第11話 そんな育て方してたら弱いままだぞ
炎狼の生息地へ向かう旅は、思っていたより快適だった。
レオンは無駄に喋らない。
かといって、黙り込んで空気を重くするわけでもない。
俺が寄り道すると最初こそ理由を聞いてきたが、二日目には諦めたらしい。
「クロウ、今度は何だ」
「ちょっと待って。あそこにある」
「何が」
「薬草」
「またか」
街道を外れ、崖際に生えていた青白い草を摘む。
ゲームでは状態異常耐性薬の素材になる《月白草》。中盤以降なら珍しくもないが、この辺りではあまり採れない。
「それも高いのか?」
「たぶん」
「たぶんで道を外れるのか」
「使うかもしれないし」
「お前の鞄は何でも入るからいいな」
「欲しい?」
「簡単に手に入るものなら」
「簡単だぞ」
レオンがこちらを見る。
「お前にとって簡単、という意味ではないだろうな」
「……慣れてきたな」
「数日一緒にいれば嫌でも分かる」
そう言いながらも、レオンは以前ほど険しい顔をしなくなっていた。
初めて会ったときは、俺が何か言うたびに警戒していた。
今はせいぜい呆れる程度だ。
「ところで」
「何だ」
「お前、普段どうやって強くなってた?」
前を歩いていたレオンが振り返った。
「急に何の話だ」
「気になっただけ」
「普通だ。訓練して、依頼を受けて、魔物を倒す」
「どんな魔物?」
「今ならオークかグレイウルフ。数が多いと危険だから、一体ずつだ」
「それで?」
「何がだ」
「一日何体くらい倒す?」
「依頼にもよるが、五体も倒せば十分だろう」
俺は足を止めた。
「少なっ」
「何が少ない!」
「いや、それじゃ上がらないだろ」
「毎日命をかけて戦っているんだぞ。五体でも多い」
「でもオークだろ?」
「オークを何だと思っている」
「序盤の敵」
「またそれか……」
レオンが額を押さえる。
どうも、この世界の人間は弱い敵を安全に倒すことを重視しているらしい。
それ自体は分かる。
死んだら終わりだから当然だ。
ただ、安全性を重視するあまり、効率が悪すぎる。
「もっと強い敵を、弱点使って倒した方が早いぞ」
「それを普通は危険と言う」
「でも弱点知ってたら危なくないだろ」
「お前はそう言ってフォレストオーガを寝かせて殺したんだろう」
「知ってるの?」
「アルネで聞いた」
「広まってるなあ」
「一人で五体倒した新人の話が広まらない方がおかしい」
そういうものか。
「まあいいや。炎狼取ったあと、少し試そう」
「何をだ」
「レオンの育成」
「育成?」
「そのやり方してたら弱いままだぞ」
レオンの足が止まった。
「……俺が弱いと?」
声が低い。
まずかったか。
騎士だった男に面と向かって弱いと言うのは失礼だったかもしれない。
「今の話な。素質はあると思う」
「なぜ分かる」
「動き見てれば」
これは本当だった。
洞窟で一緒に戦ったときから感じていた。
レオンは弱くない。
むしろかなり上手い。
剣筋は安定しているし、判断も早い。
俺が先に倒してしまうせいで目立たなかっただけで、戦闘中の立ち位置も悪くなかった。
そして何より。
ゲームのレオン・アルディスは強かった。
なら、今のレオンにも同じだけの素質があるはずだ。
「ただ、育て方が悪い」
「育て方……」
「弱い敵ばっかりちょっとずつ倒してる。装備も合ってない」
レオンが腰の剣を見る。
封印された紅蓮王の剣。
今はまだ、ただの古い剣だ。
「それは分かっている」
「剣だけじゃない。戦い方」
「俺の剣術に問題があるのか」
「剣術は知らない。でも、受ける癖あるだろ」
「……何?」
「相手の攻撃。剣で受けてから返すこと多い」
「騎士なら普通だ」
「避けた方がよくない?」
「防御を捨てろと?」
「違う。食らわなきゃ防御いらないだろ」
レオンが黙る。
「相手の動き見れば、どこに攻撃来るか分かる。避けて、その間に斬る。受けるより速い」
「簡単に言うな」
「簡単だぞ」
「お前にはな!」
怒られた。
だが、ここは譲れない。
ゲームでも序盤は防御重視の戦い方が多かった。
盾役が攻撃を受け、後衛が攻撃する。
それが普通だった。
しかしプレイヤーの研究が進むにつれ、戦い方は変わった。
敵の予備動作を覚え、攻撃を避ける。
防御に割いていた能力を攻撃へ回す。
倒すまでの時間を短くする。
結果として、受ける回数そのものが減る。
「騙されたと思ってやってみればいい」
「死んだらどうする」
「俺がいるから大丈夫」
言ってから気づいた。
かなり偉そうだ。
