14――反省会byドミニオンズ
【天界・中枢管理区域:特別作戦会議室】
ピリピリとした冷たい空気が会議室を支配していた。
上座に陣取っているのは、中級以下の天使たちを統括する主天使ドミニオンズである。
天界の九階級において、中位三隊の最上位に位置する主天使。その表情には、部下たちの度重なる失態に対する怒りが浮かんでいた。
彼女の目の前には、これまでの作戦に参加した天使たちが並んでいる。
最下級のエンジェルは、大量の失敗報告書を抱えてガタガタと震えていた。
(……またこの空気。また怒られる。また私が記録係。もう胃が痛い……)
アークエンジェルは、かつての威厳を失い、上半身に謎の星マークの絆創膏を貼っている。
プリンシパリティは情報端末を抱えたまま、目が死んでいた。自分がゲームのボスとして扱われた記憶が、まだ脳裏に焼きついているのだ。
パワーは腰を押さえていた。あの恐るべき腰振り衝撃波を思い出すだけで、筋肉が痙攣するらしい。
そして、元・力天使ヴァーチャーズ。
彼は清楚なメイド服姿で、優雅にティーカップを拭いていた。
「……説明してもらおうか」
ドミニオンズの冷徹な声が響いた。主天使としての威厳を保ちつつ、部下たちを一刀両断するような響きだった。
「我が天界の秩序を守るべき精鋭たちが、なぜこうも無残に、しかも戦闘以外の不可解な事由で次々と全滅・洗脳・宇宙送りにされているのか。順を追って、正確に報告しなさい」
エンジェルが、恐る恐る手を挙げた。
「あのっ! 最初は私が普通にピンポンを押して、新聞の押し売り扱いされてドアを爆速で閉められたんです……っ! 私が悪いですぅ!」
「それは前哨戦に過ぎん。問題はその次だ」
「前哨戦って……私の失敗はもう作戦記録に載っているんですが……」
「今は黙って記録に専念しなさい。余計な発言は秩序を乱す」
「はい……」
エンジェルは報告書に小さく「発言を却下された。心が折れた」と書き込んだ。
(……やっぱりこうなる。私、ただの記録係なのに、どうして毎回この場にいなきゃいけないの……)
ドミニオンズはアークエンジェルを睨んだ。
「アークエンジェル。お前は『私が直接出向く』と豪語し、最強の武力で潜入したはずだな。結果はどうであったか、報告せよ」
「……その、なんだ。武闘派のヤンデレが、『邪魔だ』のひと言で……」
「続けなさい」
「気がついたら夜空の綺麗なお星様になっておりまして……」
「一撃か?」
「……裏拳一発で、宇宙の彼方へ美しく……」
「貴様は流れ星か!! 大天使の威厳はどこへ消えたというのだ! 天界の名に恥じぬ行動を取れと、何度言えば分かる!」
怒号が会議室を揺らした。
アークエンジェルはビクッと肩を震わせた。
「申し訳ありません……」
「謝罪よりも成果を示せ! 結果がすべてだ!」
「宇宙の彼方から帰還するだけで精一杯だったのです!」
「言い訳は不要だ!」
エンジェルは必死に記録していた。
「ええと……アークエンジェル様、宇宙送り。帰還済み。精神的損傷あり……」
「精神的損傷の記述は余計だ! 事実のみを記せ!」
「す、すみません! すぐ直します!」
(……また怒られた。私、何も悪いことしてないのに……胃がキリキリする……)
続いて、ドミニオンズはプリンシパリティに視線を向けた。
「プリンシパリティ。お前には国家の理、インフラのサイバー制圧を任せたはずだ。なぜゲームのボスとして売却不可のアイテムにされている? 説明しなさい」
プリンシパリティは震えながら叫んだ。
「あ、あれは罠です! 管理者権限を奪われたと思ったら、私の攻撃回線がヤンデレの配信サーバーに勝手に接続されて、国民から『天使なのに弱くて草』ってコメントされたんです! 私の理が、私の秩序がぁ……っ!」
