王国祭5 国民的アイドルの本気
王国祭は、デカスロンの余韻も冷めやらぬうちに、次の展開を迎えていた。
競技場は森羅万象の手で再び整えられ、観客席にはまだ熱気が残っている。国王は特等席で「ようやく健全なスポーツ?が終わった……」と安堵の息を吐いていたが、その安堵は長くは続かなかった。
実況席にいた嫉妬のヤンデレが、突然マイクを強く握りしめた。
「皆さま♡ ここまでの競技、楽しんでいただけましたか? 雪合戦、福笑い、サイバー魔王ショー、そして十種競技……本当に素晴らしい熱戦でしたわね! ですが――」
彼女は一瞬、意味ありげに微笑んだ。
「王国祭の総合優勝者を決めるには、まだ足りませんわ♡」
監視のカメラが映す全世界配信のコメント欄が、一瞬で埋め尽くされる。
『嫉妬ちゃんのライブが見たい!』
『最後は歌ってくれ!』
『嫉妬様が優勝ですわ!』
『歌枠くれ!!』
『国民的アイドルの出番だろ!』
嫉妬はコメントをスクロールしながら、満足げに頷いた。
(ふふっ……皆さまの声が聞こえます。この人気を使わない手はありませんわ)
「国民の皆さまもこうおっしゃっていますわ♡ というわけで、最終競技は――王国公式歌唱王決定戦! この競技の勝者が、王国祭の総合優勝者ですわ♡」
会場がどよめいた。
主人公が席から飛び上がる。
「待て!! 今までの競技は何だったんだよ!? 十種競技までやらされた意味は!?」
嫉妬は実況席から軽やかにステージへ降りながら、手をひらひらと振った。
「もちろん前座ですわ♡」
国王が白目を剥きかけた。
「十種競技までやった意味は!? 余は国王だぞ!? ルールを勝手に変えるな!!」
しかし嫉妬は動じない。むしろ配信画面を大きく映し出し、コメントを会場に流す。
「皆さまの声が、わたくしの力ですわ♡ 国民の総意ですもの。反対なさいますか、国王陛下?」
コメントはさらに加速する。
『反対したら炎上だぞ』
『嫉妬ちゃんの言う通り!』
『総合優勝は歌で決めろ!』
国王は机に突っ伏した。
「……許可する。余に選択の余地などなかった……」
主人公が頭を抱える。
「国民の声を利用して勝手にルールを変えるな!! 解説役だったくせに!!」
嫉妬はステージ中央で一礼した。
「解説はもう十分ですもの。今度はわたくしが主役ですわ♡」
こうして、王国祭最終競技『歌唱王決定戦』が急遽開催されることになった。
参加者は十人のヤンデレたち、主人公、勇者、ゲイバーのお兄さん。審査は視聴者投票と会場の歓声、そして科学が用意した採点マシン(ただし後で改ざんされる運命だった)。
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まず、控え室で各ヤンデレが準備を始める。
魔導は優雅に杖を振った。
(歌声に魔法をかけるのも、愛ですわ……ふふっ)
「音響魔法、展開しますわ♡ 天使の合唱と聖歌隊を召喚して、バックコーラスにいたします。チャオ♡」
科学は超小型の音声補正装置を喉に装着しながら、端末を操作していた。
(総合優勝データは私のものになるはずだった……だが、まだ挽回可能。音程・音域・ビブラート・倍音を完全制御。採点プログラムも解析済みですわ)
「これで完璧な歌声が出力されます。データ上、負ける要素はありませんわ♡」
薬学は小瓶を並べ、自分の舌に一滴垂らした。
(声帯を最適化……呼吸効率も上げますわ。ただし副作用で少し高くなるかも……でも構いません)
「飲むだけで驚異的な歌唱力ですわ♡ ふふっ、データが取れますわね」
慈愛は優しく手をかざす。
(皆さまが最後まで元気に歌えるように……)
「《フルヒール》で声帯と呼吸器官を整えますわ♡ 枯れないお喉をお渡しします」
森羅万象は紅茶を啜りながら、指を軽く鳴らした。
(空間を整えれば、私の声だけが最適に響きますわね)
「会場の音響を調整いたします。逃げ道……いえ、不協和音はありませんわ♡」
監視は複数のモニターを睨み、世界中の名歌手のデータを解析していた。
(最適な歌い方をリアルタイムで指示……配信映像も最高のアングルで)
「指示を出します。このままでは負けませんわ」
潜入は書類を広げ、冷静にメモを取っていた。
(審査員の好み、採点傾向、選曲相性……勝てる戦略はこれです)
「事前調査は完了しています。勝率は高いはずですわ」
格闘特化は腹筋に力を込めて咆哮した。
「気合だァ!! 声量でぶちかませば勝つ! おれの肺活量を見ろ!!」
拷問特化は静かに発声練習をしていた。
(苦痛に耐えた精神力が、今こそ活きる……悲壮なバラードが似合うな)
「……音程は外さん。いい出来だ」
腰振りはすでに腰を大きく回し始めていた。
「全身を楽器化だぜ☆ ビブラートでステージを揺らしてやる!」
ゲイバーのお兄さんは塩おにぎりを齧りながら、肩をすくめた。
