16――天使エンジェルの離反
### 番外編――告発の天使と玄関口の攻防
【王国・主人公の屋敷前】
「はぁ……はぁ……っ! 追いついた……!」
天界の警戒網をくぐり抜け、命からがら主人公の屋敷前へとたどり着いた最下級天使エンジェル。
彼女の胸には、天界全軍の編成データと「バグ認定」の緊急通達がぎっしり詰まった報告書が抱えられていた。
(よし……! これを主人公さんに渡して、天界の全軍侵攻を伝えれば……っ! 私の地獄の書類作業も、この悲劇も回避できるかもしれない……!)
エンジェルは意を決して、震える手で玄関のインターホンを押した。
ピンポーン。
ガチャリ、と扉が開く。
現れたのは、あの時と同じ――優雅な笑みを浮かべた**魔導のヤンデレ**だった。
エンジェルはデジャヴに冷汗を流しながら、今度こそ食い気味に叫んだ。
「た、天界の全軍が――!!」
「あら、またあの時の新聞の押し売りさんですのね♡ だから新聞はいらないと言ったはずですわ♡」
「違っ――!!」
**バタンッ!!**
「名乗らせてすらもらえないいいいいいっ!?」
全く同じ速度、全く同じ笑顔で扉を爆速で閉められたエンジェルは、玄関前で膝から崩れ落ちた。
(嘘でしょ……!? 私は世界の存亡と自分のランチタイムを賭けて天界から逃げてきたのに、また新聞の押し売り扱い……!?)
エンジェルがドアの前で絶望に打ちひしがれていると、再びガチャリと扉が開いた。
現れたのは、聖母のような柔らかい微笑みをたたえた**慈愛のヤンデレ**だった。
慈愛は横に立つ魔導に向かって、優しく首を振った。
「あらあら、魔導さん。ダメですわよ♡ この方は新聞の押し売りなどではありませんわ♡」
(じ、慈愛様……! 覚えていてくれたんですか……!?)
エンジェルの瞳に希望の光が宿る。
やっぱりこの人は、天界のヴァーチャーズすら包み込んだ『救いの聖女』なのだと!
慈愛はにっこりと微笑み、エンジェルの手をとって優しく包み込んだ。
「この方は、私とヴァーチャーズさんの『愛の教え』に感銘を受け、自ら導かれてやってきた尊い信者(妹分)候補の方ですのよ♡ 天界で傷ついた心を、私がしっかり癒やして差し上げますわ♡」
「違いますうぅぅぅぅっ!! 信者じゃないです! 妹分でもないです!!」
「ふふっ♡ 照れなくてもいいのですわよ♡ さあ、中へお入りなさい。まずは温かいお茶と《フルヒール》で、天界で傷ついた心を完全に癒やして差し上げますわ♡ 倒れてもすぐに起こして、また一緒にいられるようにしますからね♡」
「癒やされたらそのまま洗脳(過保護化)されるやつだああああっ!!」
両手からドバドバと注ぎ込まれる無敵の過保護波動に、エンジェルの意識がハレーションを起こし始めたその時――。
さらに扉の奥から、追加の面々が現れた。
まず、タブレットを片手に冷静な表情の**科学特化**。
「心拍数が異常に上昇していますわね。ストレス値も危険域。データとして興味深いですわ♡ すぐに生体モニターを装着して、詳細な数値を記録しましょう。あなたのためですわよ♡」
「い、いや、モニターとかいりません! 話を聞いてください!」
次に、小さな瓶をいくつか持った**薬学特化**が微笑む。
「あら、顔色が悪いわね。お疲れみたいだから、特製の回復薬を飲みなさい♡ 心も体もぽかぽかになって、不安なんて全部消えるわよ。主人公様にもおすすめしているものだから、安心して♡」
「薬は結構です! 正気を保ちたいんです!」
さらに、いつの間にか背後に回っていた**潜入特化**が、静かに耳元で囁く。
「逃げ道は塞ぎましたわ。安全のためですわよ♡ あなたがここに来た理由も、報告書の内容も、すべて把握しています。でも大丈夫。私たちはあなたを『守る』だけですわ。主人公様の側にいれば、何も心配いりませんもの♡」
