第10話 レオンという男
翌朝。
町の南門へ行くと、レオンはすでに待っていた。
「早いな」
「人を待たせるのは嫌いだ」
「真面目だねえ」
「普通だ」
昨日より装備を整えている。
革鎧。
外套。
腰には例の剣。
荷物は少ない。
「準備できてる?」
「ああ」
「じゃあ行こう」
街道を南へ進む。
目的の洞窟までは普通なら半日。
ただし、例によって近道がある。
「そっちではない」
森へ入ろうとするとレオンが言った。
「こっちで合ってる」
「南の洞窟へ行くなら街道だ」
「街道だと遠い」
「森を抜けられるのか?」
「抜けられる」
「地図には道がないぞ」
「道はあるよ」
レオンが疑わしそうに俺を見る。
「またか」
「何が?」
「お前は、なぜ誰も知らないことばかり知っている」
「ゲーム......じゃなくて、昔調べた」
「何を言いかけた?」
「何でもない」
危ない。
気をつけよう。
森へ入る。
レオンは黙ってついてきた。
しばらく歩くと魔物の気配がある。
三つ。
「止まって」
「どうした」
「前にいる」
レオンが剣へ手をかける。
「見えるのか?」
「見えない。でもいる」
「斥候の技能か」
「似たようなもの」
少し迂回する。
魔物とは遭遇しなかった。
「今のも、特殊な技か?」
「気配感知」
レオンが足を止めた。
「気配感知?」
「知ってる?」
「名前だけは。熟練の斥候や一部の騎士が身につける技能だ」
「そうなんだ」
「......どこで覚えた」
「森の祭壇」
「祭壇?」
「触ったら覚えた」
レオンが黙った。
「何?」
「いや。もういい」
諦められた。
二時間ほどで森を抜ける。
正面に岩山。
洞窟の入口が見える。
「本当に着いた......」
「だから言っただろ」
「街道ならまだ半分にも届いていないぞ」
「近道だから」
洞窟へ入る。
中には火属性の小型魔物がいる。
《フレイムリザード》。
赤いトカゲ。
体長一メートルほど。
口から小さな炎を吐く。
「来るぞ!」
レオンが剣を抜く。
「大丈夫」
俺も青騎士の剣を抜く。
フレイムリザードが炎を吐く。
避ける。
距離を詰める。
一閃。
首が落ちた。
「......」
「何?」
「いや」
レオンが何か言いたそうだ。
「次行こう」
洞窟の奥へ。
二体。
三体。
全部一撃。
青騎士の剣は優秀だ。
それ以上に、俺自身が強くなっている。
敵の動きが遅く見える。
ゲームならこの辺はもう適正レベルを越えたのだろう。
「クロウ」
「何?」
「お前、冒険者になってどれくらいだ」
「一週間くらい?」
レオンが立ち止まる。
「嘘だろう」
「いや、本当に」
「その動きが一週間で身につくわけがない」
「レベル上げたから」
「レベル?」
「ああ......こっちではそういう言い方しないのか」
どう説明する。
「魔物倒して強くなった」
「それは分かる。だが一週間でそこまでなる人間はいない」
「効率のいいやり方があるんだよ」
「効率......」
「弱点のある強い魔物を狙えば早い」
「強い魔物は危険だから強いんだ」
「弱点使えば弱いぞ」
「......」
レオンがまた黙る。
会話が噛み合わない。
まあいい。
洞窟の奥へ進む。
やがて広い空間へ出た。
中央に赤い鉱石が露出している。
「火精石だ」
レオンが駆け寄る。
「本当にあった......」
「必要な分だけ取ればいい」
「どうやって?」
「その辺に落ちてる」
「落ちている?」
探す。
岩の隙間。
小さな赤い石。
拾う。
「これ」
レオンへ渡す。
彼は光に透かして確認した。
「本物だ......」
「だから言っただろ」
「火精石は希少な鉱石だぞ」
「ここだと普通にあるけど」
「普通にあるなら希少とは言わん!」
「誰も場所知らないんじゃない?」
「......お前以外はな」
確かに。
俺は自分用にもいくつか拾う。
後で使える。
「次は俺の用事」
洞窟のさらに奥へ進む。
「まだ何かあるのか?」
「ある」
最奥。
行き止まり。
壁を見る。
左から三番目の岩を押す。
動かない。
「また隠し扉か?」
「たぶん」
「たぶん?」
「場所は覚えてるんだけど」
別の岩を押す。
