12――元・力天使、主人公様のお屋敷でメイドになる
*
【主人公の屋敷・リビング】
「……それで、どうしてこうなった?」
主人公は、目の前の光景を見て呆然としていた。
慈愛の隣には、メイド服姿の男性が正座している。
その男性――元・力天使ヴァーチャーズは、恍惚とした表情で主人公を見つめていた。
「主人公様……♡ 私の奇跡の力は、すべて主人公様のために捧げます……♡」
「いや、何があったんだよ!?」
「主人公様♡ 新しいお手伝いさんですわ。少しお疲れだったようなので、お茶を差し上げて、お話をしていたのです♡ 私の回復の力で、心も少し軽くなってくださったみたいですわ♡」
「その説明で、どうして天界の力天使が手下になってんだよ!」
「手下だなんて♡ 失礼ですわ。ヴァーチャーズさんは、ご自分の意思でお手伝いをしてくださることになったのですもの♡ 主人公様のためなら、誰だって自然とそうなりますわよね♡」
「本当かよ……?」
主人公がヴァーチャーズに視線を向ける。
彼は勢いよく頷いた。
「はい! 主人公様のために、私の奇跡の力を使わせてください!」
「……お前、ついさっきまで慈愛を説得しに来たんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれです! 主人公様を前にすると、使命など些細なことに思えました!」
「どういう理屈だよ!」
ヴァーチャーズは床に膝をつき、両手を差し出した。
「主人公様! まずは、床の清掃から始めます! 聖なる奇跡の光で、フローリングの汚れを一掃いたします!」
「いや、普通に雑巾で拭けよ!」
「かしこまりました! では、雑巾を奇跡の光で浄化し、最高の状態にしてから使用いたします!」
「雑巾に奇跡を使うな!」
そこへ、他のメンバーがぞろぞろと集まってきた。
魔導が扇子で口元を隠しながら、目を細める。
「あらあら♡ 新しい玩具……もとい、お手伝いさんですのね。ふふっ、面白そうですわ♡ 私も少し『教育』してあげましょうか?」
科学が眼鏡を光らせ、タブレットを向けた。
「興味深いデータですわ。天界の力天使が、これほど短時間で服従モードに移行するとは……。詳細な数値を記録させていただきますね♡ ご主人様のためですもの」
薬学が小瓶をいくつか取り出し、にこにこしている。
「新しい子には、まずは安定剤を飲ませてあげないと♡ 心も体も、ご主人様専用に調整してあげましょう?」
監視がカメラを回しながら近づく。
「この瞬間、全部記録しますわね♡ 後でご主人様と一緒に見返しましょう。タイトルは『天界からの新しい妹分誕生』でいかがでしょう?」
潜入が影からひょっこり顔を出し、静かに微笑む。
「逃げ道は最初から塞いでおきましたわ。安全のためです♡ この子が迷わないように、私が見守ってあげますね」
嫉妬が両手を合わせて目を輝かせる。
「わー! 新しい仲間だー♡ みんなで応援しよ! ヴァーチャーズさん、頑張って! 主人公様も、みんなも、両方すごいよ!」
森羅万象が優雅に紅茶を傾けながら、小さく笑った。
「……整えましょうか。この子の居場所も、ご主人様の元にきちんと」
女性陣が次々と悪乗りを始めて、ヴァーチャーズを取り囲む。
一方、男性陣は明らかに困惑していた。
格闘特化が腕を組み、険しい顔で呟く。
「……おいおい、また増えたのか。俺はただ鍛えたいだけなんだが……この空気、何か違うだろ」
腰振りスペシャリストが腰に手を当て、微妙な表情を浮かべる。
「……コーヒー淹れる側が一人増えたのは歓迎だが、なんか俺のトレーニング時間まで侵食されそうで嫌な予感しかしねえ」
拷問特化が拘束具を持ったまま、首を傾げる。
「……いい出来のフレームを用意したはいいが、こいつに使うべきか悩む。天界の連中を拘束する気はなかったんだが……」
三人の男性陣は、少し離れた位置で顔を見合わせ、揃ってため息をついた。
「……また始まったな」
「女共のペースに巻き込まれんなよ」
「……俺は黙って工具箱でも磨いとく」
慈愛は、そんな周囲をにこにこと見守っていた。
「あらあら♡ 主人公様、賑やかになってよかったですわね♡ これでまた、すぐに回復できる方が増えましたわ♡」
「よくねえよ! 天界の軍事部門から苦情が来たらどうするんだ!」
「そのときは、きちんとお話ししますわ♡ 必要なら、癒やして差し上げますもの♡」
「お前の『お話し』って、最後にパージするやつじゃねえだろうな!?」
「まあ♡ 主人公様ったら。必要のない争いは避けますわよ♡ 主人公様の平和が第一ですもの♡」
主人公は、ひとまず胸を撫で下ろした。
しかし、その隣でヴァーチャーズが床に手をかざした。
「主人公様! 床の輝きが足りません! 聖なる奇跡よ、全方位からフローリングをコーティングせよ!」
ピカァァァァァッ!!
リビングが、昼間の太陽を凝縮したかのような光に包まれた。
「眩しっ! フローリングが眩しすぎる! サングラスなしじゃ生活できねえんだけど!?」
「おお……! 主人公様のお屋敷が、神聖な光に満ちております……♡」
「いや、普通に元に戻してくれ!」
魔導が楽しげに手を叩く。
「ふふっ♡ いいですわね。次は壁もやっていただきましょうか。ご主人様の住環境を完璧に整えるのですもの」
科学が頷く。
「光量データを記録中です。もう少し強くしても問題ありませんわ♡」
薬学が瓶を差し出す。
「目が痛くなったら、この目薬を♡ 副作用でご主人様のことがもっと好きになりますけど」
監視がズームする。
「この表情も残せますわね♡」
嫉妬が応援する。
「ヴァーチャーズさん、その調子ー! 主人公様のために頑張れー!」
男性陣がさらに後ずさりする。
「……俺は関係ねえ」
「コーヒー淹れに逃げるわ」
「……工具箱、奥に隠すか」
慈愛はヴァーチャーズの肩に優しく手を置いた。
「よかったですわね♡ 主人公様のお役に立てましたわね♡ また倒れても、すぐに私が起こしますからね♡」
「はい、お姉様♡ 私、もっと頑張ります! 主人公様のために!」
「だから、何をどうしたらそうなるんだよおおおおっ!!」
「その人すぐに元の場所に帰してきなさい!」
主人公の悲鳴がリビングに響き渡った。
女性陣の悪乗りは、まだまだ止まらなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




