第15話 三人ならもっと速い
セレスに着いたその日の夜、クロウは宿の食堂で三人分の皿を並べていた。
焼いた肉。固いパン。豆と野菜を煮込んだスープ。旅人向けの宿としては、悪くない。少なくとも、野営で干し肉をかじるよりはずっとましだった。
「一か月の試用期間、という話でしたよね」
向かいの席で、セリアがスープを冷ましながら言った。
「そうだな」
「なのに、なぜ私の部屋まで取られているんですか」
「必要だろ。寝る場所」
「そういう意味ではありません」
セリアは小さくため息をついた。隣ではレオンが黙々と肉を切っている。こちらはもう、三人で動くことに何の疑問も持っていないらしい。
クロウとしても同じだった。
レオンは前衛。セリアは後衛寄り。自分は攻略担当。役割が揃っている。これで別行動をする方が、よほど不自然だ。
「明日から、少し本格的に狩る」
「少し、という言い方をする時は、だいたい少しではないな」
レオンが肉を飲み込んでから口を挟んだ。
「そうか?」
「最初に会った時もそうだった」
クロウは記憶をたどったが、反論できる材料が見つからなかった。
「とにかく、まずはレベルを上げる。目標は四十」
「四十……」
セリアが、その数字を舌の上で転がすように繰り返した。
「それは、どれくらい先の話ですか?」
「この辺なら、そう遠くない。順調なら数日」
二人の手が止まった。
クロウは首をかしげる。
「何だ?」
「数日で、ですか」
「ゲームなら普通だぞ。最初の四十までは成長が早いからな」
「ゲームなら、という言葉で片づけていい話には聞こえません」
セリアの目が細くなった。彼女はクロウの言葉を聞き流さず、頭の中で何かを整理している時に、こういう目をする。
だが、説明してもたぶん伝わらない。経験値がどうこう、リポップがどうこうと話したところで、現実の人間には実感しづらいだろう。
「まあ、やってみれば分かる」
クロウはそう言って、パンをスープに浸した。
翌朝、三人はセレスの北門を出た。
普通の冒険者なら、まずは門から近い草原で角兎や小型の牙狼を狩る。危険が少なく、依頼も多い。悪くない選択だ。悪くないが、効率が悪い。
「今日は草原じゃないのか?」
レオンが前を歩きながら尋ねた。
「あそこは新人が金を稼ぐ場所だ。経験値を稼ぐなら、その先の枯れ谷」
「枯れ谷は、昨日ギルドで危険区域に指定されていたはずですが」
「危険なのは、何も知らずに入る場合だ」
クロウは道を外れ、背の高い草をかき分けた。目印は、半分だけ地面から出た白い石。ゲームでは見落としやすい小さな目印だったが、現実になっても配置は変わっていなかった。
その先には、谷へ下りる細い道がある。
「敵は岩陰から出る。正面に立つと突進してくるが、左脚を狙えば動きが止まる」
説明している間に、灰色の獣が二体、岩の向こうから現れた。狼に似ているが、肩の高さは人の腰ほどもある。口元から黒い息を吐き、爪が石を削った。
「レオン、右を頼む。セリアは後ろから観察。危なくなったら声を出せ」
「了解した」
「私は何をすれば?」
「今は敵の動きを覚えてくれ。右前脚が上がったら攻撃が来る。首を低くしたら突進」
「覚えることが多いですね」
「最初だけだ」
クロウは短剣を抜いた。
先に動いたのは獣だった。巨体が沈み、地面を蹴る。だが、クロウにはその前動作が見えている。半歩だけ横へずれ、爪を避けた。すれ違いざま、前脚の付け根へ刃を滑らせる。
獣の体勢が崩れた。
「今だ、レオン!」
レオンの剣が、狙いすましたように同じ場所へ叩き込まれた。紅蓮王の剣が赤い光を引き、獣の毛皮を深く裂く。二撃目で、獣は地面に転がった。
もう一体がレオンへ向かう。
