13――エンジェルは普通の報告書を書きたい
*
【王国・主人公の屋敷前】
その頃、ようやく追いついたエンジェルは、屋敷の窓から漏れる神々しい光を見て立ち尽くしていた。
「……ヴァーチャーズ様?」
窓の向こうから、元・力天使の歓喜の声が聞こえてくる。
「主人公様! 次はお茶の温度を奇跡で完璧に調整いたします!」
「だから普通に沸かせばいいんだよ!」
エンジェルの手が、ぶるぶると震え始めた。
「……終わった。また、終わった……」
彼女は懐から報告書を取り出し、力なく開いた。
『力天使ヴァーチャーズ、慈愛のヤンデレを説得するために潜入』
『結果:説得失敗。本人が主人公への奉仕を開始』
『備考:現在、屋敷のフローリングが奇跡の光で過剰に輝いている』
ペンを握る手が、激しく揺れる。
「……もう嫌です。私、本当に天使を辞めたい……。どうして毎回、こうなるんですか……」
そこへ、屋敷の窓が開いた。
「そこの方、よろしければ中へどうぞ♡ お茶をご用意いたしますわ。疲れていらっしゃるでしょう? すぐに癒やして差し上げますからね♡」
慈愛が、いつもの穏やかな笑顔で手招きしていた。
「い、いえ! 私は仕事中ですので! 報告書を書かなきゃいけないんです……!」
「あら、そうですか♡ では、お仕事が終わったらいらしてくださいね♡ 主人公様も、皆さんを歓迎なさいますわよ♡」
「……ありがとうございます……」
思わず礼を言ってしまったエンジェルは、すぐにハッとした。
「違う! 私は敵側の天使です! どうして普通にお茶に誘われているんですか!? どうして私まで、こんなに優しい気持ちになってるんですかあああっ!!」
屋敷の中から、主人公の叫び声が聞こえた。
「慈愛! 天界の連中を勝手に増やすなああああっ!! 今すぐ返してこいっ!!」
「まあ♡ 主人公様ったら。皆さん、きっとお疲れなのですわ♡ 私がちゃんと癒やして差し上げますもの♡」
「そういう問題じゃねええええっ!!」
エンジェルは、ゆっくりと報告書を閉じた。
手がまだ震えている。
アークエンジェルは殴り飛ばされた。
プリンシパリティはゲームの報酬になった。
パワーはコーヒータイムの風圧で吹き飛ばされた。
そしてヴァーチャーズは、説得に行ったはずが、主人公の屋敷でフローリングを光らせている。
天界の作戦は、またしても失敗した。
「……次の報告、誰か代わってくれませんかあああああっ!! 私、もう限界なんです……! 普通の報告書が書きたいだけなんですうぅぅっ!!」
エンジェルの悲痛な叫びは、今日も天界に届かなかった。
彼女は力なくその場にへたり込み、空を見上げた。
「……帰りたい。本当に、ただの調査報告だけがしたい……」
その声は、誰にも届かぬまま、風に溶けていった。
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