第5話【ファイル1】さまよう死霊事件 その3
「ユリアさん、今から俺たちとノルドレン支部へ来てもらいます。そこに今回の事件の被害者と加害者とされている方の遺体が安置していますので、彼らから話を聞いて頂きたいんです」
静かに公用車の駆動音が響く中、レオンは簡単に事件のあらましを説明しながら、ノースフロストの中枢都市であるノルドレンという街にある治安軍の地方支部へ行き先を設定し自動運転に切り替える。
モルティエル家から離れ、家などの建物が増え始めたころ、後部座席に座って楽しそうに鼻歌を歌っていたユリアに、レオンは話しかけた。
「そういえば、ユリアさんの家は代々墓守と葬儀屋をやっているとお聞きしたのですが、どれだけ続いているんです?」
すると、ユリアは鼻歌をやめて、バックミラー越しにレオンの顔を見てにっこりと笑う。
「さあ、だいぶ昔から、とは聞いていますがねぇ。家に残る古い資料もボロボロすぎて何を書いているかよくわからないものも多いんですよ。うちの人間はそのあたりは無頓着なのか、復元したり書き直したりすることもなくってですねぇ。確認できるものからして、少なくともノルディア連邦が建国する百年前、今から大体四百年前くらいから家業としていたみたいですよぉ。
あ、そうそう。私の家系はね、必ず男女の双子が生まれるんですけど、その理由はご存知で?」
「理由…? 遺伝的な体質とか、ですかね?」
レオンが首を傾げながら答えるのを見て、ユリアは「あははっ!」と声をあげて笑う。
「そうですねぇ。普通はそう考えますよねぇ。実は私の父親がその昔、興味本位で調べたことがあるんですよ。だけど、何も異常はないってのが結論です」
「異常はない?」
「はい、特徴的な遺伝子配列があるわけでも、遺伝子疾患のようなものがあるわけじゃないんです。なのでね、これは一種の呪いのようなものなんです。
モルティエル家には昔からこんな話が伝わっていましてねぇ。ノルディア連邦が建国するよりもはるか昔、とある死霊使いは旅をしている道中でとある国の聖女と出会います。
二人は仲良くなり、恋に落ちましたが、それは結ばれぬ恋。一介の死霊使いと一国を支える聖女では身分が違いすぎました。二人は絶望し、来世では結ばれようと、共に川に身投げして心中します。近くを通りかかった人によって二人の遺体は引き上げられます。すると、聖女が妊娠していたことが分かりました。
しかも驚いたことに、聖女は亡くなっているのにも関わらず、日に日に彼女の腹は大きく膨らみ、出産までしたんです。すでに聖女は亡くなっていたのにも関わらず、ですよ。
その時に生まれた男女の双子がモルティエル家の先祖だと言われています。
その証拠と言ってはなんですが、私が死霊使いであると同時に、弟は聖女の持っていた特殊な治癒魔法が使えるんです。 先代、私の父親と叔母もそうでしたし、その前の代もそうです」
「聖女の治癒魔法、ですか。使い手がかなり限られるという」
「はい、そうです。通常の治癒魔法であれば、本人の免疫や代謝を活性化して傷や病気を治癒するので、免疫や代謝反応が起きない死者に対しては使えません。でも、弟の持つ治聖女の治癒魔法は死者に対しても使えます。どんなに悲惨な亡くなり方をした人でも最期は綺麗にして穏やかに弔う。そんな優しい能力なんですよ。
弟は、仕事だからとか、お金のためだとか口でいろいろ言っていますが、あれでいて仕事に対して真面目で優しい子なんですよ」
ユリアはそう話を締めくくると、満足そうににっこりと笑う。モルティエル家での騒動の様子を見て変わった人だと思っていたレオンは、思っていたよりもまともそうな人だと考えを改めたところで、先ほどから助手席に黙って座っていたルカが口を開く。
「おしゃべりはそこまでにしてもらおうか。すぐに着く」
レオンは窓の外を見ると、そびえ立つように設置された金属製の柵に囲まれた重厚なレンガ造りの建物の前にたどり着いていた。
