真っ白ふわふわの修羅場
そういうわけで、次の日は白金邸で勉強会ということになった。
小雪の部屋に通されて、直哉は頬をかく。
「ごめんな、お邪魔させてもらって。うちだと今目の前で工事やってるから日中うるさいんだよ」
「まったく仕方ないわね。そのかわり、おもてなしなんて期待しないでちょうだいね」
「はーい」
小雪はつーんと澄ましつつ、ローテーブルに紅茶のカップを並べていく。
一見して分かるくらい立派なティーセットだ。一緒に出してくれたお茶菓子もデパ地下で売られているような上等なものだし、何より小雪自身がびしっとよそ行きの服で決めている。髪を飾るリボンも細かな刺繍が入ってキラキラしていた。
十分なおもてなしモードのまま、小雪は直哉の正面に座って、居丈高に胸を張ってみせた。
「私の部屋に通されるだけでも光栄なんだから。せいぜい感謝してほしいことね」
「ああ、うん。たしかに感謝しなきゃだな」
直哉はぐるりと部屋を見回す。
白金邸の二階――階段を上って一番奥に位置するのが小雪の私室だ。
勉強机にタンスにベッド、本棚や低いチェスト。そうした家具のどれもがやわらかな色合いで統一されており、猫のぬいぐるみがいくつも並んでいる。淡いホワイトブルーの壁を飾るのは雪の結晶を模したウォールステッカーだ。
もちろん、いい匂いがする。
何度か通してもらった部屋だが、いまだにこの匂いには慣れることがない。有り体に言ってドキドキする。
しかしそれを包み隠し、直哉はあごに手を当てながら感慨深げに嘆息する。
「この片付き具合から見ると、今日は朝から三時間くらいかけて掃除してくれたみたいだもんな。カーテンも昨日洗濯して、机の上も整理したな? あとたぶん、飾ってた俺との写真とかも片付けただろ。別に恥ずかしがることなんてないのになあ」
「ちょっ、まじまじ見ないでよ……! っていうかなんで写真を片付けたことまで分かるわけ!?」
小雪は慌てて直哉の視界を遮ろうとしてくる。
がっくり肩を落とし、疲れたようなため息をこぼしてみせた。
「うう……だからこの人を部屋に上げるのは嫌なのよぉ……毎回毎回、推理ゲームの捜査パート並にチェックしてくるんだもん……」
「まあ、そこは選んだ彼氏が悪かったとしか言えないな」
「それじゃ、クーリングオフできたりする?」
「あいにくその期間は過ぎるから返品不可だな」
「とんだ厄介物を掴まされたわ……」
小雪はがっくりと肩を落とす。
あんまりな言い草だが、半分くらいは冗談なので直哉はにこにこと見守るばかりだ。残り半分、ちょっと本気なのは目をつむっておく。
小雪は直哉のことをじろりと睨む。
「返品できないなら仕方ないわ。せめてちゃんと私の役に立つこと! 分かった!?」
「ああうん。一緒に宿題頑張ろうな」
「ふんだ。自分だけほとんど終わらせたくせに……」
ぶちぶちと恨み節を連ねつつ、テーブルへ宿題を積み上げていく。
かなりの量だが、小雪が本気を出せば三日もあれば終わるだろう。
直哉も残った微量の宿題をごそごそと取り出した。正直言えば全部終わらせる時間はあったのだが、この展開を見越して少しだけ残しておいたのだ。
(これで俺が完全に宿題終わらせてたら、数日口きいてもらえなかったもんな……)
それだけは何としてでも回避したかった。
ともかく勉強会開始である。
「じゃ、俺は数学からやってくから。分からないとこがあったら教えてくれよ」
「まあ、それはいいんだけど……」
ノートを開く直哉とは対照的に、小雪は宿題を積み上げて動こうとはしなかった。
宿題に手を付けるのが億劫……なのではない。
直哉のことを上目遣いに見やって、ぼそぼそと小声で言うことには――。
「えっと、その……実はうち……今、家族が誰もいないのよ」
「あ、はい。存じ上げております」
父親のハワードは仕事だし、母親の美空は近所の奥様方とお茶会。妹の朔夜は今日も今日とて桐彦の家でバイト中だ。
それくらい、この家に来てすぐ察していた。直哉のことが好きすぎる家族が、誰も出迎えに来なかったのだから。
(彼女の部屋でふたりっきり、かあ……)
これはもう、何が起こってもおかしくないシチュエーションである。
しかし小雪は顔を真っ赤に染めて勢いよくまくし立ててくる。
「でもでも、だからってそういうのは絶対ナシだから! ちゃんと勉強するの! わかった!?」
「はいはい。分かった分かった」
その『そういうの』とは何を指すのか、詳しく聞いてみたかったものの、そこはぐっと堪えておいた。
今日の目的は宿題を倒すことだ。それくらい直哉も重々承知している。
(まあでも、間違いなくワンチャンあるよな!)
もちろん健全な男子高校生なので、直哉はそういうイベントを期待していた。
何しろ付き合いだしてまだ数ヶ月だし、キスしたのだってほんの半月ほど前のことになる。一度目は看病中の事故。二度目はお祭りの夜。それ以降なんとなくタイミングを逸しており、三度目のチャンスを虎視眈々と狙っているところだった。
今日は確実に、その機会が巡ってくる。
直哉が煩悩むき出しでそんな予感を抱いていた、そんな折だった。無人のはずのドアの前で足音がした。
「なうー」
「あら、すーちゃん」
扉を開けて入ってくるのは、白金家の飼い猫――すなぎもだ。
ふわふわと真っ白な身体は大きくて、なかなかに賢い。ドアの取っ手を下げてドアを開くことも朝飯前らしい。
溺愛している飼い猫を前にして、小雪がぱっと顔を輝かせる。
「私のことを応援しにきてくれたのね、すーちゃん! ほら、こっちにいらっしゃいな」
「なーん」
眠たげな顔のまま、すなぎもはとことこと歩いてくる。
両手を広げた飼い主をガン無視して――あぐらをかいた直哉の膝に、そのままどしんと寝転がった。
「なうなうなーん♪」
「なんで直哉くんのところに行くのよ!?」
「い、いや、俺に言われましても……」
恋人を寝取った泥棒猫を見るような目で小雪に睨まれ、直哉はたじろぐしかない。
甘い雰囲気はみじんもなく、修羅場の匂いが漂いだした。
続きは来週木曜か金曜あたりに更新します。
二巻発売間近です!これも皆様の応援のおかげです。
今回は描き下ろしタペストリー付き限定版が二種類あります。どちらも水着の小雪です。ぜひぜひご予約を!