「いつの間に背後に……!? しかも全部バレてる……!?」
魔導が優雅に手を打つ。
「ふふっ♡ みんな揃いましたわね。この子、主人公様に関わる大事な情報を持っているようですし……私たちでしっかり『保護』してあげましょう♡ チャオ♡」
慈愛が優しく抱きしめる。
「ええ♡ 天界で辛い思いをしたのでしょう? もう大丈夫ですわ。私たちの愛で、全部包んであげますからね♡」
科学がタブレットを近づける。
「バイタルを安定させるため、まずは拘束具型のセンサーを装着しますわ。痛くありませんわよ♡ あなたのためです」
薬学が瓶を差し出す。
「これで心の傷も消えるわ♡ 飲んでくれたら、もっと近くで世話してあげる」
潜入が背後から静かに肩を押さえる。
「抵抗は無駄ですわ。あなたを安全な場所へ案内します。主人公様の元へ、ちゃんと連れていってあげますから♡」
エンジェルは四方八方から押し寄せる「愛」に完全に囲まれ、後ずさりする場所もなくなっていた。
「や、やめてください……! 私はただ、話を伝えたくて……! 信者でも、実験体でも、患者でもありません……!!」
その時。
「おい、玄関で何騒いでんだ……?」
奥から、湯呑みを手にした**主人公**が顔を出した。
「あ……主、主人公さん……っ!!」
エンジェルは慈愛の「無敵の母性ぬくもりトラップ」から必死に腕を振りほどき、科学のセンサーを払い、薬学の瓶を避け、潜入の手を振り切って、主人公の足元へスライディング土下座で飛び込んだ。
「聞いてください主人公さん!! 新聞でも信者でも妹分でも実験体でもありません!! 私、最下級天使のエンジェルです!! 今すぐ天界から全軍が攻めてきます!! あなたの『バグ動画』のせいです!!!」
主人公は一瞬きょとんとした後、手に持っていた湯呑みを固まらせた。
「……は? バグ動画?? 天界全軍??? いや、話の情報量が多すぎるんだけど何が起きてんの!?」
彼は玄関に群がるヤンデレたちを見渡し、大きくため息をついた。
「お前ら……また初対面の相手を囲んで『愛の保護』とかやってんのか。いい加減にしろよ。相手が天使だろうが何だろうが、普通に話を聞けっての」
魔導が微笑む。
「あら、ご主人様。私たち、ただ親切にしているだけですわ♡」
慈愛が優しく続ける。
「ええ♡ この子、とても疲れていましたから。回復して差し上げたかっただけですの♡」
科学がタブレットを見せる。
「データ上も、保護が必要な状態ですわ。ご主人様のためにも、正確な情報を管理しないと」
薬学が瓶を振る。
「薬を飲めばすぐ楽になるのに……ご主人様もそう思わない?」
潜入が静かに頷く。
「安全確保は基本ですわ。ご主人様の元へちゃんと届けるための措置です」
主人公が額を押さえる。
「……お前らの『親切』と『保護』が、一番怖いんだよ。いいからどいてろ。話を聞く」
ヤンデレたちは残念そうに一歩退いたが、視線はしっかりとエンジェルに釘付けのままだった。
「……後でちゃんと『お世話』しますわね♡」
「回復、まだ途中ですもの♡」
「データ、続けて取りますわ♡」
「薬、取っておくわね♡」
「逃げ道、引き続き監視しますわ♡」
エンジェルは主人公の後ろに隠れ、ようやく深く息を吐いた。
(……助かった。本当に、助かった……。あのままあと数秒遅れていたら、信者か実験体か患者か妹分にされていた……)
彼女は報告書を主人公に差し出しながら、心の中で強く思った。
(……でも、これで終わりじゃない。天界全軍は本当に動いている。智天使ケルビム様の煽りで、ウリエル様たちも傾いて、上位まで通達が行っている。主人公さんに伝えただけでは、まだ足りない)
拳をそっと握りしめる。
(私はただの報告係。でも……今度こそ、ちゃんと最後まで伝え切る。悲惨な報告書を量産する未来を、絶対に阻止する。ランチを食べる普通の午後を、取り戻すために……!)