レオンは門前で警備していた職員に身分証を見せ、案内された職員用駐車場に公用車を止め、三人そろって地方支部の建物へ入って行った。
レオンは受付にいた人物に用件を伝えると、地下二階にある検死室に向かうように伝えられる。地下二階に降りると、クロエと名乗る検視官に案内され、検死室に通された。
クロエは「それでは私は別件の仕事に戻りますので、何かありましたら部屋の内線で呼んでください」と言い残して去っていった。
「いやあ、こう並ぶと壮観ですねぇ」
そんな不謹慎なことを言いながら、ユリアはひとりの遺体に近づく。
「申し訳ありませんが、この腕輪を外していただけますか?」
ユリアはそう言いながら、右腕の袖をまくり、その手首についた銀色の腕輪をレオンたちに見せる。その銀色の腕輪には、何かの古い言葉のような文字が装飾のように刻まれていたが、ユリアのほっそりとした腕に対して武骨なデザインのせいで、腕枷のように見える。
「その腕輪は何です?」
業務上使用する魔道具に関しては、訓練学校で習っていたものの、ユリアの見せてきた腕輪にレオンは見覚えがなかった。
「おや、ご存知ありませんでしたか。まあ、マイナーなものですし、無理もありませんね。これは『制約の腕輪』といって、これを身に着けている者が使用できる魔法を一部制限するためのものなんですよ。私でいえば、今日お見せしたような死者に私の声を貸したり、死者の声を聞いたり、あとは基本的な魔法は使えますが、死霊術、要するに死者を蘇らせて本人にお話してもらうような魔法は使えないようになっているんですよ」
ユリアは左手の指先で右腕についた腕輪を撫でながら楽しそうに言う。
「魔法の使用を制限って、通常は犯罪者にしか使われないんじゃ…」
驚くレオンに対して、ルカは呆れたように口をはさむ。
「その辺の死霊使いであれば、死霊術で死者を蘇らせるときに何らかの代償を支払う必要がある。それは自分の髪だったり、魔力だったり、蘇らせる相手によって違う。だが、モルティエル家の死霊使いは代償を支払うことなく死者を蘇らせ、使役することができる。つまり、死体さえあればこいつはいくらでも使い倒せる兵隊を量産できるってことだ。だから、リスク管理としてモルティエル家の死霊使いにはその腕輪をつけることを義務付けているんだ」
レオンはルカの説明に納得すると同時に、倒しても倒しても蘇ってくる死者の軍団を想像し、ぞっとして肩を震わせた。
「調査が終わったらすぐに戻すからな」
ルカはあきらめたようなため息をつきながら、腕輪に触れる。すると、腕輪に刻まれた装飾が淡く白色に光り、ガシャンと重たい音を立てて腕輪は床に落ちた。
「久しぶりに腕が軽いですねぇ。…では、さっそく」
ユリアは腰のベルトにつけたランタンを取り外し、最初の事件の被害者であるアラン・ポートマンの遺体に近づき、彼の耳元に顔を寄せる。
「Surge(起きよ)」
ユリアが短く唱えると、彼女が手に持っているランタンが淡いオレンジ色の光を放つ。その光はランタンから飛び出すと、アランの遺体の胸元に吸い込まれていった。
すると、アランの遺体の指がピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと上体を起こし、ユリアに視線を合わせるように、青白い顔を上げる。
レオンは死霊術について知識として知っていたものの、こうして目の前で遺体が動くのを見て、少し背筋が冷たくなったが、隣に立っているルカは見慣れた光景というように、眉一つ動かさないのを見て、レオンは背筋を正した。
「すみませんねぇ。せっかくゆっくりと眠っていらっしゃったのに」
ユリアは起き上がったアランを優しく見つめ、にっこりと微笑む。
「アランさん。あなたは、奥様のルイーゼさんに殺害されたのは覚えていますか?」
アランは首を縦に振る。
「あなたが一番ご存知だと思いますが、ルイーゼさんはあなたが亡くなる一年も前に亡くなっています。彼女を死霊として蘇らせた人物に心当たりはありますか?」