「逆にお前のインフラ攻撃が通信環境の改善に利用されたそうだな。天界の力を敵に利する結果を出したこと、どう弁明するつもりだ」
「そ、それは結果的に国民のためになったというか……」
「敵に利する結果を出してどうする! 秩序を守る側が、秩序を乱す側に貢献するなど言語道断だ!」
「ひぃっ!」
エンジェルは報告書の余白に書いた。
『プリンシパリティ様の作戦、敵国の通信環境改善に貢献』
「その文章は絶対に上層部に提出するな! 印象操作になる!」
「ええっ!? では、どう書けばいいんですか!? 事実は事実じゃないですか!」
「自分で適切な表現を考えろ! 記録係の責務を果たせ!」
エンジェルは、またひとつ仕事が増えたことを悟った。
(……もう嫌。私、ただの報告書係なのに、どうして毎回こうなるの……心がすり減る……)
次にドミニオンズはパワーを見た。
「パワー。お前の軍団は精鋭数百名を引き連れて空から降臨したのだろう? なぜ全員、揃ってロケット花火のように天界へ逆送還されたのだ? 詳細を述べよ」
パワーは腰を押さえながら、顔を真っ赤にした。
「い、言い訳を許してもらえるなら……! 私が名乗りを上げようとした瞬間、下の屋敷のテラスにいた男が、コーヒーを飲みながら朝の爆速腰振りトレーニングを始めまして……!」
「腰振り、だと?」
「そうです! ただの腰の振りから放たれた垂直指向性衝撃波が、我が軍団の精鋭たちをまとめて吹き飛ばしたのです! あの男の骨盤はどうなっているんだ……っ!」
「ただの準備運動の風圧で軍団が全滅したというのか……っ! 天界の武を司る者が、人間の朝の健康習慣に敗れるなど、ありえんことだ!」
「はい……」
「お前たちは天使であろう! なぜ人間の朝の日課に負ける! 説明せよ!」
「私にも分かりません!」
「私にも分からん!」
ドミニオンズは頭を抱えた。
そのとき、ヴァーチャーズが優雅に口を開いた。
「ドミニオンズ様、お茶はいかがですか♡」
「いらん! 今は反省会中だ!」
「そうですか♡」
「なぜお前はそんなに楽しそうなんだ! 主天使として問う!」
「私は今、とても充実しておりますので♡」
「質問に答えろ! お前は最後の一線だったのだ! 一番まともな説得と救済を担当させたはずだろう。なぜ今、その格好でここにいる! 報告せよ!」
ヴァーチャーズはうっとりとした笑みを浮かべた。
「はい♡ 慈愛のお姉様に深い愛の教えを説いていただいたところ、私の心にあった迷いがすべて消え去りました。本当の奇跡とは、主人公様のフローリングを太陽のような輝きでコーティングすることだと悟ったのです……♡」
「立派に洗脳されて帰ってきとるやないかああああっ!! 天界の秩序を守るべき者が、敵の教えに染まるなど言語道断だ!」
ドミニオンズは椅子から立ち上がった。
「お前たちなぁ! 天界の歴史始まって以来の不祥事だぞ! 最下級から上級の一歩手前まで、全員揃ってヤンデレどもの日常のついでや愛の重みに完敗してどうする! 秩序が乱れる!」
会議室は静まり返った。
ただ一人、ヴァーチャーズだけが楽しそうにティーカップを磨いていた。
「ドミニオンズ様、お茶のおかわりをお持ちしましょうか♡」
「だからいらんと言っているだろう! 会議の秩序を乱すな!」
エンジェルは震える手で報告書をめくった。
「ええと……次の議題は、今後の作戦方針について……です。お願いですから、穏便に……」
「そうだ。次は上級三隊の出番だ!」
ドミニオンズは腰の神聖な剣に手をかけた。主天使としての決意を込めた声だった。
「これまでの個人戦術・組織戦術をすべて破棄する。上級の理を以て、あの王国ごと次元の彼方へ封印してくれるわ! これ以上、天界の威信を汚すわけにはいかん!」
「お待ちなさい」