エンジェルの瞳に、苦労人らしい小さな、しかし確かな決意の光が宿った。
こうして、不眠不休で駆け抜けた苦労人エンジェルの決死の密告により、ついに主人公は「天界全軍侵攻」の裏で動く巨大なカオスを知ることになったのだった――。
そして玄関の影では、ヤンデレたちが優しく、しかし絶対に逃がさない笑みを浮かべて、次の「お世話」の番を待っていた。
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【屋敷・居間】
報告書を一通り読み終えた主人公は、ソファに深く沈み込み、こめかみを押さえていた。
「……天界全軍が、俺の動画を『バグ』認定して攻めてくる? しかも智天使ケルビムってやつが裏で煽ってる? いくら何でも話が飛躍しすぎだろ」
エンジェルは拳を握りしめ、真剣な眼差しで主人公を見つめた。
「本当なんです……! 私、これまで何度も見てきました。天使たちが勝手に地上を侵攻しようとしたこと。そして、天界での話し合いを、影からずっと覗き見していました。ミカエル様が一度止めても、ケルビム様がデータを使ってウリエル様たちを説得し、上位まで通達が上がっていく様子を……全部、この目で見てきたんです」
彼女は小さく息を吸った。
「私は……葛藤しました。天界の一員として、報告を上げ続けるべきなのか。それとも、このまま黙って見ているべきなのか。でも、何度も何度も『後始末』をさせられて、普通のランチすら食べられない毎日を過ごして……分かりました。もう、天界のやり方では何も解決しない。だから私は……天界を裏切ります。主人公さんの側につきます」
居間にいたヤンデレたちが、一斉に視線をエンジェルに向けた。
魔導は扇子で口元を隠し、興味深そうに目を細める。
「ふふっ……チャオ♡ なかなか大胆な決断ですわね」
慈愛は優しく微笑みながら、そっとエンジェルの肩に手を置いた。
「あらあら……よく決心なさいましたわね♡ もう大丈夫ですわよ」
科学はタブレットを操作しながら、小さく頷く。
「データ上、彼女の決意は本物のようですわ。興味深いです」
薬学は小瓶を揺らし、楽しげに笑う。
「えへへ♡ 裏切り者の天使さん、反応が楽しみだわ」
潜入は影から静かに観察を続け、監視は録画を止めなかった。
「永久保存ですわ♡」
主人公は首を振った。
「いや、いくら何でも信じられねえよ。天界全軍とか、バグ認定とか……荒唐無稽すぎるだろ」
その時、格闘特化が腕を組んで前に出た。
「おい、主人公。俺は信じられるぜ。あのアークエンジェルってやつを覚えてるか? 『邪魔だ』の一言で裏拳一発、宇宙の彼方に飛ばしたやつだ。あの威勢のいい奴が、本当に天界の使者だったってことだろ。俺が直接やったんだ、間違いねえ」
監視が冷静に続ける。
「プリンシパリティも、私が記録していますわ。管理者権限を奪われてゲームのボスにされ、『天使なのに弱くて草』とコメントされていたあの方です。あれも本物の天界の者でしたのね」
腰振りがガハハと笑いながら胸を張る。
「おう! パワーの軍団とかいう奴らも、俺の朝の腰振りトレーニング一発でまとめて花火みてぇに吹き飛ばしたぜ! 『ただの準備運動の風圧で軍団が全滅』とか言ってたが、まさか本物の天使軍団だったのかよ! 振るぜ☆」
慈愛が穏やかに微笑む。
「ヴァーチャーズさんも、私が『愛の教え』を説いてあげただけですのに……。本当の奇跡とは、主人公様のフローリングを太陽のような輝きでコーティングすることだと悟って、メイド服で戻っていかれましたわ♡ あの方も、天界の方だったのですね」
主人公は額に手を当て、大きくため息をついた。
「……マジかよ。全部つながってたのか。アークエンジェルも、プリンシパリティも、パワーも、ヴァーチャーズも……全部本物の天使で、俺たちのところに勝手に来て、ボコボコにされてたわけか。で、今度は本格的に全軍が来るって話だろ。どうしたもんかな……」
その時、優雅に紅茶をすすっていた森羅万象が、ゆっくりとカップを置いた。
「それは放っておけませんわね♡」
彼女は静かに、しかし絶対的な威圧を込めて微笑んだ。
「天界が私たちの愛するご主人様を『バグ』などと認定し、全軍で攻めてくるというのですもの。秩序を乱す不届き者たちを、こちらから懲らしめに行きましょう。整えましたわ♡」
居間にいるヤンデレたちが一斉に頷く。
魔導「ええ、チャオ♡ 楽しみですわ」
科学「データ収集の良い機会ですわね」
薬学「新しい薬の実験台が増えるわ♡」
監視「全部記録しますわ♡」
潜入「先回りしておきましょう」
格闘「俺が先頭切るぜ!」
腰振り「振るぞ☆ 今度は加減するか……しないか☆」
慈愛「回復の準備は万端ですわ♡」
嫉妬「みんな頑張って! 応援してますわ♡」
エンジェルは深く息を吸い、主人公の前で改めて頭を下げた。
「……主人公さん。これからは、私もヤンデレ軍団の一員として働きます。報告書係でも、妹分候補でもありません。ただの報告係を辞めて、皆さんの側で……普通の午後を取り戻すために、戦います」
主人公は天井を仰ぎ、長い溜め息をついた。
「……はぁ。また面倒なことになったな。でも、もう逃げられねえか」
森羅万象が優雅に立ち上がる。
「では、参りましょうか。天界の秩序とやらを、私たちがきちんと『整えて』差し上げますわ♡」
こうして、エンジェルの決死の告発と決意により、主人公と十人のヤンデレ軍団は、天界との本格的な対立へと踏み出すことになったのだった。
玄関の影では、すでに次の「お世話」と「懲らしめ」の準備が、静かに、しかし確実に始まっていた。