「…エ…イ」
アランの口がかすかに動き、何かをささやくように言っているようだったが、レオンの耳には何を言っているかよく聞こえなかった。
「うーん、すみませんがもう少し大きな声でおっしゃっていただけませんかねぇ」
困ったようにユリアがそう言った途端、アランはあごが落ちるのではないかと思うほど口を大きく開ける。
「言エ、ナイ!」
アランの叫ぶような声とともに、落ちそうなほど開いた口の周りの筋繊維がブチブチと嫌な音を立ててちぎれていく。
「言えない? いったいそれはどういう…」
ユリアが聞き返そうとした時には、アランの上あごが頭側に靴下を裏返すように裏返り、のどの奥が露出する。そして、完全にアランの頭部が原型をとどめないまでに裏返ったかと思うと、あたりに腐臭をまき散らしながら爆ぜた。
「うわっ!」
鼻を突くような悪臭に、人よりも嗅覚が敏感なレオンはとっさに手で鼻を押さえた。
アランの側に立っていたユリアは、飛び散った血液や体液を浴びながら、顔から笑みを消しさり、目を見開いて呆然とアランの遺体を見おろしていた。
「おい、大丈夫か?!」
突然の出来事に、静まり返った検死室で一番に冷静さを取り戻したのはルカだった。ルカに肩を揺さぶられ、ユリアは我に返ったようで、すぐに笑顔を作るように口を三日月のようにニィと開き、「ええ、ええ、私は大丈夫ですよぉ」と言いながら全身にあびた血液を気にすることなく、今度はアランの妻、ルイーゼの遺体の側へ寄る。
「いやぁ、まさか、ねぇ」
ユリアはそうつぶやき、アランと同様に今度はルイーゼを蘇らせる。
ユリアは二、三言、何かをルイーゼに尋ねたようだったが、ルイーゼは朽ち果てて原型が残っていない口をパクパクと動かし、何事かを必死にユリアにうったえているようだったが、その口から言葉が発せられることはなかった。
そんなルイーゼを見て、ユリアの口元は笑みを浮かべたままではあったものの、口の端をわなわなと震わせており、レオンの目にも彼女が怒っているのは明らかだった。
「やられましたねぇ!」
ユリアはルイーゼの額にランタンを持った右手をかざし、優しくルイーゼを検死台に横たえると、笑みを保ちつつも怒気をはらんだ声で叫ぶ。
「やられたって、どういうことですか?」
先ほどまでのゆったりとした様子から一変して、明らかに怒っているとわかるユリアの様子にレオンはおそるおそる尋ねる。
「おっと、これは失礼。レオンさん、私の家系以外の死霊使いは通常、何かを代償にして死者を蘇らせると、ルカさんが言っていましたよね」
「はい、確かにそう言ってましたね」
「第一の事件で死霊使いが何を代償にルイーゼさんを蘇らせたかはまだ分かりません。ですが、私が彼女を蘇らせたときにルイーゼさんの声が奪われていることが分かりました。そして、魔力の痕跡から、奪われた彼女の声は第二の事件で死霊となったエリックさんを蘇らせる代償に使われています」」
「声、ですか。死霊として蘇らせるときの代償は人によって違うんじゃなかったんですか?」
「良い着眼点ですね、レオンさん。具体的な方法は今の時点ではいくら私と言えど分かりませんが、メリットはあります。死者の声を奪っておくことで、今回のように別の死霊使いが蘇らせたとしても、犯人について喋ることは出来ませんから、捜査は難航します」
ユリアの説明に、それならどうしたら、とレオンが思っていると、それに追い打ちをかけるようにルカは続ける。
「死霊を蘇らせる時の代償はこいつの言う通り、蘇らせる人物によって違う。ただし、かなりの力量をもつ死霊使いなら、モルティエル家の死霊使いのように代償なしにとまではいかないが、あらかじめ何を代償にするかあらかじめ決めておくことができる。万が一、死霊使い自身の命を代償に取られたらたまらないからな」
「その通りです、ルカさん。そしてもう一つわかったことが。私が先ほど蘇らせたアランさんですが、おそらくルイーゼさんを蘇らせた死霊使いによって口封じの呪いをかけられています。私のような、他の死霊使いに蘇らせられ、正体を問われたら発動するような」
