11――慈愛のヤンデレと救済の使者2
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【王国・街角の福祉施設】
人間界に降り立ったヴァーチャーズは、神父の姿で街を歩いていた。
黒い祭服をまとい、胸元には十字架。落ち着いた物腰と威厳ある表情は、どこから見ても敬虔な神父そのものだった。
やがて彼は、福祉施設の前で人々を手当てしている女性を見つけた。
慈愛のヤンデレである。
彼女は傷ついた子供の膝に手をかざし、柔らかな光で傷を癒やしていた。
《フルヒール》
光が収まったあと、子供は元気に走り出す。
隣では、訓練から戻ったばかりの兵士たちが列を作っていた。
「師匠、お願いいたします」
「ええ、すぐに治しますわね♡」
慈愛は次々と兵士たちの傷や疲れを《ヒール》で癒し、時には《アルティメット・フルヒール》で完全に回復させていく。
「おかげさまで、またすぐに訓練に戻れます」
「無理はなさらないでくださいね♡ 皆さんが元気でいてくださることが、私の幸せですもの♡」
別の老人には荷物を持ち、困っている住民には笑顔で声をかける。
その姿だけを見れば、慈愛という名にふさわしい聖女だった。
「なるほど。確かに、救済の力は本物のようだな。兵士たちまで癒しているとは……」
ヴァーチャーズは静かに歩み寄った。
「失礼。あなたが慈愛のヤンデレか?」
「あら、そうですが……何か御用でしょうか?」
慈愛は手当てを終え、にこやかに振り返った。
「私は旅の神父だ。あなたが人々を助けていると聞き、少し話をしてみたいと思ってな」
「あらあら♡ 神父様でしたのね。わざわざありがとうございます♡ 主人公様のためにも、皆さんを元気にしておくのは大切なことですもの♡」
慈愛は柔らかく微笑んだ。
ヴァーチャーズは、彼女が自分の正体を疑っていないことを確認した。
(よし。今のところ、天界の者だとは気づかれていない)
「あなたの活動は素晴らしい。兵士を癒し、人々を救う。しかし、一つ気になることがある」
「何でしょう?」
「人々を救うことと、特定の誰かに執着することは、必ずしも同じではない。あなたは特定の男性に執着し、その愛情を独占するために力を使っているとか」
「ええ♡ 主人公様は、とっても素敵な方ですもの♡ 私が回復の力を持っているのは、きっと主人公様をお守りするためですわ♡」
「愛とは、誰か一人を縛るためのものではない。神の愛は、すべての人に等しく注がれるものだ。特定の相手を囲い込み、自由を奪うことは救済とは呼べない」
ヴァーチャーズは、慈愛の目を真っすぐに見つめた。
「あなたには、その力を正しく使ってほしい」
慈愛はしばらく黙っていた。
そして、ふわりと微笑んだ。
「あらあら♡ 神父様は、ずいぶんと難しいことをお考えになるのですね」
「難しいことではない。誰もが自由に生き、誰もが等しく愛される。それこそが真の救いだ」
「そうですわね♡ 誰もが幸せになれるのは、とても素敵なことですわ♡ だから私は、兵士さんたちも、住民の方々も、ちゃんと癒やしていますの♡ 主人公様が安心して暮らせる世界にするためですもの♡」
ヴァーチャーズの表情が明るくなった。
「では、私の話を理解してくれたのか?」
「ええ♡ ですから、皆さんが幸せになれるよう、私も毎日頑張っていますの♡ 主人公様が『普通』に過ごせるように、影から支えてあげるのが私の愛ですわ♡」
「……では、なぜ主人公様を独占しようと?」
「だって、主人公様ですもの♡」
慈愛は、当然のことを尋ねられたかのように首を傾げた。
「主人公様が幸せでいられるように、身の回りを整えて、危険を取り除いて、必要なものを用意して差し上げる。主人公様が困っていたら助けますし、疲れていたら《フルヒール》で癒やして差し上げますわ♡ 倒れても、すぐに再開できるように♡」
