主人公勝利編⑧ 存在しない結婚式と、イケメン加工された俺
## エピローグ:破棄された結婚届と、美化された記録
屋敷の大広間に、十人が揃っていた。
テーブルの上には、あの夜の結婚届が広げられている。十人全員の名前が並び、主人公のサインがしっかりと残った書類だ。
「……これを、どうする」
最初に口を開いたのは格闘特化だった。
彼は書類を手に取り、静かに見つめた後、腰振りと拷問特化に目配せした。
「あの時、魔導は『なるべく尊重する』と言ったはずだ。俺はそれを信じる」
「同感だな。尊重するって言った以上、これは無しだ」
腰振りが腕を組む。
「壊れたら作り直すのが俺の仕事だが……これは作り直す類のもんじゃねえ」
拷問特化が強面のまま、短く同意した。
三人の男が揃って書類を取り上げた瞬間、女性陣が色めき立つ。
「待ってくださいませ! あれは正式な契約ですわよ!?」
魔導が杖を握りしめる。
「逃げ道を消すための、大切な手続きでしたのに……!」
森羅万象が眉をひそめる。
「データとしても貴重ですわ! 破棄なんて非効率的ですわよ!」
科学がタブレットを抱えて抗議する。
「録画も残っていないんですもの……せめて書類だけは……」
監視が小さく呟く。
「薬学的にも、結びつきを強化する効果があったはずですのに……」
薬学が残念そうに唇を尖らせる。
しかし、三人の男は譲らなかった。
「『なるべく尊重』だ。俺たちはそれを守る」
格闘特化が書類を二つに裂く。
「……っ」
森羅万象、魔導、科学、監視、薬学は最後まで必死に粘った。
だが、男三人の沈黙の圧力と、「尊重」という言葉の重みに、ついに項垂れた。
「……わかりましたわ。今回は、引きます」
森羅万象が小さく息を吐く。
「チャオ……ですわね」
魔導が力なく杖を下ろす。
結婚届は、三人の手で完全に破棄された。
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その夜。
みんなで今回の出来事を映像として蘇らせることになった。
だが、問題があった。
「主人公様が、監視特化の機材を壊してしまったので……オリジナルの映像は残っていませんわ」
監視が申し訳なさそうに報告する。
「仕方ありませんわね。記憶と残存データを元に、再構築しましょう」
科学がキーボードを叩く。
出来上がった動画を、全員で囲んで見た。
画面が点灯した瞬間、全員が固まった。
主人公(なぜかイケメン加工され、髪に光沢が追加されている)が、凛々しい表情で語っている。
『俺がお前たちといると、魔物に襲撃されて危険になる。だから俺は離れるんだ』
「……は?」
本人の声が出た。
さらに、格闘特化との戦闘シーンが異様に美化されていた。
スローモーションに花吹雪、背景にはなぜか夕陽。二人の拳がぶつかるたび、光が散る。
「俺、こんなカッコよく戦ってねえぞ……」
格闘特化がツッコむ。
そして最後。
誰も挙げていないはずの結婚式のシーンが、しっかり収録されていた。
白いドレスの女性陣と、タキシードの男三人、中央に立つイケメン加工された主人公。
「してねえよ! 結婚式なんてしてねえよ!!」
主人公が叫ぶ。
だが、動画は続き、幸せそうなエンドロールが流れる。
主人公は椅子に深く座り込み、天井を仰いだ。
「……もう何も言わねえよ」
諦めの声。
しかし、その横顔は、どこか嬉しそうに緩んでいた。
監視と科学が顔を見合わせる。
「この動画、国民にも配信しましょうか? 守護者様たちの活躍として最適な素材ですわ♡」
監視が提案する。
「データとしても完成度が高いですしね」
科学が頷きかける。
その瞬間、格闘特化が低い声で遮った。
「だから、尊重だろ」
科学がピクリと止まる。
「……はい。承知しましたわ」
監視も小さく息を吐き、配信ボタンから手を離した。
大広間に、穏やかな沈黙が流れる。
破棄された結婚届の紙片が、ゴミ箱の中で小さく丸まっていた。
美化された動画は、私的な記録としてだけ残されることになった。
主人公は窓の外を眺めながら、小さく呟いた。
「……次は、もう少しだけ自由をくれよ」
誰も、否定しなかった。
ただ、十人の視線が、優しく、しかし確実に、彼に向けられているだけだった。
そして今日も、ヤンデレたちは主人公を愛し、主人公はどこか嬉しそうに諦め続けるのであった。




