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ミカエル、動く 記録特化ヤンデレ、魔改造バインダーで演習場を吹き飛ばす

【天界・療養間】


ミカエルは窓の外の光を眺めながら、静かに息を吐いた。


傷はまだ完全には塞がっていない。主人公との戦闘で負ったダメージは、予想以上に深かった。

それでも、彼は天界に残っていた。


(……ケルビムが動いたな)


三大天使をそそのかし、地上への侵攻機運を高めさせたあの動き。

ミカエルは最初から気づいていた。ただ、表立って止めるには情報が足りなかっただけだ。


彼は光の通信を開いた。


「ウリエル。ラファエル。ガブリエル。集まってくれ」


三人はすぐに現れた。


ウリエルは腕を組み、表情を硬くしている。

ラファエルは杖を握りしめ、静かに俯いていた。

ガブリエルは喇叭を抱えたまま、不安げに唇を噛んでいる。


「ミカエル様。お呼びでしょうか」


「ああ。少し、話がある」


ミカエルは虚空に手をかざした。

通信が繋がり、モニターに別の空間が映し出される。


そこにいたのは、魔王ルシファーだった。


紅茶のカップを手に、気怠げにこちらの様子を眺めている。

その隣には、大公爵アスタロトと、高位悪魔ベリアルの姿もあった。


ルシファーが、ゆっくりと口を開く。


「……久しぶりだな、ミカエル。傷の具合はどうだ? お前が主人公に負けた話は、こっちまで届いてるぞ」


「まだ完治していない。それで、本題だ」


ルシファーはカップを置き、ため息をついた。


「お前たちのところ、地上に攻め込むつもりらしいな。本気なのか?」


ウリエルが眉をひそめる。


「……何が言いたい」


「俺がどういう扱いを受けてきたか、お前も分かってるはずだろ」


ルシファーの声は、どこか疲れていた。


「王国祭でネオンピカピカのサイバー魔王に改造されて、ステージの上でビームを撃ちながら『決めポーズ』を強制された。

地下のトレーニング場じゃ、サンドバッグ代わりに呼び出されて、格闘特化の連中に何度も殴られた。

慈愛にあれよあれよと治されながら、結局『最終テスト』に使われたんだぞ」


彼は肩をすくめる。


「お前自身、主人公に負けてるじゃないか。それでも本気で攻めるつもりか?」


ミカエルは静かに頷いた。


「その通りです」


その言葉の裏で、ミカエルの脳裏にはルシファーが味わった苦難が次々と蘇っていた。


(……魔導があの時、こう言ったらしいな。「少し、派手さが足りませんわね」と。

王国祭の余興が物足りないというだけで、魔王を拉致し、ネオンとキャノンと発光翼を無理やり取り付けた。

抗議する声など、完全に無視して「快くお引き受けいただきました」と会場に紹介する始末)


ミカエルは内側で苦く息を吐く。


(格闘特化の修行でも同じだ。

「最終テストをしましょうか♡」の一言で、また勝手に召喚され、サンドバッグ代わりに殴られ続けた。

慈愛が即座に治すから、何度でも再生される。逃げ場など最初からなかった)


アスタロトが、知的な声で口を挟む。


「勝算があるとは思えませんね。

私は過去と未来の因果をある程度見通せますが……あの十人の連携と、人類最強のスペックを持つ主人公を含めた総合戦力を相手にするのは、極めて非合理的です。

知略を尽くす側から見ても、無謀と言わざるを得ません」


ベリアルが、美しいがどこか冷たい笑みを浮かべて続ける。


「たとえ勝ったとしても、被害は甚大になりますよ。

天界の威信を保つために全軍を投じるのは結構ですが……帰ってきたときに残るのは、傷だらけの軍団と、失われた秩序だけでしょう。

狡猾に立ち回るなら、今は動かない方が賢い」


三大天使の表情が一気に険しくなった。


ウリエルが声を荒げる。


「われらが地上に攻め込もうというのを、あざ笑うというのか!」


ラファエルも杖を強く握る。


「魔界の者たちに、天界の決断を嘲られる筋合いはない!」


ガブリエルが唇を震わせる。


「神の意思を正すための行動です。それを……!」


そのとき、ミカエルが静かに手を上げた。


「落ち着きなさい」


三人の動きが止まった。


「彼らの言っていることは、筋が通っています」


ミカエルの声は低かったが、はっきりと響いた。


「私自身が主人公に敗れている。ルシファーが受けた扱いも、軽く見ていいものではない。

他の天使たちは止められないにしても……我々は動かないでいましょう。

特に三大天使が動けば、それこそ被害は甚大になります」


(……あれを、今度は天使側でやられたらたまったものではない。

魔導が「派手さが足りませんわね」と言って天界の誰かを拉致し、ネオンまみれにしてステージに立たせる。

格闘特化が「最終テスト」と称して勝手に呼び出し、サンドバッグにする。

慈愛が笑顔で治しながら「まだですわよ♡」と繰り返す。

……想像しただけで、胃が痛む)


