↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/54

第13話 頭のいい女

レオンが正式に旅へ加わってから、三日が経った。


俺たちは東へ向かっていた。


目的地は《セレス》という交易都市だ。


ゲームでは中盤に立ち寄ることになる大きな町で、周辺にはいくつかのダンジョンと鉱山、それから商業系のイベントが集中していた。


俺が行きたい理由は単純だ。


「装備を見たい」


「またか」


隣を歩くレオンが呆れた声を出す。


「青騎士の剣、手に入れたばかりだろう」


「武器じゃなくて防具と道具。そろそろ選択肢増えるから」


「今着ている革鎧も買ったばかりじゃないのか」


「ゲームだと序盤装備だぞ」


「その『げーむ』という言葉、最近隠す気がなくなってきていないか?」


「気のせい」


「そうか」


もう追及されなくなった。


便利だ。


レオンは一緒に行動するようになってから、細かいことを気にしなくなった。


いや、正確には気にしているが、俺が説明しないと判断すると諦めるようになった。


セレスまではもう半日ほど。


街道はアルネ周辺より広く、行き交う荷馬車も多い。


農民より商人が目立つ。


「人多いな」


「この地方では最大の交易都市だからな」


「ゲームでもそうだった」


「また言っているぞ」


「聞き流して」


しばらく進むと、前方で荷馬車が止まっていた。


三台。


道の中央を塞いでいる。


事故かと思ったが、近づくにつれて様子がおかしいことに気づいた。


荷物が地面へ降ろされている。


商人らしい男が怒鳴っている。


その向かいには兵士が数人。


「検査だな」


レオンが言った。


「何の?」


「関税か、禁制品の確認だろう」


「面倒そう」


「俺たちは荷馬車じゃない。冒険者証を見せれば通れる」


そのまま脇を通ろうとする。


そこで女の声が聞こえた。


「その計算では合いません」


足を止める。


特別大きな声ではない。


だが、よく通る声だった。


荷馬車の横に一人の女が立っている。


二十代前半くらい。


黒に近い濃紺の髪を肩の辺りで切り揃えている。


服装は旅商人というより書記か事務員に近い。


手には紙束と帳面。


「何が合わない」


兵士の一人が不機嫌そうに聞く。


「積荷は染料六箱、香辛料三箱、加工革四箱。規定税率なら銀貨二十八枚と銅貨四十枚です。ですが提示された額は銀貨四十一枚になっています」


「特別徴税だ」


「その規定は先月廃止されています」


「何?」


「二十七日前。領主府から通達が出ています」


女が紙を一枚抜く。


「ここに写しがあります」


兵士が受け取る。


顔が険しくなる。


「こんなもの、偽物かもしれん」


「では門衛本部へ照会してください」


「時間がかかる」


「構いません」


「こっちは構うんだ!」


商人らしい太った男が割り込んだ。


「日暮れまでに入らなければ荷の受け渡しに間に合わん!」


「だからといって余計な税を払う必要はありません」


「銀貨十枚程度だろう!」


「三台で銀貨三十枚以上です」


「それくらい――」


「一度払えば次も取られます」


女は淡々としている。


怒っている様子もない。


ただ、計算と規則を並べている。


「面白いな、あの人」


「関わる気か?」


「いや、見るだけ」


「お前がそう言うと信用できん」


失礼な。


俺は本当に見るだけのつもりだった。


兵士が苛立って女へ近づく。


「いい加減にしろ。払わないなら積荷を差し押さえる」


「法的根拠は?」


「俺たちが検査官だ」


「それは根拠ではありません」


「セリア!」


商人が悲鳴に近い声を上げた。


「もう払う! これ以上揉めるな!」


セリア。


俺はその名前に反応した。


「レオン」


「何だ」


「今、セリアって言ったよな」


「言ったな」


「姓聞こえた?」


「聞こえるわけがない」


まさか。


ゲームにいた。


セリア・ノルディス。


戦闘NPCではない。


中盤以降、情報収集や交易、都市イベントで何度も登場する女性。


プレイヤーからは《帳簿姫》などと呼ばれていた。


数字に強い。


情報整理が得意。


そしてゲーム後半では、複数都市をまたぐ巨大商会の運営に関わっていたはずだ。


「……若いな」


「知り合いか?」


「たぶん」


「たぶん?」


俺の知っているセリアは、もう少し年上だった。


落ち着いた印象は同じだが、今ほど貧相な服装ではない。


もしかすると、またゲーム開始以前の時代なのかもしれない。


レオンと同じだ。


その間にも話は悪化していた。


兵士の一人がセリアの手から帳面を奪った。


「返してください」


「偽物の書類か確認する」


「それは商会の帳簿です。あなたに閲覧権限はありません」


「うるさい」


帳面が地面へ投げられる。


紙が散った。


セリアの表情が、初めて変わった。


怒り。


ただし声は荒げない。


「……それは、三か月分の取引記録です」