動いた。
「こっちか」
レオンが額を押さえている。
「お前、こういう場所をいくつ知っている」
「かなり」
「かなり......」
隠し部屋へ入る。
中央に石台。
その上に小さな腕輪。
《炎耐性の腕輪》。
ゲームでは火属性耐性が上がる装備。
この先、火山地帯へ行くときに便利だ。
「これが欲しかった」
腕輪を取る。
装備する。
身体が少し暖かく感じる。
「それは何だ?」
「炎に強くなる腕輪」
「魔道具か?」
「たぶん」
「......それも知っていたのか」
「うん」
レオンはもう驚くのをやめたようだった。
帰り道。
洞窟を出たところで、レオンが突然言った。
「クロウ」
「何?」
「お前は、これからどこへ行くつもりだ」
「特に決めてない」
「目的はないのか?」
「ない」
「故郷へ帰るとか」
「帰り方分からないし」
「......故郷を失ったのか?」
少し違う。
だが説明するのも面倒だ。
「まあ、そんな感じ」
「そうか」
レオンはそれ以上聞かなかった。
しばらく歩く。
「お前は?」
「俺?」
「何で騎士辞めたの?」
レオンの表情が硬くなる。
「辞めたのではない。追われた」
「何した?」
「何もしていない」
「じゃあ何で?」
少し間があった。
「家が潰された」
思ったより重い話だった。
「アルディス家は代々、王国に仕えてきた騎士家だ。だが父が政争に巻き込まれた。反逆の疑いをかけられ、領地を没収された」
「冤罪?」
「ああ」
「証拠は?」
「ない。だから覆せない」
ゲームでは知らなかった。
レオンは最初から騎士として登場していた。
没落した家を再興するクエストがあった記憶はあるが、細かい背景までは覚えていない。
「それで剣を直したいの?」
「この剣はアルディス家の証だ。本来の力を取り戻せば、家の名誉を取り戻す助けになる」
「なるほど」
真面目だ。
俺なら、そんな面倒な家は捨てるかもしれない。
「大変だな」
「他人事だな」
「他人事だからな」
レオンが一瞬呆れ、それから笑った。
「お前は変な奴だ」
「よく言われる」
「だろうな」
初めてレオンが笑った気がする。
「で、次は赤竜草だっけ」
「ああ」
「今日中に取れるぞ」
「何?」
「この山の反対側にある」
「赤竜草は南部火山帯にしか生えないはずだ」
「ここにも一本だけある」
「......また誰も知らない場所か」
「そう」
レオンが空を見上げた。
「もう驚かんぞ」
「そうしてくれ」
山沿いを歩く。
三十分ほどで、小さな岩棚へ着いた。
赤い草が一本。
「ほら」
レオンが無言で採る。
「これで二つ」
「残りは炎狼の核か」
「それは少し遠い」
「どれくらいだ」
「普通なら十日くらい」
「普通なら?」
「俺の知ってる道なら三日」
レオンがこちらを見る。
「......行くのか?」
「俺もそっちに用事あるし」
「なら同行してもいいか」
「いいよ」
即答する。
一人旅も気楽だが、話し相手がいるのも悪くない。
何よりレオンは、ゲームで知っている人物だ。
少なくとも悪人ではない。
「ただし」
「何だ」
「俺、寄り道多いぞ」
「構わん」
「変な場所にも行く」
「もう分かっている」
「急に魔物狩り始めるかもしれない」
「それも分かった」
「ならいい」
こうして同行者ができた。
異世界へ来てから、初めてまともに付き合う相手。
レオン・アルディス。
後にゲームでは紅蓮の騎士と呼ばれる男。
俺はこのとき、単に道中の話し相手ができたくらいに思っていた。
一方、レオンは違った。
誰も知らない道を知り。
希少な鉱石を石ころのように拾い。
熟練者の技能を当然のように使い。
自分では到底敵わない魔物を一撃で倒す。
しかも、そのすべてを大したことではないと思っている。
レオンにとってクロウは、この時点ですでに理解不能な存在になり始めていた。
ただし。
銀貨五枚を惜しげもなく払い。
見返りも求めず家宝の復活を手伝い。
事情を聞いても同情を押しつけてこない。
理解はできない。
だが、不思議と信用できる。
そんな奇妙な男でもあった。
翌朝。
俺たちは炎狼の生息地へ向けて出発した。
二人旅の始まりだった。




