俺の人生を勝手に配信するヤンデレたち「無給で働いてるんだから感謝してください♡」
主人公は自宅で、コーヒーを飲みながらネットの動画配信サイトを眺めていた。
特に目的があったわけではない。おすすめ動画を適当に流し見していただけだった。
すると、見慣れない動画配信サービスの広告が目に入った。
『新登場! 世界中のエンターテインメントをあなたに!』
「へえ、こんなの始まったんだ」
主人公は何気なくサイトを開いた。
映画、ドラマ、アニメ。さまざまな作品が並んでいる。
その中に、妙に見覚えのあるサムネイルがあった。
『伝説の英雄・主人公の軌跡』
「……ん?」
サムネイルには、やたらと顔の整った青年が映っていた。
長いまつげ。鋭い目元。通った鼻筋。艶のある髪。
まるで一流の美形キャラクターのようだった。
「誰だ、こいつ?」
主人公は首をかしげた。
そして、動画を再生した。
魔王ルシファーとの戦い。
大天使ミカエルとの激闘。
無限に成長する薬を飲んだ話。
次元に穴を開けた拳。
そして、十人のヤンデレたちに振り回される日常。
映像はさらに続いた。
無能力場を展開して九人を制圧するシーン。
イケメン加工された主人公が、凛々しい表情で語る。
『俺がお前たちといると、魔物に襲撃されて危険になる。だから俺は離れるんだ』
続いて、格闘特化とのタイマンが異様に美化されて流れる。
スローモーションに花吹雪、背景には夕陽。拳がぶつかるたび光が散り、二人の戦いがまるで伝説の英雄譚のように脚色されていた。
「ぶっ!?」
主人公はコーヒーを吹き出した。
「俺じゃねえかああああああ!!」
映像には、確かに主人公自身の人生が映っていた。
しかし、顔だけが異様にイケメンに加工されていた。
逃げ惑う場面ですら、顔の輪郭は完璧。絶望している場面では涙が美しく頬を伝い、悲鳴を上げる瞬間さえ妙に絵になっている。
しかも、画面にはご丁寧に字幕がついていた。
『絶望する姿さえ美しい、孤高の英雄』
「誰が孤高の英雄だ! 俺は必死に逃げてただけだろうが! 魔物の危険とか言ってねえし! 花吹雪とか出てねえし!!」
同じ頃、配信サービスを見ていた人々の反応も広がっていた。
兵士の一人が兵舎で画面を見つめ、拳を握る。
「師匠と主人公様の戦い……こんなに美しかったのか。俺たちももっと精進しねえとな」
一般の主婦がリビングで涙を浮かべる。
「主人公様、守るために離れたんですのね……。なんて健気なのかしら」
街のビジョンの前に集まった若者たちが盛り上がる。
「あの格闘シーンやばくね? 光りすぎだろ! 最高!」
「イケメンすぎて逆にリアル感なくない? でも泣けるわ」
ネットのコメント欄も溢れていた。
『孤高の英雄、尊い』
『魔物から守るための別離とか、純愛すぎる』
『花吹雪の格闘シーン、何回見ても鳥肌』
『この配信サービス、神』
主人公はそんな周囲の熱狂を知る由もなく、ただ画面に映る美化されすぎた自分に怒りを爆発させていた。
動画の途中でCMが挿入される。
画面に現れたのは、華やかなドレスを着た嫉妬のヤンデレだった。
「みんなー! 『伝説の英雄・主人公の軌跡』、絶賛配信中よ♡
主人公様のカッコいい姿、ぜったい見逃さないでね!
今ならプレミアム登録で特別映像も見放題っ!
愛と冒険と、ちょっとした日常のドタバタを、全力でお届けしますわよ♡」
完璧なアイドルスマイルでカメラに手を振る彼女。
CMは明るく、テンポよく、視聴者の心を掴む出来だった。
「……お前まで宣伝してんのかよ」
主人公は運営情報を調べた。
動画の撮影・監視担当は、監視特化のヤンデレ。
映像編集担当は、潜入特化のヤンデレ。
そして、映像の加工に関する記録には、見慣れた名前があった。
魔導のヤンデレ。
「……あいつかああああああ!!」
その頃、編集室では十人が集まって作業を進めていた。
魔導のヤンデレは自室というより編集ブースで、完成した動画を眺めていた。
「ふふ♡ 主人公様のお顔を、さらに美しく加工して差し上げましたわ♡」
彼女は満足そうに頷いた。
「元のお顔も素敵ですけれど、もう少し目元を鋭くして、鼻筋を整えて、輪郭を引き締めれば……♡」
彼女は魔法を使い、主人公の顔を何度も加工していた。
もちろん、本人の許可など取っていない。
「まあ♡ どの角度から見ても完璧ですわ♡」
その隣で、魔導は自分自身のシーンも調整していた。
画面の中の魔導は、なぜか「なんでも主人公の頼みを聞く健気な少女」に加工されている。
杖を持ちながらも控えめに微笑み、「はい、主人公様のお言いつけ通りに……♡」と従順そうなセリフが追加されていた。
「ふふっ……このくらいのアレンジ、ご主人様も喜んでくださるはずですわ♡」
森羅万象がそっと画面を覗き込む。
「ちょっと待ってくださいませ。正ヒロインは、私にしてくださいませ♡
重力も空間も整えられるのは私ですもの。メインの立ち位置は譲れませんわ」
慈愛が回復の光を放ちながら、疲れた編集スタッフ(他のヤンデレたち)を癒やしつつ口を開く。
「激務のみなさん、ちゃんと回復させてあげますわね♡
……でも、私の出番もきちんと入れてくださいませ。ヒールシーンは大事ですもの。回復=再開ボタンの大切さを、視聴者の方々にも伝えないと」
格闘特化が腕を組み、モニターを睨む。
「おい、俺たちが兵士たちを指導してるシーン、ちゃんと入ってるな?