会議室の入口から、落ち着いた声が響いた。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは、大天使ミカエルだった。
彼は室内の惨状を一瞥し、静かにため息をついた。
かつて主人公と直接対峙し、敗北を喫した経験を持つ者の、重みのある沈黙だった。
「……ドミニオンズ。何をしているのですか」
「ミカエル様! ちょうどいいところに来てくださいました! これまでの失態はご存じでしょう? もはや我々が直接出向き、あの王国を封印するしかありません! 天界の秩序を取り戻すためです!」
「その前に、一度頭を冷やしなさい」
「し、しかし……!」
ミカエルは淡々と、しかし力強く続けた。
「アークエンジェルが一撃で宇宙へ飛ばされた。プリンシパリティの権限は奪われ、パワーの軍団は準備運動に敗れた。そして、ヴァーチャーズは敵側のメイドになって帰ってきた」
「最後の説明はやめてくれませんか♡」
「事実でしょう」
「はい♡」
「認めるな!」
ドミニオンズが叫んだ。
ミカエルは構わず話を続けた。
「これだけの失敗を目の当たりにして、さらに戦力を投入するつもりですか? 私自身、あの主人公と直接戦って敗北しています。彼一人でも規格外でした。ましてや十人の連携となれば……」
「それは……」
「勝算はあるのですか? 私の敗北を踏まえても、なお強行するつもりですか」
ドミニオンズは言葉に詰まった。
ミカエルの言葉には、実際に敗北を経験した者ならではの説得力があった。
「相手の能力も、行動原理も、戦力の全容も分かっていません。そのような状況で王国ごと封印するなど、作戦とは呼べないでしょう。ただの自爆です。私の経験から言わせてもらえば、無謀以外の何物でもない」
「しかし、天界の威信が……!」
「威信を取り戻すために、さらに敗者を増やすのですか? 私のように、敗北の記憶を抱えながら帰る者を、これ以上増やしたくはありません」
ドミニオンズは黙り込んだ。
ミカエルの言葉には、反論できるだけの根拠がなかった。
「まずは情報を整理し、相手を刺激せずに観察しなさい。必要であれば、外交的な接触も検討するべきです。少なくとも、今この場で剣を抜く理由はありません。私の敗北を無駄にしないでください」
「……承知しました」
「それに、ヴァーチャーズの現状を見なさい」
全員の視線がメイド服の男に集まった。
ヴァーチャーズは、にこやかに紅茶を差し出した。
「ミカエル様も一杯いかがですか♡」
「……彼は、もはやこちらの戦力として計算できないかもしれませんね」
「そんな! 私は天界への忠誠を忘れたわけではありません!」
「では、その格好は何ですか」
「慈愛のお姉様の教えを実践するための正装です♡」
「……そうですか」
ミカエルは額を押さえた。
エンジェルはそっと手を挙げた。
「あの……ミカエル様。では、今回の報告書には『上級部隊による王国封印作戦は、慎重な再検討のため延期』と書いてもよろしいでしょうか……? お願いです、これ以上増やさないでください……」
「ええ。それで構いません」
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
エンジェルは心の底から安堵した。
これで、さらに数百ページに及ぶ戦闘報告書を書かずに済むかもしれない。
(……よかった。ミカエル様が止めてくれて本当に助かった。これで少しは楽になれる……)
しかし、ドミニオンズはまだ納得していなかった。
「……ですが、何もしないわけにはいきません。天界の面目はどうなるのですか? 主天使として、秩序を守る責務があります」
「面目なら、まずはこれ以上失態を重ねないことで守りなさい。私の敗北を繰り返さないように」
「……承知しました」
「作戦を立て直すまで、各隊は待機。ヴァーチャーズについては……」
「はい♡」