だがレオンは怒らなかった。
少しだけ目を細めた。
「……簡単に言うな、本当に」
「嫌ならやめればいい」
「いや」
レオンは前を向く。
「やる」
「そう?」
「お前の言うことは滅茶苦茶だが、今のところ間違ってはいない」
「褒められてる?」
「半分だけな」
その日の午後、目的の地域へ入った。
山肌が赤黒い。
ところどころ地面から湯気が上がっている。
炎狼――《フレイムウルフ》の生息地だ。
「ここから気をつけろ」
レオンが剣へ手をかける。
「炎狼は群れで動く。三体以上なら一度退いた方がいい」
「五体いる」
「何?」
気配感知。
前方に五つ。
「左の岩の向こう」
「……お前、本当に便利だな」
「行こう」
「待て。五体だぞ」
「ちょうどいい」
「何がだ」
「練習」
レオンが嫌そうな顔をした。
岩陰から覗く。
赤い毛の狼が五体。
口元からわずかに火が漏れている。
ゲームなら炎属性の中級モンスター。
レオンの今の実力なら、一体ずつなら十分戦える。
「まず俺が二体引く」
「残り三体を俺が?」
「違う。一体だけ残す」
小石を拾う。
一番端にいる炎狼へ投げる。
当たる。
こちらへ向く。
もう一つ、別方向へ石を投げる。
音へ反応して二体が移動する。
「今」
俺が二体の前へ出る。
三体がこちらに反応した。
「クロウ!」
「一体そっち行く!」
「説明が雑すぎる!」
俺へ二体。
レオンへ一体。
残り二体はまだ離れている。
自分の相手は簡単だ。
青騎士の剣を抜く。
一体目の飛びかかりを避け、首を斬る。
二体目は倒さず、距離を取る。
レオンを見る。
炎狼が低く構える。
「右に来る!」
「分かっている!」
飛びかかる。
レオンは剣を構えた。
受ける。
その直前。
「避けろ!」
レオンが歯を食いしばり、横へ飛ぶ。
炎狼の牙が空を切る。
「今!」
レオンが斬る。
深い。
炎狼が振り返る。
「次、炎!」
口が開く。
火を吐く直前、首を少し右へひねる。
予備動作。
「左!」
レオンが避ける。
炎が横を通る。
踏み込む。
二撃目。
炎狼が倒れた。
レオンが息を吐く。
「……本当に、ほとんど攻撃を受けないのか」
「だから言っただろ」
「分かっていても身体が受けようとする」
「慣れだな」
俺の相手を倒す。
残り二体も一体ずつ引く。
二体目。
三体目。
レオンは戦うたびに動きを変えた。
最初はぎこちなかった。
だが三体目では、俺が指示する前に炎を避けた。
「飲み込み早いな」
「同じ魔物だからな」
「それでいいんだよ。敵ごとに動き決まってるから」
「全部覚えるつもりか?」
「俺はだいたい覚えてる」
「……そうだったな」
五体目。
今度は俺は手を出さなかった。
レオン一人。
炎狼が飛びかかる。
避ける。
斬る。
炎。
避ける。
二撃。
三撃。
倒れた。
レオンがしばらく死体を見ていた。
「どう?」
「今までの戦い方は何だったんだ」
「安全重視?」
「攻撃を受けて安全も何もないだろう」
「自分で言ってるじゃん」
レオンが睨む。
「腹が立つな、お前」
「褒め言葉として受け取っとく」
炎狼の核を取り出す。
これで紅蓮王の剣に必要な素材が揃った。
だがレオンは核よりも、自分の剣を見ていた。
「クロウ」
「何?」
「もう少し、教えてくれ」
「戦い方?」
「ああ」
「いいよ」
「……簡単に言うな」
「減るものじゃないし」
レオンは何も言わなかった。
その後、もう数体の炎狼を狩った。
俺はほとんど手を出さなかった。
戦うのはレオン。
俺は横から、敵の予備動作と弱点を伝えるだけ。
最初は何度か危ない場面もあった。
だが夕方には、レオンは炎狼を一人で安定して倒せるようになっていた。
そして最後の一体が倒れた直後。
レオンが立ち止まった。
「……何だ、これ」
「上がった?」
「上がった?」
「強くなっただろ」
レオンは自分の手を見る。
「今までにもあった。だが、こんな短期間で……」
「効率いい敵だからな」
俺としては予想通りだった。
レオンは素質がある。
育成方法を変えれば伸びる。
それだけ。
「明日はもっといい場所行こう」
「もっと?」
「今のレオンならいける」
レオンが俺を見る。
その顔には、最初に会った頃の警戒はなかった。
代わりに別のものがある。
驚き。
疑問。
そして少しだけ、期待。
「分かった」
短く答える。
「お前に任せる」
それはレオンが初めて、俺の判断へ全面的に身を預けた瞬間だった。
俺はそんな大げさな意味だとは思わず、明日の狩場を考えていた。




