主人公勝利編⑦ 感動の和解……のはずが、結婚届にサインさせられましたわ♡
## 第七章:メガホンの声と、サインの行方
包囲網は、息を呑むように静まり返っていた。
仮屋を完全に囲む兵士たちと、傷も癒えきらない九人のヤンデレたち。
無能力場の余韻がまだ空気に残り、誰も不用意に動かない。
その中から、一人の女性がゆっくりと前に出た。
嫉妬のヤンデレである。
彼女はメガホンを手に持ち、普段の華やかなアイドル笑顔とは違う、真剣な表情を浮かべていた。
「主人公様♡ もう、あなたに勝ち目はありません。どうか、おとなしく出てきてください」
声は明瞭で、仮屋の隅々まで届いた。
主人公は窓の隙間からその姿を見つめていた。
逃げ場がないことは、すでに理解している。
深呼吸を一つ。扉に手をかけた。
ギィ……。
仮屋の扉が開く。
主人公が、ゆっくりと外に出た。
夜風が頬を撫でる。周囲の視線が一斉に彼に集中する。兵士たちは構えを解かず、ヤンデレたちは静かに彼を見つめていた。
嫉妬がメガホンを下ろし、素の声で尋ねる。
「あなたは……なぜ逃げたのですか?」
主人公は少し黙ってから、答えた。
「自由が欲しかったんだ」
簡潔な言葉。だが、その奥には長い夜の疲弊が滲んでいた。
嫉妬は目を細める。
「私たちのこと……嫌いだったんですか?」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
主人公は首を横に振った。声が少し揺れる。
「ただ……少しだけ、自由な時間が欲しかったんだ。誰にも追われず、誰にも愛を押し付けられず、静かに過ごせる時間が」
嫉妬はしばらく彼を見つめた後、周囲に目を向けた。
「そうだったんですね。皆さん……主人公様のお気持ち、わかりましたね?」
九人が、静かに頷く。
森羅万象が前に出た。優雅な足取りだが、どこか反省の色が滲んでいる。
「主人公様。私たち、少しばかりあなたのことを考えずに、自分たちの愛を押し付けすぎましたわ。それがこのような結果を招いてしまったことを……反省しています」
彼女は深く頭を下げた。他の者たちも続く。
「だから……屋敷に戻りましょう。兵士たちにも、これ以上ご迷惑が掛かりますもの」
主人公の目から、涙がこぼれた。
「……ああ」
掠れた声で頷く。抵抗する気力は、もう残っていなかった。
自由を求めて逃げたはずなのに、こうして迎えに来られて、胸の奥が熱くなる。嫌いになれなかった自分が、そこにいた。
その時だった。
「では、ここにサインをお願いしますわ♡」
優雅な声と共に、魔導のヤンデレが現れた。
手には一枚の書類。ペンを添えて、にこやかに差し出す。
「私たちも、これからはあなたの自由を『なるべく』尊重しますわ。ですから……今度は逃げないでくださいね♡」
主人公は、涙で視界がぼやけたまま、書類に目を通すこともなくサインをした。
「……わかった。もう、逃げない」
魔導の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
にやり、と。
「ありがとうございますわ♡ これで正式に……」
主人公が書類の内容に気づいたのは、その直後だった。
結婚届。
しかも、十人全員の名前がすでに並んでいる。
「なんじゃこりゃあああああああ!?」
絶叫が夜空に木霊する。
「待て! これは結婚届じゃねえか! 話が違うだろ! 『なるべく尊重』って何だよ! サインする前に説明しろおおおおお!!」
周囲のヤンデレたちが、一斉に微笑む。
「ふふっ……ご主人様ったら、慌てていらっしゃる♡」
「愛の契約ですわ♡」
「これで逃げられませんものね♡」
兵士たちも、どこか安堵したような顔で見ていた。
騒動が終わることを、誰もが望んでいた。
その時、主人公の背後に影が伸びる。
「さて……帰るか」
格闘特化の低い声。
次の瞬間、正確な手刀が首筋を捉えた。
「ぐ……っ」
主人公の体が、力なく崩れる。
格闘特化は彼を軽々と担ぎ上げ、熱を帯びた声で呟いた。
「お前の背中は、まだ追う。だが今夜は……これで終わりだ」
腰振りが推進力を添え、拷問特化が周囲の安全を確認する。
森羅万象が空間を整え、魔導が転送の準備を始め、慈愛が回復の光を準備し、他の者たちもそれぞれの役割に戻っていく。
兵士たちは一斉に道を開けた。
「守護者様たち、お疲れ様でした!」
「国の平和が戻りますように!」
嫉妬がメガホンを上げ、最後に明るく叫ぶ。
「みんなー! ご協力ありがとうっ♡ これで安心ね! 愛は勝ったわよー!」
国民の応援コールが、遠くで小さく響く。
こうして、無能力場が生んだ一夜の大騒動は、幕を閉じた。
主人公は気絶したまま、十人に囲まれて屋敷へと連れ戻されていく。
結婚届は、しっかりと魔導の手の中にあった。
夜の闇が、ゆっくりと全てを包み込んでいく。
そしてヤンデレたちは、今日も、明日も、愛する人を離さないのであった。