「そこまでは理解できる。しかし、本人の意思を無視してまで世話を焼くのは――」
「まあ♡ もちろん、主人公様のお気持ちは大切ですわ」
慈愛はにっこりと微笑んだ。
「ですから、主人公様が嫌がるようなことは、できるだけ気づかれないように工夫するのです♡ 回復したあとの『また始めましょうね』も、優しく伝えるようにしていますの♡」
「全然理解していないではありませんか!?」
ヴァーチャーズの声が裏返った。
少し離れた場所で話を聞いていたエンジェルも、思わず叫ぶ。
「そうです! 今のは明らかにおかしいです! 私でも分かりますよ!?」
「あら、そちらの方も何かお悩みですの?」
慈愛が微笑みかけると、エンジェルは反射的に背筋を伸ばした。
「い、いえ! 私はただの報告係です!」
「そうですか♡ お仕事、大変ですわね。無理はなさらないでくださいね♡ 疲れていたら、すぐに癒やして差し上げますわよ♡」
「ありがとうございます……。敵側の方に労われると、なんだか余計に悲しくなります……」
ヴァーチャーズは咳払いをした。
「話を戻そう。あなたの愛情は、少々行き過ぎている。すべての人を平等に愛することを学ぶべきだ」
「あらあら♡ それは困りましたわね」
慈愛は困ったように眉を下げた。
「私、主人公様以外の方には、ちゃんと普通に接していますのよ? 兵士さんたちも、傷を負えばすぐに《ヒール》で治しますし、困っている方は放っておけませんもの♡」
「……普通に?」
「ええ♡ 困っている方を助けたり、怪我を治したり。悪いことをする方には、必要に応じてパージを使ったり♡ 主人公様の平和を守るためですもの♡」
「最後だけ物騒ではありませんか!?」
エンジェルが即座に突っ込んだ。
慈愛は不思議そうに首を傾げた。
「そうでしょうか? 危険なものを取り除いて、皆さんが安心して暮らせるようにするだけですわ♡ 主人公様が『普通』に過ごせる環境を整えるのも、私の愛ですから♡」
「その『危険なもの』の判定が怖いんです!」
ヴァーチャーズは額を押さえた。
「……なるほど。あなたは、自分の行為をすべて善意だと信じているのだな」
「もちろんですわ♡ 主人公様への愛が、すべてを正当化してくれますもの♡」
「ならば、私があなたを正す。奇跡の力によって、あなたの歪んだ愛を浄化してみせよう」
ヴァーチャーズの身体が、神聖な光に包まれた。
周囲の空気が震え、福祉施設の窓が淡く輝く。彼女の権能は、心を癒やし、絶望を希望へと変え、悪しきものを正しい道へ導く奇跡の力だった。
「慈愛のヤンデレよ。あなたの心に、真の救いを――」
「あら♡ そんなに無理をなさらなくても大丈夫ですわよ?」
慈愛は一歩近づいた。
「あなたも、ずいぶんお疲れのようですもの。ずっと誰かを救おうとして、ご自分がすり減っていらっしゃる……私には分かりますわ♡」
「なっ……?」
「誰かを救うために、ずっと頑張ってこられたのでしょう? 立派ですわ♡ でも、ご自分のことも大切にしなければいけません。私が《フルヒール》で癒やして差し上げましょうか? すぐに元気になれますわよ♡」
慈愛は、ヴァーチャーズの手をそっと握った。
「少し休んでいかれませんか? 温かいお茶もありますし、お菓子も用意できますわ♡ 主人公様も、こういう優しさが好きでいらっしゃいますもの♡」
「い、いや。私はあなたを説得しに来たのであって……」
「ええ、分かっていますわ♡ でも、疲れたままでは、正しい判断も難しくなりますもの。主人公様のためにも、まずはあなたが元気でいてくださいね♡」
慈愛の声は、どこまでも穏やかだった。
ヴァーチャーズは戸惑った。
彼は、こうした言葉を何度も人々にかけてきた。傷ついた者を癒やし、苦しむ者を救い、絶望の淵から引き上げてきた。
だが、自分が誰かに労わられることには慣れていなかった。
「……私は、天界の使命を果たさなければならない」
