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新人魔法捜査官レオンの特務課事件録  作者: 京良城 翼


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第8話【ファイル1】さまよう死霊事件 その6

 翌朝、治安軍の本部から公用車で二時間程度走らせ、イーストフォレストのソルボン大学にレオンたちは到着した。

 初めて見る広大なキャンパスにレオンは緊張しながら、ユリアに案内されてキャンパスの一角にある建物に入る。


三階の一室を尋ねると、白いひげを長く伸ばしたスコット教授が迎え入れてくれた。

「ユリアくん、久しぶりじゃないか。昨日の夜、急に連絡があったときは何事かと思ったが、相変わらず不健康そうな顔色なのに、元気そうでなによりじゃ」

レオンたちが通された研究室は普段は執務室として使われているようで、書棚には医療関係の書籍が所狭しと並び、デスクの上にも論文と思しき書類が山のように積まれていた。

「スコット教授、昨日急に連絡したのにも関わらず、朝早くからご対応いただき、ありがとうございます」

「いいんじゃよ。この年になったからか、最近は朝が早くての、今日なんかは三時に起きて茶を飲んどったわ。今年から研究の一線を退いて名誉教授とやらになったからな。正直、暇にしておったしな。ところで、隣の彼が…」

「ええ、紹介します。彼は治安軍の特務課のレオン・コルネルさんです」

 レオンが「よろしくお願いします」と言って頭を下げると、スコット教授はしげしげとレオンを眺め、「ほうほう、こんなにお若い方が」と感心したように言いながら、レオンとユリアを部屋に通す。

「早速ですが、昨夜の連絡でお伝えした通り、今回協力している事件の捜査についてご意見をいただきたいのと、三年前まで教授が担当されていたコルン・トーナーさんの研究内容について、教えて頂けないでしょうか」

 スコット教授は「ふむ」と短くうなり、白いひげを指先で軽く撫でた。

「そうじゃな、まずは事件に関してだが、わしも死霊術は使えるわけではないから、今までの研究からわかっていることにはなるが…。

 本職にしているユリアくんに聞くのも野暮かと思うが、死霊はなぜ死霊使いが制御しなければ人を襲ってしまうか知っているかね?」

「えぇ、もちろんです。まず、人間の魔力を細かく分解していくと、風・火・水・土の四つの要素から成り立っていて、これが俗に魂の正体だと言われています。私たちはこの四要素を無意識に組み合わせて魔法を使っています。歩くときに、いちいち右足を出した後に左足を出して、なんて意識しないのと同じですね。

 死霊術では、この四要素をそれぞれ風は意思、火は衝動、水は記憶、土は形、これらを司っていると捉えていて、人が亡くなるとこれらの要素を持つ魔力が体内から失われます。

 このうち風と水は形を持たず留まらない性質があるため、遺体に取り込んでも定着しません。逆に、火と土は留まる性質があるので、遺体に取り込むことができるんです。

 ですので、死霊術では失われた魔力のうちの風(意思)と水(記憶)を道しるべとして使い、火(衝動)と土(形)だけを遺体に取り込んでいます。つまり、死霊は衝動と形だけでできた魂で、意思も記憶も持っていないので、死霊使いが制御しなければ、失われた風と水の要素を求めて生きている人々を襲ってしまうわけです。

 私たち死霊使いは、道しるべとして使った風と水の魔力を操り人形の糸のようにつないで制御している、という仕組みですね」

 ユリアの長い説明を聞き終えると、スコット教授は「さすが本職じゃな」と満足そうに頷いた。

「今の話の通り、死霊は衝動と形だけで動いておる。だからこそ、死霊使いが制御しなければ暴走するわけじゃ」

 教授がデスクに置いていたマグカップに入れた紅茶を一口飲んでから続ける。

「さて、ここからが本題じゃが、君たちが昨日出会ったという死霊だが、ユリアくんが強制的に死霊に宿った火と土の魔力を抜き取ったのにも関わらず動いた、という話じゃったな?」

 レオンが「はい」と答えると、教授は椅子の背にもたれ、深く息をはいた。

「……それは、理論上ありえんことじゃ」

 ユリアが小さく頷く

「えぇ。火と土の魔力を抜かれた死霊はいわば魂を抜かれた状態、遺体に戻ります」

 教授は目を細め、机の上の論文の束をトントンと軽く叩いた。

「死霊が動くには、最低限、火と土の魔力が遺体に定着することが必要じゃ。だが、それらを抜かれてなお動いたと言うなら、死霊術以外の魔法が組み込まれておる可能性が高い」