「……普通に歌うだけだ。店で鍛えたちょっとしたセンスで何とかなるだろ」
そして嫉妬。彼女だけは特に何も装着せず、鏡の前で軽く発声練習をしていた。
(わたくしは正攻法ですわ。国民的アイドルとして、皆さまと一緒に歌うだけ……ふふっ、それで十分ですもの)
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本番が始まった。
最初に登場したのは格闘特化。
圧倒的な声量でマイクを破壊しかけ、「うおおおおおおん!!」という気合の咆哮を披露。観客はドン引きしたが、なぜか一部の兵士が感涙した。得点は中の下。
次に腰振り。歌うたびにステージが揺れ、ビブラートが衝撃波と化して前方の観客を数メートル吹き飛ばす。
「やりすぎた……」と本人が反省する中、森羅が即座に「整えましたわ♡」。
拷問特化は暗い照明の中で悲壮感あふれるバラードを熱唱。なぜか聴いているだけで涙が出る完成度だったが、「拘束具を作りながらの練習の賜物です」と解説されて微妙な空気に。
薬学は薬の副作用で声が異常に高くなり、聴衆が耳を押さえる事態に。
「想定内ですわ……たぶん」と本人は強がった。
科学の補正装置は完璧に作動し、機械的に美しい歌声を紡いだ。だが採点マシンが「人間味不足」と判定して低得点。科学は端末を握りしめ、(計算外……!)と焦りを隠せない。
魔導は天使の合唱をバックに神々しい歌声を響かせた。
「歌声に魔法をかけるのも愛ですわ♡」
あまりに荘厳すぎて「これは歌ですか? 召喚ですか?」とツッコミが入り、減点。
森羅万象は空間操作で自分の声だけをどこにいても最適に響かせ、優雅に歌い上げた。だが「整いすぎて感情が伝わらない」とコメントが割れ、惜しくも高得点には届かず。
監視と潜入はコンビで「データ指示+戦略選曲」を駆使したが、二人とも地声が地味すぎて「解説の延長みたい」と不評。
お兄さんは普通に上手かった。選曲センスも抜群で、会場が一時的に「普通のカラオケ大会」の空気になる。主人公が「……お前だけ普通だな」と安堵するほどだったが、総合優勝を狙うにはインパクト不足。
主人公は無理やり出場させられ、「普通に歌いたいだけなのに」とぼやきながらも、そこそこ上手く歌った。だがチート勢の前では埋もれる。
そして最後に、嫉妬が登場した。
照明が落ち、スポットライトが彼女一人を照らす。彼女は微笑んでマイクを握り、配信コメントをちらりと見た。
「皆さまの応援が、わたくしの力ですわ♡」
歌が始まった瞬間、会場の空気が変わった。
国民的アイドルとしての本物の歌唱力。感情を乗せた声がストレートに心に届く。さらに彼女は手を広げ、コメント欄と会場の観客を巻き込んだ。
「一緒に歌いましょう♡」
世界中の視聴者と会場の国民が、自然と合唱を始める。バックコーラスは数千、数万の「普通の声」。チートのない、生の大合唱が会場を包み込んだ。
主人公が叫ぶ。
「お前だけ国民全員をバックコーラスにしてるだろ!!」
嫉妬は歌いながら微笑んだ。
(ふふっ……これでも正攻法ですわよ? 皆さまがついてきてくださるだけのこと)
他のヤンデレたちがステージ袖で焦りの色を浮かべる。
魔導「……魔法より、生の声の方が響くなんて」
科学「データ上、あり得ない……視聴者感情の変数が大きすぎますわ」
薬学「薬の効果が……逆に不自然に聞こえましたわね」
格闘「気合で負けたァ……!」
腰振り「揺れすぎたせいで減点された……」
森羅万象すら紅茶のカップを置き、小さく息を吐いた。
「……整えきれないものがあるようですわね」
歌が終わった瞬間、会場は爆発的な拍手と歓声に包まれた。配信コメントは『嫉妬優勝!!』『総合優勝は嫉妬様!』で埋め尽くされる。
採点結果が発表される。
視聴者投票・会場歓声・(改ざん前の)採点マシンのすべてで、嫉妬が圧倒的1位。
嫉妬はステージで深くお辞儀をした。
「ありがとうございましたわ♡ わたくしが、王国祭総合優勝者ですわね」
主人公が力なく座り込む。
「……最初からこれでよかっただろ。十種競技とか何だったんだよ」
国王は完全に机に突っ伏したまま動かない。
「余は……ただ健全な祭りがしたかっただけなのだ……」
お兄さんが塩おにぎりを差し出しながら呟く。
「……まあ、歌だけは普通に上手かったな。帰れ。店のカラオケ機器、壊れてねえか確認しねえと」
ステージ袖で魔導が扇子を閉じ、いつもの笑顔を浮かべる。
「ふふっ……素敵な締めくくりでしたわね、ご主人様♡ 優勝者の嫉妬も、残念だった皆も、夜は平等に『特別な打ち上げ』をご用意しておりますのよ」
主人公が遠い目をした。
「……またか。普通ののど自慢がしたかっただけなのに」
こうして王国祭は、解説役だった嫉妬が国民の声を味方につけて総合優勝をさらうという、理不尽で賑やかな結末を迎えるのだった。
そして夜は、いつものように更けていく。




