お弁当タイム
重箱の中身は、とてもしっかりしたお弁当だった。
ラップにくるまれたおにぎりがいくつかと、卵焼きにタコさんウィンナー。ミニトマトにミートボール……などなど。隙間無く詰め込まれたおかずたちは彩り豊かで、見るだけでお腹が減ってくる。
直哉は素直な快哉を叫ぶのだ。
「すごいじゃん! めちゃくちゃ美味そうだ!」
「そ、そう?」
その反応に小雪がほんのすこし、ホッとしたように表情をゆるめる。
しかしそれでも少しは不安なのか、重箱に目を落としてため息をこぼしてみせた。
「そうは言うけど、ミートボールは市販の物だし、ウィンナーは茹でただけだし、卵焼きはちょっと焦げちゃったし……他も簡単な物しか入ってないわよ? 見れば分かると思うけど」
そう言って、絆創膏だらけの手をかざして、またため息。
「ウィンナーをタコにするだけで指は切るし、卵焼きを作ってて火傷はするし……やっぱりまだまだだわ」
「なに言ってるんだよ、これだけでも十分頑張ったんだろ」
「まあ、たしかにちょっと早起きしたけど……」
頬を染め、ごにょごにょと言う小雪に、直哉はにっこりと笑う。
「初めてでこれなら、上出来どころか満点だよ。本当にありがとう、小雪」
「うぐっ……べ、別に、ちょっと作ってみたくなっただけなんだから。ほら、もういいから早く食べなさいよね」
「はいはい。それじゃ、いただきまーす」
耐えかねた小雪に急かされるまま、重箱へ箸をのばす。
まずは卵焼きだ。ちょっと不格好で、薄茶色に焦げたそれを一口かじる。よーく咀嚼して……ドキドキと感想を待つ小雪に、簡潔に告げた。
「うん。美味い」
「よかったあ……」
小雪はほっと胸を撫で下ろし、同じように卵焼きをつまむ。
「うーん、たしかに味はまあまあだけど……もうちょっと綺麗にできたらいいのに」
「まあ、こういうのは慣れだしなあ。小雪ならすぐ上達するよ。味見は任せてくれよな」
「気が向いたらね」
つーんとそっけなく言いつつも、小雪の顔は真剣だ。
脳内で卵焼きのシミュレーションをしているらしい。夏休みが明けたら、毎日味見させてもらえる気がした。
こうしてふたりは海を眺めながら、お弁当を食べ進めていく。
他のメニューも、もちろんどれも美味しかった。
おにぎりの中身は定番の梅干しとおかかで、汗をかいた身に塩分がしみる。お茶をぐっと飲んで、直哉はほうっと吐息をこぼす。お世辞抜きで美味かった。
「ほんとに美味いよ。初心者とは思えないな」
「そ、そう? ふふん、そうでしょ。私は何だって完璧なんだから」
お弁当を食べるうちに小雪もいつもの調子が戻ったようで、得意げに胸を張る。
「朔夜が『ラブコメのヒロインたるもの、料理下手って個性もありだよ、お姉ちゃん。このチョコレートとかチューブわさびとか、おにぎりの具材にどう?』とか茶々を入れてきたけど、台所から追い出して正解だったわ」
「あはは……そういうサプライズは求めてないかな」
小雪が作った物なら何でも食べる覚悟だが、やっぱり美味しい物が食べたい。
(たまにポンコツだけど、こういうところはしっかりしてるんだよなあ……うん?)
しみじみとおにぎりと頬張っていると――小雪がじーっと直哉の顔を見て、そっと手を伸ばしてきた。突然の行動に目を瞬かせる間に、彼女の指先がそっと頬に触れ、すぐに離れていく。
小雪は指先についたご飯粒をぱくっと咥えて、何事もなかったかのように言う。
「ついてたわよ」
「あ、ありがと」
直哉はぎこちなく礼を言うことしかできなかった。
そのまましばし会話が途切れ、波の音と、遠くの方で子供がはしゃぐ声だけが流れてくる。
ふたりとも無言で弁当を食べ進めたあと――直哉は意を決して小雪の頬に手を伸ばした。
先ほどと同じように米粒を取ってやり、ぱくっと咥える。
「……小雪もついてたぞ」
「あっ……ありがと」
小雪は真っ赤な顔でお礼を言って……そこでぴしっと凍りつく。
直哉の顔をうかがって、かすれた声で問うことには。
「…………今のもひょっとして、私がして欲しいって思ってるの、分かったの?」
「まあ、うん」
「ほんっとやりにくい……!」
「そりゃ、そんだけ口元に米粒つけてたらわかりやすいっての……」
わざとらしく付けるシーンもばっちり目撃していたし、その後ちらちらこっちを見てきたし、『早くやって!』という圧がすごかった。
照れ隠しに怒る小雪に苦笑を向けつつ――直哉は自分の右手人差し指をそっと見る。
(唇、ちょっと触っちゃったな……)
先日、ファーストキスのチャンスを逃したせいで、ちょっと意識してしまった。
続きは明日更新します。
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