「そうだろうな。だが、そうなってくると犯人の目的がわからない。仮に、アランが金を積んでルイーゼを蘇らせたと仮定したとしても、わざわざアランを殺害する必要はない。あんたがやっていたように、死者と会話させて元に戻すを繰り替えしてリピーターにする方が金が入るだろ」
「おやおや、ルカさん。まるでノアのようなことを言いますねぇ」
「勘弁してくれ。今のは仮の話だ。何の確証もない」
レオンはルカとユリアの間でなされる会話に必死で付いていきながら考えてみたが、やはり犯人の手掛かりになりそうなことは分からなかった。
とはいえ、ここで捜査に貢献しなければ、ルカにあれだけの大見得を切ったのにあえなく配属早々にバディ解消になってしまうと思い、「あの、すいません」と遠慮がちにふたりに話しかけた。
「犯人の目的はともかく、犯人は少なくとも死霊使いであることは分かっているんですよね。それなら国家登録死霊使いの名簿からある程度絞り込めるんじゃないんですか?」
レオンがそう言うと、すかさずルカは小馬鹿にするように鼻で笑う。
「そんなこと、お前に言われなくてもすでに考えている。その上で犯人が分からない、という話をしているんだ」
「なっ?! それってどういうことだよ」
ルカの馬鹿にするような言い方にレオンはさすがにカチンときてルカの方へ一歩踏み出す。
「まぁまぁ、ルカさん。いじわるをいうものではないですよ。レオンさんは最近配属されたばかりなのでしょう」
ユリアは仲裁するようにレオンとルカの間に入る。
「レオンさん、現在のノルディア連邦で国家登録死霊使いは何名いるかご存知ですか?」
「えっと、三十人くらい、ですか」
「うーん、おしい! 現在は私含めて十二人です」
どのあたりがおしいのかレオンには分からなかったが、今はユリアのペースに乗せられている場合じゃないと思い、続きを聞く。
「我々死霊使いは、登録の際に必要書類の他に自身の魔力も登録するんですよ。なので、登録した人物の魔力の特徴はもちろん、その人物の死霊術にどんな特徴があるかも国が知ることになります。
一般の方も、ちょっと面倒な手続きをすれば個人情報は伏せられた形ではありますが、登録された死霊使いの魔力の特徴を知ることができます。私も他の十一人がどんな死霊術を使うかは知っています。
ですがねぇ、その中には私を凌ぐとまで言いませんが、代償をあらかじめ設定できるような死霊使いはいないんですよ」
「それは、未登録の死霊使いがいる、ということでしょうか?」
「そんな単純な話じゃない。そもそも死霊術が使える時点で登録義務があるから未登録でい続けるのは罰則のリスクがある。その上、国としても死霊術を勝手に使われて犯罪に使用されないように、治安軍の情報局が常時監視している。…もちろん、ユリアの『商売』にしてもだ。だが、この事件に関しては現在登録されている死霊使いが関わったというようなことは言ってきていない」
「まぁ、そうですよねぇ。治安軍の監視をかいくぐり、死霊を蘇らせる時の代償をあらかじめ決められるような実力を持っているとしたら、一人だけ心当たりはありますが」
「なんだと」
犯人に繋がる手掛かりがほとんどないこの状況で、発せられたユリアの言葉にルカは訝しげに眉をひそめる。
「おっと、そんなに怖い顔をしないで下さいよ。死霊使いの間では有名人なだけなんで。とはいっても、博識でいらっしゃるルカさんならご存知かもしれませんが、オルフェ・ドームズという人物ですよ」
「オルフェ・ドームズっでまさか…」
死霊術をについて疎いレオンもその名前には聞き覚えがあった。訓練学校の座学で習った内容を思い起こす。
「おや、レオンさんもご存知でしたか。彼は過去に死霊術を使った非人道的な人体実験をくりかえし、記録で残っている範囲だけでも二十数名の犠牲者を出した大罪人ですよ。とはいっても、五十年前に死刑が執行されていますがね」




