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第12話 見えているものが違う

翌朝から、レオンの育成を本格的に始めた。


といっても、俺にとっては特別なことではない。


ゲームで何度も使った育成ルートを、そのまま辿るだけだ。


「今日はどこへ行く」


「ちょっと北」


「ちょっと、という距離を信用しないことにした」


「二時間くらい」


「普通の人間なら?」


「半日?」


「やはりな」


レオンはもう驚かなかった。


山道を抜ける。


途中でレオンの動きを見る。


昨日より明らかにいい。


歩く速度も速い。


足場の悪い場所でも体勢が崩れない。


レベルが上がった影響だ。


「身体軽くない?」


「軽い。昨日までとは違う」


「なら予定通りいけるな」


「何を倒す気だ」


「ロックリザード」


レオンの足が止まる。


「待て」


「何?」


「ロックリザードは上級冒険者が複数で狩る魔物だ」


「でも弱点あるよ」


「その台詞は聞き飽きた」


「じゃあ問題ないな」


「問題しかない!」


文句は言うが帰ろうとはしない。


信頼されているのか、諦められているのか分からない。


目的の岩山へ着く。


気配感知。


一体いる。


「先に説明する」


「頼む。昨日のように戦いながら説明するのはやめろ」


「分かった」


ロックリザード。


全長四メートルほどの大型トカゲ。


名前通り、全身が岩のような鱗に覆われている。


普通の武器では刃が通りにくい。


「正面から斬らない」


「それは知っている」


「後ろ脚の内側だけ柔らかい」


「……聞いたことがない」


「そこ斬ると転ぶ」


「それも?」


「うん。転んだら顎の下」


「そこも柔らかい?」


「そう」


レオンが長く息を吐く。


「なぜ、そんなことまで知っている」


「昔調べた」


「便利な言葉だな」


「だろ」


「褒めていない」


ロックリザードへ近づく。


向こうもこちらに気づいた。


巨体が動く。


速くはない。


「まず俺がやる」


青騎士の剣を抜く。


噛みつき。


横へ避ける。


尾が来る。


跳ぶ。


後ろ脚の内側。


一閃。


巨体が崩れた。


「今、ここ」


顎の下へ剣を突き刺す。


ロックリザードが数度痙攣し、動かなくなる。


「こんな感じ」


レオンが無言で死体を見る。


「簡単だろ?」


「お前がやると何でも簡単に見える」


「次やってみる?」


「……やる」


二体目を探す。


レオンが前へ出る。


最初の噛みつきを避ける。


尾。


少し遅れた。


「下がれ!」


俺が声をかける。


レオンが身を引く。


尾が胸元をかすめた。


「危なかった」


「今のは俺が悪い」


「最初から完璧にできるわけないだろ」


もう一度。


噛みつき。


避ける。


尾。


今度は先に動く。


後ろ脚。


斬る。


転倒。


顎下。


レオンの剣が深く入った。


倒れる。


「できた」


レオンは剣を抜きながら、信じられないものを見るように魔物を見た。


「これが……上級冒険者が複数で狩る魔物だぞ」


「弱点知らなきゃな」


「知っているだけで、ここまで変わるのか」


「ゲームは知識ゲーだから」


「げーむ?」


「あ」


また口が滑った。


「何だ、それは」


「気にするな」


「お前はそればかりだな」


「秘密の多い男ってことで」


「自分で言うな」


その後、ロックリザードを三体倒した。


三体目からは俺の指示もほとんど要らなかった。


レオンは本当に飲み込みが早い。


おそらく、もともとの戦闘経験があるからだ。


俺の説明を、自分の剣術へすぐ組み込んでいる。


ゲームで強いNPCだったのも納得できる。


「次は装備だな」


「まだあるのか」


「炎狼の核、使うだろ」


火精石。


赤竜草。


炎狼の核。


三つとも揃った。


ゲームなら、ここで紅蓮王の剣の封印解除イベントが起きる。


問題は、この世界で誰に頼むかだった。


「この近くに鍛冶師がいる」


「町か?」


「町じゃない。山に住んでる」


「また隠された場所か」


「そう」


「もう聞かない」


一時間ほど移動する。


山腹に小さな家がある。


煙突から煙。


裏には鍛冶場。


老人が一人、鉄を打っていた。


「誰だ」


「剣を見てほしい」


レオンが前へ出る。


老人は剣を受け取った。


最初は面倒そうだった顔が、鍔の紋章を見た瞬間に変わる。


「……アルディス?」


レオンが息を呑む。


「知っているのか」


「昔、一度だけ見た。まだ生きていたか、この剣」


当たり。


ゲームでは、この老人が封印解除を行うNPCだった。


「材料はある」


俺が三つを出す。


老人が今度は俺を見る。


「お前、どこでこれを」


「拾った」


「三つとも?」


「はい」


「……まあいい」


諦めるのが早い。


老人は剣と材料を受け取り、作業を始めた。


火精石を砕く。


赤竜草を炉へ入れる。


炎狼の核を特殊な器具で削る。


ゲームなら数秒の演出だった。


現実では数時間かかった。


俺とレオンは家の外で待った。


「クロウ」


「何?」


