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新人魔法捜査官レオンの特務課事件録  作者: 京良城 翼


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第2話 配属初日

 レオンは真新しい軍服に袖を通し、ノルディア連邦の首都、セントラルクレストにある治安軍本部の一室の前に立っていた。

 治安軍訓練学校を卒業し、今までの制服からまだ着慣れない軍服を着ていることもあって、レオンは緊張した面持ちで目の前の扉を見つめていた。

「特務課の執務室はこちらです」

 レオンの配属先は、ノルディア連邦治安軍の特務課といった部署で、執務室までは面談の時に担当していたメイに案内されていた。メイについて本部の奥に進むにつれて、廊下をすれ違う人はいなくなり、心なしか照明も他の場所よりも一段と暗くなっている気がした。

 レオンとメイの会話といえば、『特務課』という部署がレオンにとって今までに聞いたことのない部署だったため、メイに尋ねてみたが、ひとこと「行けば分かります」と言われただけで、それ以上の回答は得られなかった。

 まるで『隔離』された場所に案内されているようで、不安に思いながら執務室の扉をノックするメイの背中を見守る。

 メイがノックすると、室内から慌てたようなガタン、バタンと言う音に続いて間延びした「はぁ~い」という女性の声が聞こえる。返事を聞いたメイが扉を開けると、レオンの視界は若葉を透かしたような金髪でいっぱいになった。

「特務課へようこそぉ~」

 柔らかな声とともに、レオンの目の前に逆さになった女性の顔が現れ、あいさつをするのも忘れ、「うわ!」と声をあげて飛び上がった。

しかしそれ以上に、レオンの鼻を掠めたにおいがその動揺を別の方向へ連れて行った。

 甘く、わずかに刺すようなアルコールのにおい。

 朝の、それも軍の本部では到底ありえないはっきりとした酒のにおいだった。

「う、酒くさ!」

 父親が狼の獣人であるため、人間よりも鼻が利くレオンにとってそのにおいは立派な兵器そのものだった。

「出会いがしらに酒臭いなんで酷い子だなぁ」

 天井からぶら下がっていた女性は、音も立てずにふわりと着地する。年季の入った紺色の軍服に胸元に輝く階級章から、彼女がこの『特務課』でレオンの上官となる中佐であることはわかった。

 レオンは恐る恐る鼻を抑えていた手を離し、学校の入校初日に習った通りの敬礼をする。

「本日から特務課の配属となりました。レオン・コルネルです。よろしくお願いいたします」

 天井からぶら下がっていた女性は、ふわりと着地すると、敬礼をするレオンを頭のてっぺんから爪先までをじっくりながめ、何に納得したのか、笑顔で頷く。

「君がレオン君だね。今日からよろしく。私はこの課の課長を務める、リシェント・リーフィン。気軽にリシェルって呼んでくれて構わないよ」

「いえ、さすがにそれは…」

 予想外にフレンドリーな対応にレオンが戸惑っていると、レオンと一緒に執務室に来ていたメイが口を開く。

「リシェルさん、先週の事件に関する報告書の提出期限は本日だと伺っています。期限通りに提出してください。それと、執務中のアルコール摂取は軍規違反です」

 メイの硬い口調にリシェルは親から叱られる子供のように口をとがらせながら、右手を軽く振る。途端に一陣の風が執務室を吹き抜けたかと思うと、奥のデスクにあった書類の山から数枚の紙が空中でふわりと整列するようにきれいに並び、メイの手元に飛んできた。

「んもう、そんなこと言われなくってもできてるってば。本日中ならこんな朝っぱらから言わなくったっていいでしょー。それに、人間はワインで酔うみたいだけど、私にとってはジュースみたいなものなんだよ」

 そう悪態をつくリシェルを気にすることなく、メイは手元にきた書類を確認しながら答える。

「そんなことを言って、先月も本部長に叱られたのをお忘れですか? あなたは実力も実績もあるから多少は見逃されていますが、そのことを自覚してください。エルフは長寿種ゆえに時間感覚が人間とは異なり、体質的にお酒で酔いにくいのは理解しています。ですが、組織で働く以上規律は守って頂かないと困ります」

