つ魔物が飛び出した。クロウは敵を集め、狭い場所へ誘導し、セリアの支援魔法が届く範囲でレオンに受けさせる。
戦いは激しかったが、三人の動きに乱れはなかった。
「左、三体!」
「見えている」
「後ろから来ます!」
「任せろ」
レオンが剣を返し、背後の牙獣を薙ぎ払う。セリアの魔法が敵の足を鈍らせ、クロウが弱点へ攻撃を集中させる。
最後の一体が倒れた時、街道には風の音だけが残った。
「もう一周できるな」
クロウは周囲を見回した。
「まだ出てくるのか?」
「出現周期は短い。もう一回いける」
「クロウ」
セリアの声が低くなった。
「周囲を見てください」
関所跡の向こうから、荷車が一台近づいてきていた。御者は三人の姿を見るなり、慌てて手綱を引いた。
「魔物は……いないのか?」
「今はいない」
クロウが答える。
「今は、というのは?」
「また出るかもしれない」
御者は顔を引きつらせたが、すぐに街道へ目を向けた。壊れた荷車、踏み荒らされた沼、そして魔物の姿が消えた道。
「この先へ進んでも?」
「たぶん大丈夫だ。少なくとも、今のところは」
御者は何度も頭を下げ、街道を進んでいった。
その後ろ姿を見送りながら、レオンが言った。
「もう一周は、やめておこう」
「経験値がもったいない」
「道を使う人間がいる」
クロウは渋々、短剣をしまった。
結果として、狩りは三周目の途中で切り上げられた。それでも、関所跡周辺にいた魔物の大半は消えた。数年にわたって街道を塞いでいた群れが、たった一日でほぼ壊滅したことを、クロウは特に問題だと思わなかった。
「狩場、枯れたな」
帰り道、クロウが残念そうに言った。
セリアは答えず、帳面へ記録を続けた。
街道の安全が戻った。南の集落へ荷が届く。商人が戻り、護衛の依頼が増える。魔物素材が大量に市場へ流れ、しばらくすれば価格も動く。
レオンにも、すでに相談が来ていた。
「南の集落から、しばらく周辺を見回ってほしいそうだ」
「ギルドに頼めばいいだろ」
「ギルドの人間も、誰に頼めばいいか分からないらしい」
「じゃあ、適当に強そうな奴を紹介してやればいい」
クロウはそう言って、次の狩場を地図で探した。
レオンとセリアは顔を見合わせた。
クロウは、二人の周囲に人が集まり始めていることを深く考えていない。自分たちは少し頼られているだけ。クロウにとっては、その程度の認識なのだろう。
セリアは街道の先を見た。
荷車が一台、また一台と進んでいく。
その道が、これから何を運び、どれほどの人を動かすことになるのか。今のクロウは知らない。
彼が知っているのは、あと少しでレベルが上がるということだけだった。
「次で、たぶん四十に届く」
「たぶん、なのですね」
「装備で確認する」
クロウは新しく得た装備を収納袋へしまった。
「あと一回、狩ればいい」
その一言を、セリアは帳面に記録した。
この男にとって、世界を変える戦いは、いつも「あと一回」の先にある。




