第13話 頭のいい女
レオンが正式に旅へ加わってから、三日が経った。
俺たちは東へ向かっていた。
目的地は《セレス》という交易都市だ。
ゲームでは中盤に立ち寄ることになる大きな町で、周辺にはいくつかのダンジョンと鉱山、それから商業系のイベントが集中していた。
俺が行きたい理由は単純だ。
「装備を見たい」
「またか」
隣を歩くレオンが呆れた声を出す。
「青騎士の剣、手に入れたばかりだろう」
「武器じゃなくて防具と道具。そろそろ選択肢増えるから」
「今着ている革鎧も買ったばかりじゃないのか」
「ゲームだと序盤装備だぞ」
「その『げーむ』という言葉、最近隠す気がなくなってきていないか?」
「気のせい」
「そうか」
もう追及されなくなった。
便利だ。
レオンは一緒に行動するようになってから、細かいことを気にしなくなった。
いや、正確には気にしているが、俺が説明しないと判断すると諦めるようになった。
セレスまではもう半日ほど。
街道はアルネ周辺より広く、行き交う荷馬車も多い。
農民より商人が目立つ。
「人多いな」
「この地方では最大の交易都市だからな」
「ゲームでもそうだった」
「また言っているぞ」
「聞き流して」
しばらく進むと、前方で荷馬車が止まっていた。
三台。
道の中央を塞いでいる。
事故かと思ったが、近づくにつれて様子がおかしいことに気づいた。
荷物が地面へ降ろされている。
商人らしい男が怒鳴っている。
その向かいには兵士が数人。
「検査だな」
レオンが言った。
「何の?」
「関税か、禁制品の確認だろう」
「面倒そう」
「俺たちは荷馬車じゃない。冒険者証を見せれば通れる」
そのまま脇を通ろうとする。
そこで女の声が聞こえた。
「その計算では合いません」
足を止める。
特別大きな声ではない。
だが、よく通る声だった。
荷馬車の横に一人の女が立っている。
二十代前半くらい。
黒に近い濃紺の髪を肩の辺りで切り揃えている。
服装は旅商人というより書記か事務員に近い。
手には紙束と帳面。
「何が合わない」
兵士の一人が不機嫌そうに聞く。
「積荷は染料六箱、香辛料三箱、加工革四箱。規定税率なら銀貨二十八枚と銅貨四十枚です。ですが提示された額は銀貨四十一枚になっています」
「特別徴税だ」
「その規定は先月廃止されています」
「何?」
「二十七日前。領主府から通達が出ています」
女が紙を一枚抜く。
「ここに写しがあります」
兵士が受け取る。
顔が険しくなる。
「こんなもの、偽物かもしれん」
「では門衛本部へ照会してください」
「時間がかかる」
「構いません」
「こっちは構うんだ!」
商人らしい太った男が割り込んだ。
「日暮れまでに入らなければ荷の受け渡しに間に合わん!」
「だからといって余計な税を払う必要はありません」
「銀貨十枚程度だろう!」
「三台で銀貨三十枚以上です」
「それくらい――」
「一度払えば次も取られます」
女は淡々としている。
怒っている様子もない。
ただ、計算と規則を並べている。
「面白いな、あの人」
「関わる気か?」
「いや、見るだけ」
「お前がそう言うと信用できん」
失礼な。
俺は本当に見るだけのつもりだった。
兵士が苛立って女へ近づく。
「いい加減にしろ。払わないなら積荷を差し押さえる」
「法的根拠は?」
「俺たちが検査官だ」
「それは根拠ではありません」
「セリア!」
商人が悲鳴に近い声を上げた。
「もう払う! これ以上揉めるな!」
セリア。
俺はその名前に反応した。
「レオン」
「何だ」
「今、セリアって言ったよな」
「言ったな」
「姓聞こえた?」
「聞こえるわけがない」
まさか。
ゲームにいた。
セリア・ノルディス。
戦闘NPCではない。
中盤以降、情報収集や交易、都市イベントで何度も登場する女性。
プレイヤーからは《帳簿姫》などと呼ばれていた。
数字に強い。
情報整理が得意。
そしてゲーム後半では、複数都市をまたぐ巨大商会の運営に関わっていたはずだ。
「……若いな」
「知り合いか?」
「たぶん」
「たぶん?」
俺の知っているセリアは、もう少し年上だった。
落ち着いた印象は同じだが、今ほど貧相な服装ではない。
もしかすると、またゲーム開始以前の時代なのかもしれない。
レオンと同じだ。
その間にも話は悪化していた。
兵士の一人がセリアの手から帳面を奪った。
「返してください」
「偽物の書類か確認する」
「それは商会の帳簿です。あなたに閲覧権限はありません」
「うるさい」
帳面が地面へ投げられる。
紙が散った。
セリアの表情が、初めて変わった。
怒り。
