彼女のペットを寝取って(?)しまった
小雪はむすっとした顔で直哉を睨む。
その目は完全に泥棒猫を見る眼差しだった。相手は彼氏だし、嫉妬の対象は飼い猫だしでいろんな意味でツッコミどころ満載ではあったが、それを口にできる空気でもなかった。
ひとまず小雪をなだめるべく、直哉は苦笑いを返す。
「いやほら、お客さんが珍しいんだろ。俺が帰ったら小雪のところに行くって」
「それでもよ。すーちゃんが私のことを素通りして他の人に行くなんて滅多にないんだから」
「まあたしかに、いつもは小雪のところに行くよなあ……」
白金邸にはよく遊びに来るが、いつもすなぎもは小雪のそばでくつろいでいた。
どうやら家族の中で小雪を一番慕っているらしい。直哉のことも気に入っていたようだが、優先順位はあからさまに小雪だった。
だからこそ、今日の珍しい行動が気になるのだろう。
小雪はじとーっとした目で、直哉と、その膝の上でくつろぐすなぎものことを見つめてくる。突き刺すような視線が痛い。
「で、でも猫って気まぐれだって言うし。深い意味はないんじゃないかな」
「むう……本当にそうかしら。これがいわゆるNTRってやつなのかも……」
「珍しく、朔夜ちゃんから教わったろくでもない単語を使いこなしているし……」
神妙な面持ちで言われてしまえば、直哉もたじたじになるしかない。
(まずい……このままじゃ甘い空気になんかなるはずない……完っっっ全に恋人の浮気相手を見る目だもん、これ)
そういうわけで、軌道修正を図ることにした。そもそもここに来たのは修羅場を繰り広げるためではない。小雪の宿題を手伝うためだ。
だからそれとなーく、本題に戻そうとするのだが――。
「まあまあ、とりあえず今日は小雪の――」
「なう!」
それを遮るようにしてすなぎもが高らかに鳴いた。見下ろせば直哉の膝の上で腹を出し、じーっと真顔で見つめている。飼い主に似て、眼力がすごい。
「えっ、何……?」
「お腹を撫でろって言ってるのよ」
「こ、こうですかね……?」
「なーん♪」
おそるおそる、もふもふのお腹をこねると、すなぎもはゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。どうやらお気に召したらしい。
「おお、さすがは飼い主。言いたいことが分かるんだなあ」
「逆に、直哉くんは分からないの? あなたなら余裕だと思ったんだけど」
「動物の気持ちまで読めるわけないだろ。そこまで人間やめてないっての」
直哉は笑い飛ばすものの、そこでふっと遠くを見つめる。
「ただ、親父は別だな……昔、着の身着のまま砂漠に放り出されたとき、偶然通りかかったはぐれラクダに頼み込んで助けてもらったことがあるとか言ってたし」
「お、お父様、なんだって砂漠に放り出されたわけ……?」
「成り行きで関わった、武器密輸組織に殺されかけたんだと。まあ砂漠を抜けた後で組織を壊滅させて、ひとり残らずお縄に付けたとかなんとか……」
「ツッコミどころしかないから、とりあえずそのエピソードはスルーさせてもらうわね」
「うん、それでいいと思う。俺も深くは聞かなかったしな」
ふたりはしみじみとうなずき合った。そういう話は映画だけで十分である。
小雪はふうっとため息をこぼし、テーブルの上に指で『の』の字を書く。
「でも、すーちゃんがお腹を撫でさせるなんて、よっぽど機嫌のいいときしかしないのに……やっぱり私、愛想を尽かされたんだわ……」
「ええ……そんなはずないだろ。悪く考えすぎだって」
「いいえ、旅行から帰ってきたあたりから、すーちゃんったら冷たいのよ。ペットホテルに預けたことを根に持ってるんだわ」
「そうかなあ……あっ」
慰めようとするものの、直哉はハッとする。
引き続きお腹を撫でていたすなぎもが、飼い主にじとーっとした目を向けていたからだ。
「分かった。小雪、最近特にすなぎもを構いすぎただろ。それでよそよそしいんだよ」
「えええっ!? そ、そんなことないし! 普通だし!」
「いや、すなぎもの目を見てみろ」
脇の下に手を入れてすなぎもを持ち上げ、小雪の前にかざしてみせる。
「この目は『帰ってきてからずーっと四六時中、彼氏の惚気を聞かされ続けてさすがに飽きた』って訴える目だぞ」
「うぐっ……! わ、分かんないとか言ったくせに、結局分かるんじゃない!」
「なーん」
真っ赤になって悲鳴を上げる小雪をよそに、すなぎもが肯定としか取れない相づちを打ってみせた。
どうやら旅行からずっとテンション上がりっぱなしで、それを全部すなぎもにぶつけていたらしい。多分、この家で一番ふたりの進展具合を知っているのは彼女だろう。
続きはまた来週更新します。
おかげさまで一巻重版いたしました!皆様のおかげです!
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