「だから何だ」


「整理し直すのに何日かかると思っているんですか」


「知るか」


あ。


これは俺でも嫌だ。


仕事で作ったデータを、権限もない奴に適当に壊されたようなものだ。


「レオン」


「分かった。行くんだろう」


「話早いね」


「三日も一緒にいれば分かる」


俺たちは荷馬車の方へ向かった。


「何だ、お前ら」


兵士がこちらを見る。


「冒険者」


「見れば分かる。検査中だ。離れろ」


「その帳面、返した方がいいんじゃない?」


「関係ない」


「そうなんだけどさ」


俺は地面に落ちた紙を拾った。


数字が並んでいる。


仕入れ。


販売。


運送料。


関税。


かなり細かい。


「これ全部一人でまとめたの?」


セリアへ聞く。


「……はい」


「すごいな」


「今はそれどころではありません」


「そうだな」


紙を返す。


兵士が苛立つ。


「聞こえなかったのか。離れろ」


「でも税額間違ってるんだろ?」


「お前に何が分かる」


「俺には分からない」


「なら黙っていろ」


「でも、この人は分かってる」


兵士が俺を睨む。


「だから確認すればいいじゃん。門衛本部に」


「貴様――」


腕を掴まれそうになる。


避ける。


兵士の手が空を切った。


「触らないで」


「何だと?」


「別に喧嘩したいわけじゃない。確認すれば終わる話だろ」


レオンが横から一歩出る。


「俺もそう思う」


彼の腰には紅蓮王の剣。


装備も以前とは違う。


兵士たちの顔色が変わった。


レオンは騎士としての立ち方を知っている。


俺よりよほど威圧感がある。


「所属は?」


兵士が聞く。


「今は冒険者だ」


「等級は」


「それを答える義務があるのか?」


「……いや」


空気が変わった。


結局、一人の兵士が照会へ走った。


二十分ほど待つ。


戻ってきた兵士は気まずそうだった。


「……特別徴税は廃止されていた」


セリアが小さく息を吐く。


「では規定額を支払います」


「分かった」


余計に取ろうとした理由までは追及しなかった。


俺も興味はない。


商人が税を払い、荷馬車が動き始める。


セリアは散らばった紙を拾っていた。


「手伝うよ」


「結構です」


「怒ってる?」


「あなたにではありません」


俺も拾う。


レオンも黙って手伝った。


三人で紙を集める。


途中、一枚を見る。


「これ、数字違わない?」


セリアの手が止まる。


「どこです?」


「ここ。荷馬車二号の運送費。上の合計に入ってない」


セリアが紙を見る。


数秒。


「……本当ですね」


「珍しいな」


「何がです?」


「いや、間違えなさそうだから」


「人間ですから間違えます」


淡々と言う。


だが少し悔しそうだ。


「クロウ」


レオンが呼ぶ。


「何?」


「お前、こういう計算もできたのか」


「できないよ。そこだけ見えただけ」


「そうか」


レオンは妙に納得した。


セリアがこちらを見る。


「クロウ?」


やはり、一瞬だけ反応した。


「はい。変な名前でしょ」


「……いえ」


その反応も、もう慣れた。


「私はセリア・ノルディスです。先ほどは助かりました」


当たり。


やっぱりゲームのセリアだ。


「知ってる」


「……はい?」


「あ」


またやった。


「いや、今聞いたから」


「今、姓まで言う前に反応しましたよね」


「気のせい」


「そうですか」


全然信じていない顔だった。


レオンが横でため息をつく。


「諦めた方がいい。こいつはそういう奴だ」


「あなたは?」


「レオン・アルディス」


セリアの目が少し細くなる。


「アルディス……元王国騎士家の?」


「知っているのか」


「商売をしていれば、貴族家の名前くらいは覚えます」


「そうか」


情報に強い。


やはり、俺の知っているセリアらしい。


「ところで」


俺は聞いた。


「何であの商人と一緒にいるの?」


セリアは少し間を置いた。


「雇われています」


「商会の人?」


「正確には臨時の帳簿係です」


「臨時?」


「ええ」


セリアは荷馬車を見る。


「この仕事が終われば、それまでです」


何となく引っかかった。


ゲームでは大商会を動かしていた女だ。


今は臨時の帳簿係。


レオンと同じ。


本来の能力を発揮できていない時期なのかもしれない。


「もったいないな」


「何がです?」


「頭いいのに」


「……初対面の相手に言われることではありませんね」


「褒めてるよ」


「そうですか」


やっぱり少し変わった女だ。


でも面白い。


俺たちはそのままセレスへ入った。


この時点では、セリアと一緒に旅をすることになるとは思っていなかった。


ただ一つだけ、ゲーム時代と同じ印象を持った。


この女は、たぶんかなり頭がいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。