第7話【ファイル1】さまよう死霊事件 その5
「なるほどねぇ。思うように進展しなかったのは残念だけど、三人とも無事でよかったよ」
本部に戻り、リシェルに報告を終えると、彼女は椅子に座ったまま深く息をついた。
「ユリアもランタンを取られてしまって災難だったね。何としても取り返すから…」
「あぁ、そのことなんですがねぇ。実は…」
ユリアは、袖口から掌にすっぽりと収まるサイズの透明な魔法石を取り出す。
「あのランタンに入れていた魔法石ならこの通り、ここにあります」
「えぇ?!」
レオンは思わず声をあげた。
「森で悲しんでいたのはもちろん演技ですよ。近くに犯人がいたら困るな、と思いましてねぇ」
「道理で芝居臭いと思ったわけだ。最初から魔法石が狙いだと気が付いていたんだろ」
「おやおや、ルカさんは気づかれていましたか。この魔法石を解析していただけたら、犯人の使っていた魔法の詳細が分かることになるかと思いますよ」
リシェルはうなずき、魔法石を預かるとユリアの方へ向き直る。
「それで、ソルボン大学に行きたいって言ってた理由を聞かせてもらえるかな?」
「コルン・トーナーさんの研究が事件に関係しているかもしれないんですよ。確証はありませんので、こればかりは死霊使いとしての勘と言うべきでしょうが」
ユリアの意見を援護するようにレオンも続ける。
「俺も、ユリアさんの意見には賛成です。今では手掛かりが少なすぎます。少しでも事件解決に糸口になりそうなら調べてみるのもありかと思います」
それを聞いたルカはあからさまに大きなため息をつく。
「証拠もない上にそいつは死霊使いですらないんだろ。
魔法石の解析結果なら今から分析課に依頼すれば明日の昼には結果が出る。ただでさえ狙われているのにユリアを連れ歩くのは自殺行為だ。お前、森での戦闘をもう忘れたのか?
お前はまだ現場での動き方も知らない。証拠もないのに推測でむやみに動こうとするな。今のお前の善意ははっきり言って邪魔だ」
「なっ?!」
レオンは言い返そうとして口を開きかけたが、言葉がのどにつかえたように出てこない。反論したい思いでいっぱいだった。しかし、ルカの言葉には棘があるものの、正しいことを言っていることはわかってしまう。レオンは視線を落とし、痛いほどに握りしめていた拳を力なく開いた。
ルカはそんなレオンの様子をみても表情ひとつ変えない。
重苦しい空気が執務室に漂う中、リシェルは「ありゃりゃ、やっぱりこうなったか」とつぶやき、空気を変えるように明るい声を出す。
「君たちの言い分はよくわかったよ。最優先すべきはユリアの魔法石の解析だ。ルカは分析課に解析を依頼してきてね。それと、レオンくんだけど…」
リシェルは魔法石をルカに渡し、少し考えてから口を開いた。
「私個人としては、ユリアの勘を信じたいところだけどねぇ。同じ死霊使いが関わっている可能性があるなら、そういう勘ってのは大事にしたいんだよね。
だけど、証拠もないから正式な捜査協力を依頼するのは難しい。ただし、ユリアが『個人的に』教授に見解を聞きに行く分には治安軍としてどうこう言うことは出来ないかな」
ユリアの目がパッと輝く。
「つまり、行っても良い、ということですね」
「ま、そうとらえてもらって構わないよ。でも、ユリア一人で行かせるのはルカの言う通り、危険だ。だから、レオンくん。護衛としてユリアに付き添ってくれるかな?」
「俺が、ですか?!」
「リシェル、正気か?!」
リシェルの発言に、レオンだけでなくルカも声をあげた。
「おい、さっきの話を聞いていただろう。こいつひとりにユリアの護衛をさせるのは危険だ」
リシェルは動じる様子もなく、のんびりと返す。
「ルカが心配になるのは分かるよ。彼は配属されてから日も浅いし、経験にも乏しい。それに、体力はあるけど、魔力に関しては私やルカには及ばない」
リシェルに追い打ちかけるように痛いところを突かれ、レオンは胸がずきりと痛んだ。
「だけどね、ルカ。君がそんな風に言って今まで何人のバディを解消したか覚えてるかい? それに、配属されたばかりのレオンくんの階級は一等兵なのに対して、君は曹長だ。次に階級が上がれば士官として多くの部下を持つことになるかもしれないね。
だけどそんな調子じゃ昇進のための推薦はできないな。今後は後進を育てるということも少しは考えてみてはどうかな?」
ルカは少しの間、不服そうに眉間にしわを寄せたが、ほんの一瞬だけ視線をレオンに向け、深くため息をついた。
「……分析課に行ってくる」
それだけ言い残して足早に執務室を後にした。
バタンと大きな音を立てて閉まった音が聞こえ、執務室はしんと静かになる。
「じゃあ、レオンくんの話に戻るけど。今から出てもソルボン大学に到着するのは日付が変わる頃だ。だから今日はユリアとレオンくんは本部に泊まってもらって、明日の朝一で出発だ。しっかり休むんだよ」
レオンは緊張を飲み込むように深く息を吸い、「はい」と返事をした。