「その服のままで構いませんから、せめて会議中は紅茶を淹れるのをやめなさい」
「分かりました♡」
ヴァーチャーズはティーポットを置いた。
そして、三秒後。
「ところで、クッキーもございますが♡」
「やめなさいと言っているでしょう! 会議の秩序を乱すな!」
会議室に再び怒号が響いた。
それからしばらくして、反省会はようやく終了した。
アークエンジェルは星マークの絆創膏を貼り直し、プリンシパリティは自分の端末からゲームのボス画像を削除しようとしていた。パワーは腰のストレッチを始め、ヴァーチャーズは誰も頼んでいない紅茶を配っている。
ドミニオンズは疲れ切った様子で椅子に座り直した。
「……ミカエル様。今回はご判断に従います」
「ご英断と存じます」
「ですが、次こそは必ず天界の威信を取り戻します。主天使として、誓います」
「そのためにも、まずは相手のことを調べるところから始めましょう。私の経験も、必要なら提供します」
「……承知しました」
エンジェルは、最後の一枚に報告を書き込んだ。
『上級部隊による即時侵攻、回避。追加被害なし』
ペンを置いた彼女の顔には、久しぶりに穏やかな笑みが浮かんでいた。
「……終わった。本当に、終わった……」
彼女は報告書の束をそっと閉じ、深く息を吐いた。
肩の力が、ふっと抜ける。
(……やった。今日はこれで終わりだ。追加の報告書も、作戦計画書も、ない。ミカエル様が止めてくれたおかげだ……)
エンジェルは椅子から立ち上がり、小さくガッツポーズをした。
「ランチに行ける……! 久しぶりに、ゆっくりランチが食べられる……!」
心の中で、次々と浮かぶ計画。
(どこに行こうかな。天界の食堂で普通に食べるのもいいし……いや、今日は特別だ。少し遠出して、雲の上のカフェに行こうかな。甘いものを食べて、ぼーっとして……)
彼女の目が、わずかに輝く。
「遊びに行こうかな……。報告係じゃない時間を、少しだけ満喫しよう。公園を散歩してもいいし、雲の上で昼寝してもいい。誰にも怒られず、誰にも『報告書を書け』と言われない時間……!」
エンジェルは両手で自分の頬を包み、にやにやと笑った。
「……幸せ。これが幸せってやつか……。私、普通に生きられるんだ……」
その安堵と喜びは、これまでの心労が大きかった分、ひときわ大きかった。
「よかった……今日は、報告書を書き終えてから帰れそうです……。ランチも、遊びも、全部できる……!」
そう呟いた瞬間、ドミニオンズが顔を上げた。
「エンジェル。今回の反省会の議事録と、今後の作戦計画書も作成しておきなさい」
「……え?」
「それから、ヴァーチャーズの現状についても詳細な報告を。主天使として、正確な記録を残す必要がある」
「そ、そんなぁ……! やっと終わったと思ったのにぃ……! ランチが……遊びが……!!」
エンジェルの悲鳴が、天界の中枢管理区域に響き渡った。
彼女の夢見た「普通の午後」は、あっさりと遠のいていった。
一方、ミカエルは窓の外を眺めていた。
天界の威信を取り戻す道は、まだ遠い。
しかし、少なくとも今日は、誰も星にならず、誰もゲームの報酬にならず、誰も腰振り衝撃波で吹き飛ばされることはなかった。
それだけでも、十分な進歩だった。
「……平和というのは、こういうものなのかもしれませんね」
ミカエルは静かに呟いた。
その背後で、ヴァーチャーズが紅茶を注いだ。
「ミカエル様、どうぞ♡」
「……ありがとうございます」
ミカエルは一口飲んだ。
そして、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
天界に、束の間の平穏が訪れていた。
(……エンジェルの悲鳴が聞こえるが、今日はこの程度で済んでよかった)
ミカエルはそう思いながら、窓の外の光を見つめていた。




