第17話 誰も取っていないスキル
旧採掘場を出た翌日、クロウはセリアの戦い方を見て、ふと思い出した。
「セリアなら、あのスキルが取れるな」
「また突然ですね」
セリアは朝食の手を止めた。レオンも、肉を切るナイフを止める。
「どんなスキルだ?」
「補助と観察系。取得条件が面倒だから、ゲームでは取る人が少なかった」
「面倒というのは?」
「決められた順番で魔物を倒して、決められた場所で特定の行動をする」
クロウはパンをかじりながら説明した。
「それだけなら、別に面倒ではないのでは?」
「順番を間違えると最初からやり直し。途中で別の魔物を倒しても駄目。しかも必要なアイテムが一つ、普通に拾っていると捨てやすい」
セリアはすぐに帳面を開いた。
「必要なアイテムの名前は?」
「灰色の羽根。昨日の採掘場で拾った鉱石の欠片と交換できる」
「それを、なぜ昨日のうちに言わなかったのですか」
「思い出してなかったから」
セリアのペンが止まった。
「……あなたの記憶は、そういう仕組みになっているのですね」
「どういう意味だ?」
「重要な情報を、必要になるまで保存しておける仕組みです」
「普通に忘れてるだけだぞ」
セリアは何も言わず、帳面に書き足した。
目的地はセレス東方の森にある、古い巡礼路だった。ゲームでは低レベル帯の脇道にすぎない。だが、特定の条件を満たすと、森の奥にある小さな祭壇が反応する。
クロウが覚えている限り、取得できるスキルの名前は《戦場把握》。周囲の敵味方の位置、魔力の流れ、負傷の程度を感覚的に捉え、支援魔法の効率を高める。派手さはないが、パーティー全体の生存率を大きく上げるスキルだった。
セリアのためにあるようなスキルだ。
「まず、森の入口で角兎を三体」
クロウは歩きながら説明した。
「一体目はレオン。二体目は俺。三体目はセリアが倒す」
「私が?」
「弱いから大丈夫だ」
「安心していいのか、侮られているのか分かりません」
角兎は確かに弱かった。ただし、順番を間違えれば条件は失敗する。クロウは周囲の魔物を避け、必要な三体だけを誘い出した。
レオンが一体目の角を受け流し、首元へ剣を入れる。クロウが二体目を短剣で仕留め、最後の一体へセリアが向き合った。
角兎が跳ぶ。
セリアは杖を構えたが、すぐには魔法を放たなかった。昨日の戦いで見た動きを思い出しているのだろう。着地の瞬間に足が止まる。その一瞬を待ち、魔力の矢を放つ。
角兎が倒れた。
「順番は合っている」
「ずいぶん簡単に言いますね」
「次が面倒だからな」
森の奥では、三種類の魔物を指定された順番で倒した。毒を吐く蛙。音で位置を探る蝙蝠。そして、倒すと周囲へ光を散らす白い鹿。
クロウは魔物の攻撃を避けながら、セリアへ細かく指示を出した。
「蛙は倒した後、毒袋を壊すな。蝙蝠は魔法を使わず、レオンが仕留める。鹿は最後に、角へ触れてから倒す」
「指定が多すぎませんか」
「ゲームでは説明されないからな」
「それを、あなたはどうやって知ったのですか?」
「攻略サイトに書いてあった」
「そのサイトを書いた人は?」
「たぶん、失敗した人」
セリアは深い息を吐いた。
それでも、彼女の動きは明らかに良くなっていた。敵の間合いを読み、レオンの死角を補い、クロウが狙う場所へ魔力を集中させる。まだ強力な魔法は使えない。だが、戦場全体を見る目が育っていた。
最後の白鹿を倒すと、森の奥で鐘の音が鳴った。
「条件達成だ」
クロウは迷いなく、苔むした石碑へ近づいた。表面に刻まれた文字へ、灰色の羽根を押し当てる。石碑が淡く光り、奥の木々が左右へ割れた。
その先に、小さな祭壇が現れた。
祭壇には古い杖が置かれていた。柄には目のような紋章が刻まれている。
「触ればいいのですか?」
「その前に、三人で手を置く」
三人が祭壇へ手を重ねる。
光がセリアの腕を伝い、胸の奥へ流れ込んだ。
彼女は目を閉じた。
周囲の音が遠くなる。代わりに、森の中にいるものの位置が、輪郭として浮かび上がった。レオンの呼吸。クロウの魔力。木々の間を走る小動物。遠くでこちらをうかがう魔物。
敵味方の区別が、考えるより先に分かる。
セリアが目を開くと、視界の端に淡い文字が浮かんでいた。
《戦場把握》を取得しました。
「……これは」
「取れたか?」
「はい。周囲の位置が分かります。魔力の偏りも、少しだけ」
「やっぱり向いてたな」
クロウは満足そうにうなずいた。
セリアは、祭壇と自分の手を見比べた。自分の適性に合わせた道筋を、クロウは迷いなく示した。彼にとっては、効率のよい育成方法の一つなのだろう。
しかし彼女にとっては違う。
これまで数字と帳簿でしか把握できなかった状況が、直接感じ取れる。人や物の流れを読むように、戦場の流れまで読める。
「私にも、こういう力があるとは思いませんでした」
「使えるなら使えばいい。ゲームでも、支援役は便利だぞ」
「またゲームですか」
「大事なことだろ」
レオンが苦笑した。
「俺にも、同じような隠しスキルはあるのか?」
「あるけど、今は取らない方がいい」
「なぜだ」
「取得効率が悪いから」
レオンはしばらく黙った。
「俺は、効率で後回しにされたのか」
「そういうことだな」
「……納得しづらい」
セリアは思わず笑った。
帰り道、祭壇の近くに生えていた青白い草を見つけた。セリアが鑑定すると、治癒薬の材料として非常に価値があるものだと判明した。森の外ではほとんど採れず、薬師なら高値で買うだろう。
「これは、他人に場所を知られない方がいいですね」
セリアは草を見ながら言った。
「使わないなら売れば?」
「売るとしても、採取場所まで伝える必要はありません」
「そうか。任せる」
クロウは興味を失ったように、次の狩場の地図を広げた。
セリアは青白い草を布で包みながら、改めて理解した。
クロウは攻略のためなら、誰も知らない道を進み、誰も得られない力を手に入れる。その一方で、攻略に直接関係しない価値には驚くほど無頓着だ。
だからこそ、彼の隣には自分が必要なのだろう。
「次は、どこへ?」
「装備を更新してから、もう少し強い狩場へ行く」
クロウは即答した。
セリアは帳面を閉じ、レオンと並んで歩き出す。
新しいスキルの感覚は、まだ体になじんでいない。だが、三人の中で自分が担う役割は、もうはっきり見えていた。