 レオンは思わず息を飲んだ。

「死霊術以外…?」

「うむ。少なくとも、わしの知る死霊術の体系では説明がつかん。君たちが見たものは、確かに死霊術ではあるだろうが、何かしら別の魔法が組み込まれたものじゃ。それがコルンくんとの研究と関係しているかどうか…」

 ユリアは身を乗り出して尋ねる。

「ところで、コルンさんは一体何を研究されていたんでしょうか?」

「コルンくんの研究か…。たしかあの子は遺体や臓器に残留する微量魔力の挙動と生体内における魔力循環の安定化を研究しておったかな」

 聞きなじみのない内容に、レオンは首をかしげる。

「それは、いったいどういう研究なんでしょうか」

「そうじゃな、レオンくんにも分かりやすく説明すると、人が亡くなると魔力の大半は失われるが、臓器や血液には微量の魔力が残るという説がある。コルンくんはその残量魔力がどのように分解され、どのように消失していくかを解析しておった。そしてその知見をもとに、臓器移植の際に拒絶反応を起こさず、提供された臓器が受け手の体内で安定した魔力循環を行えるようにする方法を探っていた、といったところじゃ」

 教授は腕を組んで過去の記憶を思い出すように「ううむ」とうなる。

「…少なくとも、わしが指導しておった三年前までの研究内容には、死霊術に関わる要素は一切ない。事件との関連性は、正直、薄いとわしは考えておる」

 スコット教授の説明を聞いて、ユリアは特に落胆した様子も見せず、「ところで」と切り出した。

「コルンさんは卒業前に除籍処分となったと聞いておりますが、理由はなんだったんでしょう」

 スコット教授はひげを撫でていた手を止め、少しだけ言い淀む。

「詳しくは言えんが…。研究態度に問題があった、とだけ言っておこう。あの子はすこしばかり踏み込んではいけない領域に興味を持ってしまったようじゃ」

「踏み込んではいけない領域…?」

 首をかしげるレオンに対して、スコット教授はこれ以上この話はしたくないというように、手を左右に振った。

「わしの勘違いならいいんじゃがな。それに、この件に関しては大学から箝口令が敷かれておる。わしが話せるのはこのくらいのものじゃ」

 ユリアは軽く頭を下げた。

「話しにくいことを聞いてしまい、申し訳ありません。最後に、コルンさんの研究資料を見せていただくことは出来ますか?」

 教授は腕を組み、椅子に深く腰掛けた。

「そのことじゃが…。君から連絡をもらって探してみたが、どうやらコルンくんが大学を去るときにほとんど持ち帰ってしまったようでな。ここには残っていなかったんじゃ」

 教授の言葉に、ユリアは小さく息をはき、しかしすぐに表情を引き締めた。

「そうですか…。いえ、十分です。教授、今日は本当にありがとうございました」

「いや、いいんじゃよ。君の弟さんにも世話になっとるしな」

「弟に…?」

 突然ノアの名前が出され、ユリアは目を見開く。

「君の弟さんには、わが校の検体実習で使わせていただいた検体の治癒を行ってもらっとるんじゃよ。

 本来、検体として提供された遺体は、実習や研究で損傷が大きくなってしまうから、遺族に返すことはできんかった。長らく大学が責任を持って供養する、という形しか取れなかったからの。遺族からは『きちんと送り出せて嬉しい』と喜ばれておる」

 ユリアは静かに息をつき、少しだけ目を伏せた。

「ノアらしいですねぇ」

「…さて、わしから話せるのはこのくらいじゃ。コルンくんは大学を去った後は実家に帰ったと聞いておるが、今は何をしているかがわしも知らんくてな。あまり力になれず、すまないな」

 スコット教授が話し終えると、ユリアとレオンは立ち上がった。

「本日はありがとうございました、教授」

「いいんじゃよ。…ユリアくん、君は死者の無念な気持ちを聞いて、それを解決することができる力を持っておる。君は自分を卑下する癖があるが、そこは誇っていいのではないかと、わしは思っておるよ」

 思いがけない言葉に、ユリアは一瞬まばたきをした。

「……ありがとうございます、教授」

 ユリアはいつもの飄々とした態度ではなく、かすかに照れたように頭を下げた。

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