ただし声は荒げない。
「……それは、三か月分の取引記録です」
「だから何だ」
「整理し直すのに何日かかると思っているんですか」
「知るか」
あ。
これは俺でも嫌だ。
仕事で作ったデータを、権限もない奴に適当に壊されたようなものだ。
「レオン」
「分かった。行くんだろう」
「話早いね」
「三日も一緒にいれば分かる」
俺たちは荷馬車の方へ向かった。
「何だ、お前ら」
兵士がこちらを見る。
「冒険者」
「見れば分かる。検査中だ。離れろ」
「その帳面、返した方がいいんじゃない?」
「関係ない」
「そうなんだけどさ」
俺は地面に落ちた紙を拾った。
数字が並んでいる。
仕入れ。
販売。
運送料。
関税。
かなり細かい。
「これ全部一人でまとめたの?」
セリアへ聞く。
「……はい」
「すごいな」
「今はそれどころではありません」
「そうだな」
紙を返す。
兵士が苛立つ。
「聞こえなかったのか。離れろ」
「でも税額間違ってるんだろ?」
「お前に何が分かる」
「俺には分からない」
「なら黙っていろ」
「でも、この人は分かってる」
兵士が俺を睨む。
「だから確認すればいいじゃん。門衛本部に」
「貴様――」
腕を掴まれそうになる。
避ける。
兵士の手が空を切った。
「触らないで」
「何だと?」
「別に喧嘩したいわけじゃない。確認すれば終わる話だろ」
レオンが横から一歩出る。
「俺もそう思う」
彼の腰には紅蓮王の剣。
装備も以前とは違う。
兵士たちの顔色が変わった。
レオンは騎士としての立ち方を知っている。
俺よりよほど威圧感がある。
「所属は?」
兵士が聞く。
「今は冒険者だ」
「等級は」
「それを答える義務があるのか?」
「……いや」
空気が変わった。
結局、一人の兵士が照会へ走った。
二十分ほど待つ。
戻ってきた兵士は気まずそうだった。
「……特別徴税は廃止されていた」
セリアが小さく息を吐く。
「では規定額を支払います」
「分かった」
余計に取ろうとした理由までは追及しなかった。
俺も興味はない。
商人が税を払い、荷馬車が動き始める。
セリアは散らばった紙を拾っていた。
「手伝うよ」
「結構です」
「怒ってる?」
「あなたにではありません」
俺も拾う。
レオンも黙って手伝った。
三人で紙を集める。
途中、一枚を見る。
「これ、数字違わない?」
セリアの手が止まる。
「どこです?」
「ここ。荷馬車二号の運送費。上の合計に入ってない」
セリアが紙を見る。
数秒。
「……本当ですね」
「珍しいな」
「何がです?」
「いや、間違えなさそうだから」
「人間ですから間違えます」
淡々と言う。
だが少し悔しそうだ。
「クロウ」
レオンが呼ぶ。
「何?」
「お前、こういう計算もできたのか」
「できないよ。そこだけ見えただけ」
「そうか」
レオンは妙に納得した。
セリアがこちらを見る。
「クロウ?」
やはり、一瞬だけ反応した。
「はい。変な名前でしょ」
「……いえ」
その反応も、もう慣れた。
「私はセリア・ノルディスです。先ほどは助かりました」
当たり。
やっぱりゲームのセリアだ。
「知ってる」
「……はい?」
「あ」
またやった。
「いや、今聞いたから」
「今、姓まで言う前に反応しましたよね」
「気のせい」
「そうですか」
全然信じていない顔だった。
レオンが横でため息をつく。
「諦めた方がいい。こいつはそういう奴だ」
「あなたは?」
「レオン・アルディス」
セリアの目が少し細くなる。
「アルディス……元王国騎士家の?」
「知っているのか」
「商売をしていれば、貴族家の名前くらいは覚えます」
「そうか」
情報に強い。
やはり、俺の知っているセリアらしい。
「ところで」
俺は聞いた。
「何であの商人と一緒にいるの?」
セリアは少し間を置いた。
「雇われています」
「商会の人?」
「正確には臨時の帳簿係です」
「臨時?」
「ええ」
セリアは荷馬車を見る。
「この仕事が終われば、それまでです」
何となく引っかかった。
ゲームでは大商会を動かしていた女だ。
今は臨時の帳簿係。
レオンと同じ。
本来の能力を発揮できていない時期なのかもしれない。
「もったいないな」
「何がです?」
「頭いいのに」
「……初対面の相手に言われることではありませんね」
「褒めてるよ」
「そうですか」
やっぱり少し変わった女だ。
でも面白い。
俺たちはそのままセレスへ入った。
この時点では、セリアと一緒に旅をすることになるとは思っていなかった。
ただ一つだけ、ゲーム時代と同じ印象を持った。
この女は、たぶんかなり頭がいい。