「はいはい、わかってるってば。ちゃんとやるよぉ~」

 リシェルは反省した様子すら見せず、軽い口調で返す。

「エルフ…」

 レオンはリシェルの耳に目を向けると、黄緑色がかった金髪からのぞく彼女の耳は人間のものとは異なる尖った耳をしていた。

「それでは、私は戻りますが、くれぐれもレオンさんのことはよろしくお願いします。配属初日に異動願いを出されるようなことはやめてくださいよ」

 書類の確認が終わったのか、メイはそう言い残すと、用は済んだとばかりにさっさと特務課の事務室から出て行ったしまった。

 知り合いが誰もいない空間に取り残されたレオンは小さく「あのー」と声を発する。

「あぁ、ゴメンゴメン。他の課員の紹介がまだだったね。ほらほら、みんな集まって」

 リシェルが声をかけると、ガタンと椅子を動かす音が聞こえ、ふたりの男女がレオンたちの方へやってきた。

 男性の方は、レオンよりも頭一つ分背が高く、陽光を思わせるプラチナブロンドに、澄んだ青い目をした人目を引くような美丈夫で、肌は陶器を思わせる白さだった。

 女性は、右手に細身の東の国で使われていそうな細身の刀を持っており、顔立ちもノルディア連邦では珍しいタイプ、それこそ東国にいそうな顔立ちで、黒曜石のような黒い目にサラサラと流れるような黒髪をしており、長く伸ばした黒髪を後頭部で一つにまとめていた。 

胸元の階級章から、おそらく彼女はレオンとよりも二、三歳は年上だと予想されたが、見た目はレオンとそうかわらないくらいの年齢に見えた。

「今は任務で出払っている子がいるから全員そろっていないけど、紹介するね。こっちの子がツバキ・カミモリ。ノルディア連邦の東方にある和国っていう島国出身なんだ。得意なのは魔導剣術。だけど、武器を使った戦い全般には慣れているから、何かあったら相談するといいよ」

 ツバキと紹介された女性はレオンの方を見て、「よろしく」と言った。ツバキと紹介された女性はすこしも表情が変わらないせいで、レオンは歓迎されていないのではと不安になったが、落ち着いた穏やかな声に、少し安心した。

「それで、こっちの子はルカ・シュネーヴァルド。彼の種族は吸血鬼だから、太陽が出ているときはあまり元気がないけど、そういう体質なだけだから、気にしないで。彼は魔力量が多い上に魔力のコントロールもピカイチなんだ。あと、苗字で察したかもしれないけど、ノースフロストの一帯を領地として治めているシュネーヴァルド家の出身なんだ。でもまあ、気にせず仲良くしてあげて」

「え、シュネーヴァルド家ってあの?!」

 レオンは思わず声をあげる。シュネーヴァルド家と言えば、由緒ある吸血鬼の一族で、古くから国政や軍事に深く関わっており、現在も軍の高官にもその名を連ねている。

 そして、北方の国境近くのノースフロストの土地を代々治めていたこともあって、国境警備の要としての役割も果たしている一族だ。

 なんでそんなに由緒ある家の出身者がこんなところに、と疑問に思ったものの、ルカと紹介された男性は不機嫌そうにため息をついたのをみて、レオンは深く聞くのをやめることにした。

「それで、今日から配属になったレオンくんには自己紹介をしてもらおうか」

 リシェルに促されてレオンは居住まいを正す。

「本日から配属になりました、レオン・コルネルです。イーストフォレスト東部のストーンリッジという村の出身です。不慣れな点もあるかもしれませんが、これからもしっかり学んでいきたいと思います。よろしくお願いします」

 リシェルは満足そうに頷いて「はーい、拍手拍手」と言いながらパチパチと手を叩く。ツバキと紹介された女性はリシェルに合わせて拍手をしていたが、ルカは不機嫌そうに眉間にしわを寄せて腕を組んでいるだけだった。

