第1話 面談
カクヨムでも同名義で、同作を連載しています。
(今日ですべてが決まる…)
治安軍訓練学校の応接室で、人事部の職員と向かいあって座るレオンの手には汗がにじんでいた。
家族のために稼ぐ。そう決めて4年間の過酷な訓練を乗り越えてきたレオンに迷いはなかった。
しかし、どうしても緊張だけは消えなかった。
「どんなに過酷な部署でも構いません。稼ぎのいいところへの配属を希望します!」
勢い余ってレオンが思っていたよりも大きな声が出る。
しんと静まり返る応接室に、やたらとゆっくり時間が過ぎていくような気がした。
本日、ノルディア連邦軍の人事部では、治安軍への入隊を志願する者が入校する治安軍訓練学校の卒業予定者を対象にした配属先の面談が行われていた。
ノルディア連邦は、東西南北と中央の五つの地域からなる国である。その五つの地域をそれぞれ統括し、治安を維持することや各地域で発生する犯罪の捜査や予防を目的として陸海空軍の他に治安軍が設置されている。そして、治安軍には独自のカリキュラム学ぶ治安軍訓練学校があり、そこを卒業した者は各地域の部隊に配属される。
人事部による面談では、学校での成績、人柄、そして本人の特性や希望を総合的に判断し、卒業後の配置先が決定する。
そして今、人事部の担当者と面談を行っているのは、レオン・コルネルという青年だった。
年齢は十八であるものの、癖のある栗色の髪に、童顔ゆえに幼さを残した顔立ちには、少年のような印象がある。
しかし、健康的な小麦色に焼けた肌と無駄な肉のない引き締まった体躯からは、青年将校のような爽やかでたくましい印象もある。
そんな彼から発せられた言葉に、レオンと面談をしていた二人の担当者は顔を見合わせる。
そして、そのうちの片方、少し無精ひげが残るくたびれた雰囲気のある中年の男性の担当者が口を開く。
「えっと、レオン君、だったね。君は実践魔法の分野や座学は平均的だけど、体術は文句なしの好成績だし、教官方からも日ごろの生活態度も真面目で勤勉だと評価を受けている。
魔術課とか、対魔術情報課みたいに魔法に特化した部署への配属は厳しいかもしれないが、それ以外であれば、ほぼ君の希望の部署に行けるとは思うけど…。なんでそんなに稼ぎが必要なのか聞いても良いかな?」
そう聞かれ、レオンは緊張したように一度ぎゅっと拳を握り、落ち着けと自身に言い聞かせながら深呼吸をする。ここでの配属が後々のキャリアに関わってくると教官から耳にたこができるくらい聞いていたので、レオンはかなり緊張していた。
「俺の親父はもともと、イーストフォレストのイーズという田舎の村で大工をしていました。ですが、俺が十四の時に仕事中の怪我で後遺症が残ってしまって、前までのような大工仕事ができなってしまったんです。
今は家具の修理や簡単な作業をしていますが、収入は以前よりもずっと少なくなってしまいました。母も働きに出ていますが、俺のほかに弟が二人、妹が二人いるので、生活は正直かなり厳しいです。来年には一番下の弟が学校に入学しますし、妹のひとりは都市部の学校で寮生活をする予定なので、学費も必要になります。だから、家族の家計に少しでも足しになりたいんです」
「なるほど、ね。なかなか家族思いじゃないか。イーストフォレストといえば学術都市だ。奨学金制度も充実しているとはいえ、兄妹が多いと何かと大変だろう。
ご家族が心配なら、イーストフォレストへの配属でもいいんじゃないかと思うけどね。
そうそう、稼ぎたいんだったら、個人的にはノースフロストもおすすめだ。あそこはどの部署も国境警備の義務がある分、その手当もしっかりと出る。
南のサウスグレインはノースフロストほどの手当てがあるわけじゃないが、大規模農業地帯もあるし、物価が安い。生活費が少なくて済む分、ご家族への仕送りを増やすことができるだろうね。あとは君がどうしたか、だけど…」
そう言われて、レオンは軽く下唇を噛んで押し黙ってしまった。
配属先について、レオンは調べていなかったわけではない。しかし、学校での成績と言えば、ギリギリ平均、優秀なのといえば体術くらいだったレオンにとっては、ここまで自分の希望を聞いてもらえるものとは思っていなかった。
「…申し訳ありません。座学で学んだことや配属先について調べたことは理解しているのですが、ほとんどが平均的な自分が、どの分野で活躍できるかまだ理解がたりておらず…」
「あぁ~、ま、そうだよね。君はイーストフォレストの都市部からは離れたところの出身だったね。
都市部だと軍の人員もそれなりにいるけど、君のいた村はそこまで人員を配置してなかったからねぇ。村からそのまま学校に入ったなら、軍がどんな仕事をしているか実際の生活の中で見ることもなかっただろうし、想像がつかないのも無理はないか。
でもねぇ、一応規則として君の希望は聞いておかないといけないんだよね。もちろん、必ずしも希望通りの部署にってわけじゃないけど。メイは、彼に聞きたいことはあるかい?」
担当者の男性は、隣に座っていたもう一人の女性の担当者に話しかける。メイと呼ばれたその女性は、男性の担当者よりも幾分か若く、軽くウェーブがかかった長い髪を後頭部でまとめ、丸眼鏡をかけていておとなしそうな女性だった。
メイはさっきまで眺めていた資料を机に置き、レオンをまっすぐに見据える。
「あなた、ご両親は父親が狼の獣人、母親が人間のハーフでしたね。今時、他種族間での婚姻は珍しくないかもしれませんが、地方ではまだ珍しいものだったり、差別の対象になることもあります。
あなたが配属される部署によっては、そういった地域への派遣も考えられますが、どのように対処していきますか?」
レオンの頭頂部に生えた狼の耳がピクリと動く。そして、膝の上で拳を握りしめて答える。
「俺の住んでいた村でも、そういったことがなかったわけではありません。今までの経験から、その人達の考えを変えるのは難しいか、不可能に近いと考えています。
しかし、それでも味方になってくれた人はゼロではありませんでした。なので、まずはそういった味方になってくれる人達からの信頼を得られるように尽力したいと考えています」
メイと呼ばれた女性は、レオンから視線を逸らすことなく彼の答えを聞く。そして、しばらくの沈黙が訪れる。メイは肯定も否定もせずにレオンを見つめたままだ。
「あの~、メイさん? 聞くだけ聞いてだんまりじゃ彼もかわいそうだよ。すっかり不安になって耳がぺしゃんこだ」
「あっ、いや、これは!」
頭頂部に生える特徴的な狼の耳を抑えて慌てるレオンとは対照的に、メイは眼鏡をかけなおして落ち着いた口調で話す。
「レオン・コルネルさんの希望は分かりました。あとはあなたの適性も加味し、こちらで配属先を決定します。配属先の発表はあらかじめお伝えしていた通り、卒業式の三日前です」「え?! は、はい!」
もう面談は終わりだという雰囲気を出したメイに、レオンは困惑しつつも了承の返事をする。
レオンの面談を担当していた男性職員は苦笑いをしながら言う。
「あははははぁ、とりあえず面談は終わりだよ。ちょっとこの子、不思議ちゃんだけど、人を見る目は確かだからさ。あまり不安にならずに配属先の発表を待って欲しいな」
そんな言葉でレオンの不安は払拭されるはずもなく、かえってとんでもない失敗をしたのではないかと、レオンは不安感を増幅させただけだった。