ウリエルが歯噛みする。


「……しかし」


「ミカエル様の判断なら……」


ラファエルが目を伏せ、ガブリエルも力なく喇叭を抱き直した。


三人は納得できない様子だったが、ミカエルの言葉には逆らえなかった。


渋々と、彼らは頷いた。


ルシファーが気怠げに紅茶をすする。


「まあ、いい判断だ。余計な被害が出る前に止めておけ」


アスタロトが淡々と付け加える。


「賢明です。因果の流れを見る限り、今動くのは最悪の選択に近い」


ベリアルが薄く笑う。


「天界の誇りより、残るものを優先するとは……少しは学習されたようですね」


ミカエルはモニターを見つめ、静かに息を吐いた。


「……ケルビムについては、後でどうにかしなければいけませんね」


その言葉に、三大天使の肩が小さく揺れた。


(ルシファーの苦難を、ただの余興やトレーニングで片付けられたら、次は我々だ。

あれを天使が味わうことになれば……天界の秩序など、一瞬で崩壊する)


天界の静けさは、まだ続いている。

しかし、その下で何かが確実に動き始めていることを、ミカエルは感じていた。

---


【地上・王国軍演習場】


同時刻。


魔導は、自身が指導する王国軍の魔導士たちを演習場に集めていた。


魔導士の一人が、恐る恐る尋ねる。


「魔導様、これから何をするのですか?」


魔導は扇子で口元を隠し、優雅に微笑んだ。


「ふふっ♡ 新しい戦力の調整と、実戦データの収集ですわ。

……まあ、見ていてくださいませ。チャオ♡」


彼女の視線の先には、分厚いバインダーを両手で抱えたエンジェルの姿があった。


表紙には、魔導たちによる魔改造の痕跡がこれでもかと刻まれている。発光する魔法陣。謎の増幅機構。用途不明の装飾。そして、明らかにバインダーに必要のない砲口。


エンジェルはバインダーを抱いた瞬間から、明らかに様子がおかしかった。


頬が赤く、瞳が潤み、呼吸が少し速い。

持っているだけで脳内報酬系が刺激され、軽い興奮状態になっているのだ。


(……あつい。頭の中が、ふわふわする……。

でも、これなら記録できる。執行できる。主人公さんの『普通に』を……)


兵士の一人が、恐る恐る尋ねた。


「……エンジェル様。それは一体?」


「記録媒体です」


エンジェルは真顔で、しかし声に明らかに高揚を乗せて答えた。


「主人公様の行動を記録するために、必要な機能を追加していただきました。

……ふふ、持ってるだけで、すごく……いい気分です」


「どこに必要な機能があるんですか!?」


「では、実演します」


エンジェルがバインダーを開いた。

ハイで判断が少し緩んでいる。


ページがひとりでにめくれ、魔法陣が展開する。


「演習目標、王国兵士十名。記録開始」


「えっ、ちょっと待っ――」


ドォォォォンッ!!


凄まじい衝撃波が演習場を横切った。


兵士たちがまとめて吹き飛び、訓練用の木製人形も、土嚢も、奥に並べられていた的も、まとめて大きく後ろへ転がっていく。


数秒後。


兵士たちが次々と地面に落ちてくる。


「ぐわあああああっ!!」


「演習って、こういう意味じゃないですよね!?」


「医療班! 医療班を呼べぇぇぇっ!!」


エンジェルは静かにペンを走らせた。

頬を染め、目を輝かせながら。


「記録。出力は十分。照準精度に改善の余地あり。次回は対象を分散させ、より効率的な記録を目指す……ふふ、楽しい」


彼女はバインダーを閉じず、次々と頁をめくった。


「追試。記録精度向上のため、再出力」


ドゴォォォンッ!!


さらに広い範囲に衝撃波が炸裂する。


「きゃあああっ!!」


「建物の一部まで吹き飛んでる!?」


「誰か止めてぇぇぇっ!!」


エンジェルのハイは、使うたびに加速していた。


「さらに記録。主人公様の『普通に』を実現するためのデータが、どんどん増えていく……素敵」


ババババッ!!


