第18話 中盤装備なんだけど
森から戻った翌朝、クロウは宿の部屋で荷物を整理していた。
「装備を更新する」
突然の宣言に、レオンが振り返った。
「昨日、何か壊れたか?」
「壊れてはいない。けど、次の狩場へ行くなら替えた方がいい」
「今の剣で不足があるとは思えないが」
レオンの手元には、紅蓮王の剣がある。セレス周辺で見れば、十分すぎるほど強力な武器だ。魔力を帯びた刀身は傷一つなく、普通の鉄剣とは比べるまでもない。
クロウにとっては、序盤から中盤へ移る時期に使う武器だった。
「武器だけじゃない。防具もだ。セリアの杖も替える」
「私の杖も、まだ使えます」
「使えるかどうかじゃない。効率の問題」
クロウは収納袋から、古びた地図を取り出した。
「ここに隠しエリアがある。普通の道からは入れない」
「また隠しエリアですか」
「装備が置いてあるからな」
目的地はセレスの西にある廃礼拝堂だった。街道から外れた丘の上にあり、今では屋根の一部が崩れている。クロウは以前、ゲームの中で何度もそこへ通った。
入口から入るのではない。
礼拝堂の裏手にある倒木を三本、決められた順番で動かす。床下にある隠し階段を降り、途中の壁に描かれた紋章へ、魔力ではなく血を一滴だけ落とす。
現地の人間が見つけられないのも当然だった。
「ここが廃礼拝堂か」
丘へ着いたレオンが見上げた。
「礼拝堂というより、崩れた倉庫ですね」
「昔は礼拝堂だったらしい。ゲームでは隠しダンジョン扱いだ」
「あなたの中では、何でもゲームですね」
「実際、そういう場所だからな」
クロウは礼拝堂を回り、倒木へ手をかけた。一本目を右へ倒し、二本目を手前へ引く。三本目は動かさず、根元に落ちていた石を拾って横へ置いた。
地面が低く鳴った。
礼拝堂の床の一部が沈み、石造りの階段が現れる。
セリアは黙ってその様子を見ていた。
「これを、偶然発見したと説明するのは難しいですね」
「別に説明しなくていいだろ」
「誰かに見られた場合は?」
「先に取れば問題ない」
クロウは階段を下りた。
地下には、礼拝堂の規模からは考えられないほど広い空間が広がっていた。壁には青い鉱石が埋まり、薄暗い光を放っている。通路の奥から、石の擦れる音が聞こえた。
「敵がいる」
セリアが言った。
「三体。左右に一体ずつ、奥に大型が一体」
《戦場把握》を得てから、彼女の報告は迷いがなくなっていた。
「その通り。左右はレオンに任せる。奥のやつは俺が止める」
「大型を一人で?」
「短時間なら大丈夫だ」
石の鎧をまとった人形が、通路の奥から姿を現した。頭部に目はない。胸の中央に小さな赤い石が埋まっている。
クロウは足元の白線を見つけた。
「あいつは線の外へ出られない。レオン、左右を片づけたら赤い石を狙え」
人形が腕を振る。クロウはぎりぎりで避け、攻撃を石壁へ誘導した。大きな音とともに壁が砕ける。
「ずいぶん乱暴な攻略ですね」
「安全な位置に立っているだけだぞ」
レオンが左右の人形を倒した。紅蓮王の剣が赤い光を帯び、石の継ぎ目を正確に断ち切る。セリアは大型の人形が腕を上げるたび、攻撃範囲を伝えた。
「右腕、三歩下がってください! 次に左足が沈みます!」
レオンが従い、クロウが人形の背後へ回る。三人の動きに無駄がない。
最後にクロウが赤い石へ短剣を突き立てた。
人形が崩れ、地下空間に静けさが戻った。
「さて、宝箱だ」
クロウは奥の壁へ歩いた。そこには何もないように見えたが、右から二つ目の鉱石を押すと、壁が横へ開いた。
中には三つの箱があった。
クロウは一つ目を開け、青い外套を取り出した。二つ目からは、細身の杖。三つ目には、赤黒い金属で作られた腕当てが入っている。
「まあまあだな」
クロウは外套を広げた。
「繋ぎ装備としては使える」
レオンは腕当てを手に取った。軽い。表面に刻まれた魔法陣は、彼の力を受けてわずかに赤く光った。
「これが、繋ぎ?」
「三十台なら十分だ。四十を越えたら替える」
「これ以上に良い装備があるのか」
「いくらでもあるぞ」
セリアは杖を鑑定していた。魔力の伝導率、詠唱補助、精神疲労の軽減。どの項目を見ても、王都の一級魔術師が使う杖に匹敵する。
「クロウ」
「何だ?」
「これは、どこで売るつもりですか?」
「売らない。使う」
「全部ですか?」
「俺に合うのは外套だけだな。杖はセリア。腕当てはレオン」
クロウは残った箱から魔石を取り出し、腰袋へ入れた。
「余った装備は?」
「売ればいい」
セリアは返事をしなかった。
彼女の計算では、杖だけでも小さな商会を一年運営できるほどの価値がある。腕当てと外套を合わせれば、地方領主が保管していても不思議ではない。
それをクロウは、狩りの途中で拾った消耗品のように扱っていた。
「これは、他人に見せない方がいいと思います」
「どうして?」
「欲しがる人が出ます」
「そうか。じゃあ、普段はしまっておく」
クロウは素直に外套を収納した。
セリアは少し安心し、それから別の問題に気づいた。
「この場所も、知られない方がよいですね」
「宝箱はもう空だぞ」
「装備だけの問題ではありません。壁の鉱石です」
地下空間の壁には、青白い鉱石が大量に埋まっている。魔力を蓄える性質があり、魔道具や高級な術具の材料になる。採掘すれば、セレス周辺の相場を変えるほどの量だった。
クロウは壁を見て、少しだけ考えた。
「使わないなら、あとで掘ればいいんじゃないか」
「あとで、ですか?」
「今はレベル上げが先だからな」
その言葉に、セリアは小さくうなずいた。
クロウは本気で言っている。装備も鉱石も、彼にとっては次の狩場へ進むための手段にすぎない。
だからこそ、情報を管理する必要がある。
「ここは私が記録しておきます。場所は他人に伝えません」
「頼む」
クロウは新しい外套を身につけた。黒に近い青色の布が、肩から背中へ静かに落ちる。魔力を込めると周囲の光をわずかに吸い、姿が見えにくくなる効果まであった。
「似合っているな」
レオンが言った。
「そうか? 性能は悪くないけど、見た目は普通だろ」
セリアは外套の紋様を見て、答えを飲み込んだ。
普通の品ではない。普通どころか、王都の宝物庫にあってもおかしくない。
だが、クロウの言う「普通」は、彼が遊んでいたゲームの基準なのだ。
地下を出ると、丘の麓で旅の商人と出会った。商人は三人の装備を見て、特にレオンの腕当てへ視線を固定した。
「その品、どこで手に入れたんです?」
「拾った」
クロウが答える。
商人はそれ以上聞かなかった。聞けなかったのだろう。
クロウは気づかず、次の狩場を地図で確認していた。
「装備も揃った。これで、次の場所へ行ける」
「次は、どれほどの装備が必要なのですか?」
「今回より少し強いくらいだな」
レオンとセリアは、新しく手に入れた装備を見た。
少し強い。
その言葉がどの程度の差を意味するのか、二人にはもう分からなかった。
ただ一つ確かなのは、三人の旅が次の段階へ進んだことだ。