「お前は、これを全部知っていたんだな」


「うん」


「俺と会う前から?」


「剣のことは知ってた」


「アルディス家のことも?」


「少しだけ」


レオンは黙る。


「気持ち悪い?」


「正直に言えば、最初はそうだった」


「ひどいな」


「銀貨五枚を突然払い、家宝の秘密を知り、誰も知らない素材の場所まで知っている男だぞ。警戒しない方がおかしい」


「それもそうか」


「だが」


レオンが俺を見る。


「今は少し違う」


「何が?」


「お前には、俺たちと違うものが見えている」


「気配感知?」


「そういう意味ではない」


違うのか。


「俺は今まで、強くなるには長い時間が必要だと思っていた。良い家に生まれ、良い師につき、金をかけて装備を揃える。俺は家を失ったから、それも失ったと思っていた」


「うん」


「だが、お前は違う」


レオンはロックリザードの方角を見る。


「俺が何年もかけて積み上げると思っていたものを、数日でひっくり返した」


「育成ルート変えただけだぞ」


「それを知っていることがおかしいんだ」


「そう?」


「そうだ」


即答された。


「お前にとっては当然でも、俺には当然ではない」


少し考える。


確かに、この世界には攻略サイトがない。


何万、何十万というプレイヤーが何年も検証して集めた知識もない。


俺が持っているのは、その蓄積だ。


自分で発見したわけではない。


だから俺にとっては常識に近い。


「まあ、俺がすごいわけじゃないけどな」


「それを決めるのはお前ではない」


「何だそれ」


「俺から見れば十分おかしい」


「褒められてる気がしない」


「褒めている」


レオンが少し笑った。


夕方。


老人が家から出てくる。


「できたぞ」


剣を持っている。


昨日までとは違う。


黒かった鞘から抜かれた刃は、赤みを帯びている。


刀身の中央に、細い炎のような紋様。


レオンが受け取る。


その瞬間。


剣から赤い光が広がった。


「っ!」


レオンの周囲に熱気が走る。


だが服も髪も燃えない。


炎だけが刀身を包む。


《紅蓮王の剣》。


本来の姿。


「おお、ちゃんと出た」


俺は感心する。


ゲームで何度も見た装備だが、実物は格好いい。


一方、レオンは何も言わなかった。


剣を見ている。


長い間。


「レオン?」


「父が」


小さく言った。


「これを取り戻すことができれば、まだアルディス家は終わっていないと言っていた」


「そっか」


「父は場所を探し続けた。祖父もだ。誰もできなかった」


「……うん」


「それをお前は」


レオンがこちらを見る。


「数日でやった」


「場所知ってたからな」


「だから、それがおかしいと言っている」


また言われた。


「クロウ」


「何?」


レオンが剣を鞘へ納める。


「俺は、お前についていく」


「炎狼終わったけど?」


「そういう意味ではない」


「じゃあ何」


「お前は旅を続けるんだろう」


「そのつもり」


「なら俺も行く」


少し驚いた。


「家の名誉は?」


「取り戻したい。だが、今すぐ王都へ戻っても何もできない」


「剣あるじゃん」


「剣一本で政争に勝てると思うか?」


「無理そう」


「だろう」


レオンは続ける。


「今の俺には力が足りない。知識も、人脈も、何もない」


「俺、人脈ないぞ」


「知っている」


「知識はあるけど」


「それも知っている」


「好き勝手に寄り道するぞ」


「知っている」


「目的地急に変えるぞ」


「それも知っている」


「じゃあいいか」


俺は手を出した。


「よろしく、レオン」


レオンがその手を見る。


少しだけ笑う。


「ああ。よろしく頼む、クロウ」


握る。


これで正式に仲間が一人できた。


俺にとっては、それだけだった。


一人旅も好きだ。


だが、気の合う相手と旅をするのも悪くない。


レオンならゲームの知識を説明しても、それなりについてこられる。


戦闘の素質もある。


何より一緒にいて面倒ではない。


十分だった。


一方、レオンにとっては、この数日で人生の前提そのものが変わっていた。


家を失い、地位を失い、自分の将来まで失ったと思っていた。


努力しても、何年かけても、届かないものがあると思っていた。


その目の前でクロウは、誰も知らない道を歩き、誰も知らない弱点を教え、誰も見つけられなかった素材を拾い、何代も復活できなかった家宝を取り戻した。


そしてそのすべてを、まるで大したことではないように扱っている。


レオンはまだ、クロウが何者なのか分からない。


ただ一つだけ確信し始めていた。


この男には、自分とは違うものが見えている。


なら、その先を見てみたい。


翌朝。


俺たちは二人で山を下りた。


「次、どこ行く?」


「決めてない」


「お前らしいな」


「東に面白いダンジョンあるぞ」


「面白い、という理由で決めるのか」


「駄目?」


「いや」


レオンが笑う。


「もう好きにしろ」


「最初からそのつもり」


こうして、クロウとレオンの旅が始まった。


そして二人が次に向かう土地で、もう一人の仲間と出会うことになる。


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