「足を止めるな。受けるな、誘導しろ!」
レオンは盾を構えかけ、すぐに下ろした。クロウに言われた通り、斜め後ろへ下がる。獣の突進がわずかにそれ、岩へ爪を突き立てた。
その隙を、セリアが見逃さなかった。
「左脚、今です!」
声に反応して、クロウが投げた短剣が脚の関節へ刺さる。レオンが踏み込み、剣を振り下ろした。
獣が消えた。
死体が残らない。代わりに、黒い毛皮と小さな魔石が地面へ落ちた。
「……今のが一体分か」
レオンは剣を下ろした。息は弾んでいるが、顔には手応えが浮かんでいた。
「そう。ここでは一体の経験値が、草原の魔物数体分ある」
「新人が来る場所ではない理由が分かりました」
セリアは落ちた魔石を拾い上げ、傷のない面を指でなぞった。
「ですが、あなたは最初からこの結果を知っていた」
「知っていたというか、攻略法を知っている」
「その違いが、私にはまだ分かりません」
クロウは少し考えた。
「敵の動きと弱点が分かる。だから倒しやすい。それだけだ」
セリアは納得していない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
そこからの狩りは早かった。
クロウが敵を誘い出し、レオンが正面を押さえる。セリアは少し離れた場所で周囲を見渡し、魔物の動きや数を伝える。最初は声が遅れ、足も止まっていたが、三体目を越えた頃には状況を言葉にするまでの時間が短くなっていた。
「右の岩陰に一体。まだこちらへ気づいていません」
「よし、レオンが回り込む。セリアは逃げ道を見てくれ」
「もう指示を出す前に動くのか」
「分かってきたからな」
レオンが笑った。
昼を過ぎた頃、セリアが突然、片手を額へ当てた。
「……何か、変です」
「気分が悪いのか?」
「いえ。見える範囲が、少し広がった気がします。それに、音が……以前より細かく聞こえる」
彼女は遠くの谷底へ目を向けた。
「あそこに、何かいます。こちらを見ている」
クロウが視線を向ける。岩陰に、赤い目が二つ見えた。
「レベルが上がったんだろ」
「これが?」
「最初はすぐ上がるから」
クロウは当然のように答えた。
だが、セリアは自分の手を見つめていた。力が増えたというだけではない。考えが速い。目に入るものが整理され、周囲の状況が以前より鮮明に頭へ入ってくる。
レオンも、先ほどから足運びが変わっていた。クロウの指示を待つのではなく、敵の動きを予測している。
「これが、四十まで続くのか?」
「だいたいは」
「……新人の訓練ではないな」
「そうか? 四十まではこんなもんだぞ」
レオンとセリアは顔を見合わせた。
クロウは気にせず、谷の奥を見た。今日の効率は悪くない。三人で組めば、単独の時よりも敵を早く処理できる。セリアが情報を集め、レオンが前を支え、自分が最適解を選ぶ。
三人なら、もっと速い。
「明日は、もう一段強い場所へ行く」
「明日もですか」
「レベル上げだからな」
セリアは深く息を吐いた。しかし、その口元にはわずかな笑みがあった。
クロウはそれを見て、ようやく彼女も攻略の面白さが分かってきたのだろうと思った。
実際には、セリアが見ていたのは別のものだった。
クロウの知識。レオンの成長。そして、自分の中で急速に組み上がっていく判断力。
この三人でなら、どこまで行けるのか。
その答えを確かめるために、彼女は翌日の予定を尋ねた。
クロウは地図を広げ、指で北東を示した。
「ここだ。時間を合わせる必要がある」
「また何か知っているのか」
「有名な狩場だぞ。湧き待ちがあるけど、経験値はかなりうまい」
セリアはその言葉を、帳面の端へ記した。
湧き待ち。
その意味を、彼女はまだ知らなかった。