「使命は大切ですわ♡ けれど、あなた自身が倒れてしまっては、元も子もありません。主人公様も、同じことをおっしゃいますわよ? 『無理するな』って♡」
慈愛は、にこやかに頷いた。
「大丈夫。ここでは、無理に立派な天使でいなくてもいいのですわ♡ 私の回復の力で、心も体も癒やして差し上げますから♡」
「……っ」
ヴァーチャーズの胸が、かすかに揺れた。
(確かに……私は、ずっと誰かを救う側だった)
(誰かに頼ってはいけない。弱音を吐いてはいけない。そう思って、ずっと……)
「……いや、待て。私は今、説得されているのではない! あなたを説得する側だ!」
「まあ♡ 元気が戻ってきたようで何よりですわ♡ 主人公様も、こうして元気になってくださると嬉しいっておっしゃいますもの♡」
「そういう話ではない!」
エンジェルは頭を抱えた。
「駄目です! ヴァーチャーズ様! その人、優しい顔をしていますけど、話を聞いているとだんだん主旨がずれていきますから! それに『主人公様』が多すぎます!」
「エンジェル、静かに!」
「はいっ!」
ヴァーチャーズは慈愛の手を振りほどこうとした。
しかし、慈愛は無理に引き留めたりはしなかった。ただ、少し寂しそうに微笑んだ。
「そうですか……。まだ、お休みにはなれませんのね。主人公様も、最初はそうおっしゃるんですけどね♡」
「当然だ! 私は天界の使者だからな!」
「では、せめてこれだけは覚えておいてくださいませ♡」
慈愛は穏やかな声で告げた。
「誰かを救うことと、その人の人生をすべて自分で決めてしまうことは、違いますわ。でも、私は主人公様の幸せを願うあまり、つい全部整えたくなってしまうのです♡」
ヴァーチャーズは目を見開いた。
「……っ!」
「主人公様のお世話をするのは、私がしたいからですもの♡ 主人公様の幸せを願うのも、私がそう願っているからですわ♡ 倒れてもすぐに《フルヒール》で起こして、また一緒にいられるようにするのも……私の愛ですわ♡」
慈愛は胸に手を当てた。
「ですから、私は主人公様に嫌われないよう、毎日努力していますの♡ 兵士さんたちを癒やすのも、主人公様が安心して外を歩けるようにするためですもの♡」
「……嫌われないように?」
「ええ♡ 主人公様に喜んでいただけるよう、家事もお料理も頑張りますし、邪魔なものはパージで片づけますし、必要なら世界の仕組みだって見直しますわ♡ 全部、主人公様のため♡」
「最後の二つを同列に並べないでください!」
エンジェルの悲鳴が響いた。
しかしヴァーチャーズは、すでに別のことを考えていた。
(自分がしたいから、愛する……)
(誰かを救うために定められた使命ではなく、自分自身の意思で……?)
彼が積み上げてきた教義が、一瞬だけ揺らいだ。
慈愛は、その変化を見逃さなかった。
「あら……もしかして、少し疲れていらっしゃるのではありませんか? 私がすぐに癒やして差し上げますわよ♡ 主人公様も、疲れた方を放っておけない性分でいらっしゃいますもの♡」
「……私は……」
「大丈夫ですわ♡ まずは、お茶にしましょう? そのあと、主人公様のお屋敷にいらっしゃいませんか? お手伝いをしてくださる方が増えるのは、私も嬉しいですもの♡ 主人公様の側にいられる人が、また一人増えるのですから♡」
「なぜ、そこで主人公様の屋敷が出てくるんですか!?」
エンジェルの叫びも、もはや誰にも届いていなかった。
その後、ヴァーチャーズは人目につかない場所で神父の衣装を脱ぎ、慈愛のヤンデレによって清楚なメイド服へと着替えさせられた。慈愛はそのことを深く気に留めず、彼を新しいお手伝いさんとして主人公の屋敷へ案内した。
「ヴァーチャーズさん♡ これから一緒に、主人公様をお支えしましょうね♡」
「はい……お姉様♡」
読んでいただきありがとうございます。
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