連続衝撃波。


演習場は、もはや惨状と化していた。


そのとき、慈愛が救護班を引き連れて飛び込んできた。


「みなさん! 大丈夫ですか!? すぐに《フルヒール》しますわ♡ 医療班、負傷者の優先順位を確認して!」


救護班が右往左往する。


「打撲が多発してます!」


「意識はあります! でも動けない人が……!」


「エンジェル様、お願いですから少し休んでください!!」


慈愛が慌ててエンジェルに近づく。


「エンジェルさん、少し冷静に……? あなた、顔が真っ赤ですわよ?」


「大丈夫です。記録中ですので。

……ふふ、持ってるだけで頭が明るい。もっと正確に、もっと広く、記録しないと」


魔導は少し離れた位置から、扇子の陰でその様子を眺めていた。


(……まあ、やりすぎですわね。出力調整が甘い上に、ハイ状態で自制が効いていない)


それでも、彼女の唇は緩んでいた。


(でも、成功ですわ。

主人公様の言葉を執行しようとする意志も、バインダーの性能も、十分に確認できた。

……ふふっ、面白いものが完成したようですわ♡)


エンジェルはバインダーを開いたまま、恍惚とした表情で次の記録対象を求めていた。


そこで魔導が、ふと思いついたように指を鳴らした。


「では、次の対象を召喚しますわね♡」


空間が歪み、突然、ゲイバーのお兄さんがその場に現れた。


お兄さん「……は? なんで俺が演習場に……」


エンジェルの瞳が輝く。


「新しい記録対象……! 執行します」


ドゴォォォンッ!!


衝撃波が直撃し、お兄さんは盛大に吹き飛び、演習場の端まで転がっていった。


「うげっ……! なんだよこれ! 俺は平穏厨なんだが!?」


エンジェルは満足げにペンを走らせる。


「記録。一般人対象でも十分な出力を確認。……ふふ、次々とデータが取れる」


魔導がさらに扇子を振った。


「最後に、こちらを」


空間が大きく裂け、魔王ルシファーが不機嫌そうな顔で現れた。


ルシファー「……またか。今度は何だ」


エンジェルはバインダーを掲げ、ハイで潤んだ目のまま宣告する。


「最終記録対象。執行――」


しかし、衝撃波が放たれる前に、ルシファーが一歩踏み出しただけで気圧が変わり、エンジェルの動きが止まった。


バインダーの砲口が、自然と下がる。


エンジェル「……っ、届かない……?」


さすがに、最下級天使が持つ魔改造バインダーでは、大魔王に傷一つつけられなかった。


ルシファーはため息をつき、軽く手を振った。


「まあ、いいんじゃないか。お前のその目、悪くない。好きにやれ。俺は帰る」


それだけ言って、ルシファーは空間を裂いて去っていった。


エンジェルはバインダーを抱き直したまま、少しだけ呆然としていた。


魔導が扇子で口元を隠し、小さく笑う。


「ルシファー様ったら……いいところありますわね♡」


演習場には、吹き飛ばされた兵士たちとうめくお兄さんの姿、そして右往左往する慈愛と救護班の声が残っていた。


エンジェルはバインダーに最後の追記をする。


「追記。大魔王には未到達。しかし、記録対象としての反応は有意義。……次は調整して、再挑戦したいですね」


こうして王国軍の演習は、予定よりもはるかに早く、そしてはるかに盛大に終了した。


魔導は扇子を閉じ、満足げに呟く。


「やりすぎだけど……成功ですわね♡」


【王城・国王執務室】


国王は、執務机に積み上がった報告書を前に、深々とため息をついた。


「……王国軍の演習場が半壊しただと?」


跪く兵士が震える声で答える。


「はっ! エンジェル様の演習によるものです。兵士たちは次々と吹き飛ばされ、ゲイバーのお兄さんまで巻き込まれたとのこと……」


「なぜお兄さんが演習場に!?」


「魔導様が召喚されたそうです」


「そうか……魔導か……」


国王は額を押さえた。もはや驚く気力も残っていない。


「負傷者は?」


「慈愛様が対応中です。命に別状はないとのこと」


「よし。……で、最後にルシファーまで呼び出されたとあるが?」


「はい。ですが、攻撃を受ける前にお帰りになったそうです」


「……そうか」


国王は窓の外の王都を眺めた。平和な日常。少なくとも今のところは。


「主人公殿はご存じか?」


「いえ、まだ」


「報告は後回しだ。今すぐ伝えたら、主人公殿が動き出す。そうなれば何が起きるか分からん」


そのとき、扉がノックされた。


「陛下。追加報告です。エンジェル様が次回の演習対象を募集しているとのこと……『多様な対象で実験を行いたい』と」


国王の顔から表情が消えた。


「……募集?」


「はい。候補に『王国上層部』と記されております」


国王はゆっくりと立ち上がり、扉へ向かった。


「陛下?」


「避難だ。主人公殿の屋敷へ行く」


「ご迷惑では……」


「わかっている! だが、ここにいたら次の対象にされかねん!」


国王は廊下へ飛び出した。


「転移魔法の使える者を呼べ! 馬も巻き込まれるかもしれん!」


慌ただしい足音が遠ざかる。


執務室に残された兵士は、手元の報告書を見た。


エンジェルの直筆でこう記されていた。


『次回演習対象候補――王国上層部。記録価値、極めて高い』


兵士は静かに報告書を閉じた。


「……陛下、逃げて正解かもしれません」

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