国防の基礎は俺の拳だ。そこ抜かしたら意味がねえ」
腰振りスペシャリストが軽く腰を振って確認する。
「俺の制御特訓の映像も残ってるか? 衝撃波の美しさ、ちゃんと映してくれよ」
拷問特化が無言でツールを動かし、拘束具のシーンを微調整する。
「……俺のフレームが壊れてないかだけは確認した。いい出来だ」
監視が映像素材を整理し、潜入がカット割りを調整し、科学が数値データを字幕に落とし込み、薬学が効果音のタイミングを合わせ、嫉妬がCM用の追加テイクを録り直す。
編集室は、無給のフル稼働状態だった。
主人公は怒りに震えながら、運営者たちを問い詰めるためにヤンデレたちのもとへ向かった。
そこには、監視特化のヤンデレと潜入特化のヤンデレをはじめ、動画配信サービスの運営に関わった者たちが集まっていた。
「お前ら! 勝手に俺の人生を動画にするな! それに、なんで俺の顔まで加工してるんだ!」
監視特化のヤンデレが、きょとんとした顔で首を傾げる。
「まあ♡ 主人公様の人生を記録して、皆様にお届けしているだけですわ♡
撮影も整理も、全部無給でやっておりますのよ。少しは感謝してくださいませ♡
……それに、再生数もコメントも大盛況ですもの。主人公様の魅力が伝わっている証拠ですわ」
潜入特化のヤンデレも胸を張り、少し誇らしげに目を細める。
「撮影のために、あらゆる場所へ潜入いたしました♡ 戦場でも、異世界でも、主人公様の活躍を余すところなく記録しておりますわ♡
危険な場所ばかりでしたのに、無給ですもの。感謝の言葉くらいいただけませんこと?♡
脚本の構成も私が担当しましたの。物語として美しく整えたつもりですわ」
「頼んでねえよ!」
魔導のヤンデレは、加工済みのサムネイルを主人公に見せ、恍惚とした表情を浮かべる。
「でも、ご覧くださいませ♡ とっても格好よく仕上がっていますわ♡
私は主人公様を美しくするため、何時間も魔法を調整いたしましたの。無給で、ですわよ? 感謝してくださいませ♡
……ふふっ。この目元の鋭さ、鼻筋の通り方……完璧ですわ。ご主人様もきっと気に入ってくださると思ったのですもの」
「そういう問題じゃねえ!」
森羅万象が静かに、しかし揺るぎない口調で口を開く。
「正ヒロインの座を主張したのも、すべて主人公様のためですわ。編集作業も無給。感謝の一つもいただけないのですか?♡
重力も空間も、物語の中でしっかりと『整え』ておきましたの。視聴者の方々にも、私の役割が伝わるはずですわ」
慈愛が優しく微笑み、心配そうに主人公を見つめる。
「みなさんの疲労を癒しながらの編集作業でしたのよ。私の出番もきちんと入れましたわ。無給の回復作業、感謝していただけます?♡
……ご主人様、怒っていらっしゃいますけれど、体は大丈夫ですか? 必要ならすぐにヒールをかけますわね」
格闘特化が拳を鳴らし、熱を帯びた声で言う。
「兵士指導のシーンを残したのも、俺の仕事だ。無給で編集まで手伝った。感謝くらいしろ
……花吹雪は余計だったかもしれねえが、俺とお前の戦いは、ああいう風に残したかった」
腰振りが腰に手を当て、少し不満げに唇を尖らせる。
「俺の特訓映像も綺麗に残したぜ。無給だ。感謝してくれよ
衝撃波の軌道、ちゃんとスローで見せてるだろ? あれが俺の美学なんだよ」
拷問特化が短く、満足げに告げる。
「機材の調整もした。無給だ。感謝してくれ
……拘束具の映りも悪くない。いい出来だ」
科学がタブレットを掲げ、数値を示しながら冷静に続ける。
「データ分析も字幕も、すべて無給ですわ。感謝してくださいませ♡
視聴維持率、コメントの感情分析、すべて良好です。この加工と構成は、統計的に正解でしたわ」
薬学が薬瓶をカチャリと鳴らし、少し拗ねたように言う。
「効果音の調整に薬学的知見を活かしましたの。無給ですわよ? 感謝を♡
……強化薬のシーン、もう少し長くしてもよかったかもしれませんわね」
嫉妬が明るく手を振り、満面の笑みで飛びつくように声を上げる。
「CMも主題歌も、私が無給でやりましたっ! 感謝してね、主人公様♡
みんなの反応、すごくいいの! 『尊い』『泣ける』ってコメントがいっぱい! 私が宣伝した甲斐があったわ!」