 リシェルはそんな彼らの様子を気にすることなく、のんびりとした様子で空席だった場所へレオンを座らせる。

「ふたりともテンション低いけど、徹夜勤務明けなだけだから気にしないで。…まあ、いつもあんな感じっちゃ、あんな感じだけど」

「は、はぁ」

「それはそうと、君はうちの課の仕事について知っているかな?」

 レオンは申し訳なさそうに首をすくめて横に振る。配属が発表された日、聞き覚えのない部署名に、レオンは首をかしげ、同期も知っている者がいなかった。

 担当教官に確認に行くも、特務課の名前自体は知ってはいるようだったが、最近新設された課らしく、詳細は共有されていないとのことだった。仕事内容については「当日、課員から説明を受けろ」という回答だったのだ。

 そんな不安そうなレオンの心情を察したのか、リシェルは優しくにっこりと笑い、ガラガラとどこからか、ノルディア連邦の地図が貼られたホワイトボードを持ってきた。

「レオンくん、我がノルディア連邦はイーストフォレスト、ウエストサンド、サウスグレイン、ノースフロスト、そしてここ、セントラルクレストの五つの地域から成り立っているのは知っているね。

 通常、イーストフォレストで発生した事件はイーストフォレスト、ノースフロストで発生した事件はノースフロストの地方治安部隊が対処することになっている。

 では、問題です。イーストフォレストで発生した事件の犯人がノースフロストに逃亡しました。この場合はどちらの治安部隊に捜査指揮権があるでしょうか?」

「この場合はイーストフォレストですね。基本的には事件が発生した地域の治安部隊が指揮権を持ち、犯人が他地域へ逃亡した場合は逃亡先の治安部隊が現地管轄として協力・補佐に入るといった形になるでしょうか」

 レオンが答えると、リシェルは拍手をしながら「ぴんぽーん、大正解」と言った。

「よく勉強しているね。じゃあ、例えばだけど、イーストフォレストとサウスグレインでほぼ同時期に同じような事件が発生しました。二つの事件には関連性があることが考えられます。この場合の捜査指揮権はどっちにあるでしょうか?」

 リシェルの新たな問題にレオンは頭を抱える。リシェルが最初に出した問題は、訓練学校の座学で散々頭に叩き込まれた内容の一つだったため、難しい問題ではなかった。

 しかし、リシェルが次に出してきた問題は今までに習ったことのないものだった。

「ええと、まずは発生した地域の管轄で捜査を進めて、得られた情報を共有して協力して捜査していく、といったところでしょうか。ということは、実質どちらにも捜査指揮権がある…?」

「うーん、半分正解ってところかな。確かに初動捜査は事件が発生したそれぞれの治安部隊が行うことになるんだ。だけど、こういった特殊な事案の場合は本部のあるセントラルクレストに引き継がれるんだ。

 地方治安部隊といえど、他にも事件が発生するから暇じゃない。だから、得られた情報を本部に集約して、捜査指揮権を本部が持つことになるんだ。

 で、引き継いだ事件の捜査はうち、つまり特務課がやるってこと。まあ今のは一例で、そんな特殊な事件はあんまりないから安心して良いよ!

あとは主に、人手が足りないから人員を貸してほしいとか、地方治安部隊じゃ面が割れて潜入できないところに入って情報を取って来てほしいとか、お偉いさんのペットの護衛とか、そういういろんな仕事を引き受けているんだ。要するに治安軍の便利屋さんみたいなものだね」

 リシェルの説明を聞いてレオンは冷や汗が出てきた。


(つまり、厄介事がこっちに回されてくるってことじゃ…)

 そんなレオンの心情を知ってかしらずか、リシェルは笑顔で続ける。

「そうそう、レオンくんはご家族のためにしっかり稼ぎたいってことだったよね。うちだと、いろんな地域に出張に行くことになるから、出張手当もしっかりでるし、特殊な任務に関わるごとに危険手当もたんまりでるから、安心してね!」


(安心なのか…? でも、弟と妹たちのためにもがんばらないと!)

 不安な気持ちが残りつつも、レオンは気持ち新たに、リシェルに「がんばります!」と元気よく答えた。

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