すると、ヤンデレたちは顔を見合わせた。
そして、全員が当然のことを告げるように、声を揃えるように言った。
「主人公様?」
「私たちは、こちらの動画配信サービスの運営も、撮影も、監視も、編集も、加工も、CMも、すべて主人公様のために無給で働いているんですのよ♡」
「ですから、少しは感謝してくださいませ♡」
主人公は固まった。
「……無給?」
「はい♡」
「勝手に始めた事業だろ!?」
「主人公様の魅力を世界中に広めるためですわ♡」
「俺の許可は!?」
「主人公様のためですもの♡」
「その理屈で全部押し通すなああああああ!!」
監視特化のヤンデレが、さらに追い打ちをかけるように、優しく、しかし容赦なく続ける。
「ちなみに、主人公様の過去の映像も整理しておりますわ♡ 膨大な時間がかかりましたのよ♡ 無給ですもの。感謝を♡
……この『孤高の英雄』というタイトルも、視聴者の方々にすごく響いているようですわ」
潜入特化のヤンデレも続いた。
「私など、撮影のために何度も危険な場所へ潜入しましたのに♡ 無給ですわ。感謝してくださいませ♡
脚本の『魔物から守るための別離』という解釈も、好評ですもの」
魔導のヤンデレは、加工済みの主人公の顔を指さし、うっとりと目を細める。
「私は主人公様を美しくするため、何時間も魔法を調整いたしましたわ♡ 無給ですのよ? 感謝を♡
……この顔で怒っているご主人様も、また格別ですわね」
「だから頼んでねえって言ってるだろ!」
「まあ♡ そんなに照れなくてもよろしいのに♡」
「照れてねえよ!」
ヤンデレたちは、主人公の怒りをまったく理解していなかった。
彼女たちにとっては、主人公の人生を記録し、作品にし、世界中へ配信することこそが愛情表現だった。
しかも、無給で働いているのだから感謝されて当然だと、本気で考えていた。
一人ひとりが自分の貢献を誇り、主人公の反応を「照れ」や「遠慮」だと解釈している。
主人公は頭を抱えた。
「……俺の人生を勝手にコンテンツにして、勝手に顔を加工して、勝手に商売を始めて……そのうえ感謝しろって?」
「はい♡」
十人のヤンデレたちは、満面の笑みで頷いた。
「主人公様のために、無給で働いているんですもの♡」
「俺のためって言えば何でも許されると思うなああああああああああ!!」
その日、動画配信サービスには新たな映像が追加された。
『主人公様、運営スタッフに感謝できず大激怒!』
サムネイルの主人公は、相変わらず無駄にイケメンに加工されていた。
しかも、再生数は過去最高を更新した。
主人公の悲鳴が、今日も世界中に配信されていた。
編集室の空気が、ふわりと変わった。
森羅万象が優雅に指を立て、軽く鳴らす。
パチン。
「では……ご褒美、いただきますわね♡」
その瞬間、空間そのものが応えた。
主人公の足元から見えない糸のような重力が静かに絡みつき、関節の一つ一つを優しく、しかし絶対的に固定していく。空気の密度が変わり、体を動かそうとする意志すら「整え」られて消されていく。床との距離、腕の角度、首の向き――すべてが森羅万象の望む位置にロックされた。
「なっ……動けねえ……!? 重力が……空間が……体の中まで縛られてる……!」
抵抗しようとしても、筋肉が反応しない。魔力も、気力も、ただの「普通」に戻されていく感覚。逃げ道は物理的にも概念的にも、すでに存在しなかった。
魔導がにっこりと微笑み、杖を軽く振った。
固定されたままの主人公の体が、ふわりと宙に浮く。
「お任せくださいませ♡ 寝室まで、丁寧にお送りいたしますわ♡ チャオ♡」
「待て! 待て待て待て! 動画の話はまだ終わってねえだろおおおおお!!」
主人公の悲鳴が廊下に響き渡る。
十人は仲良く後を追い、楽しそうに話しながら寝室へと向かった。
「今日も素敵な夜になりそうですわね♡」
「ええ♡ 編集の疲れも、これで吹き飛びますわ♡」
「ご主人様の感謝の形を、しっかり受け止めましょう♡」
こうして、動画配信サービスをめぐる騒動は、いつもの「楽しい夜」へと滑らかに移行した。
今日も、ヤンデレたちにとっての幸せな一日が、幕を開けたのである。




