主人公勝利編⑥ 逃走作戦、完全封殺! 読まれていた最後の一手
## 第六章:静かすぎる夜と、読まれた一手
仮屋の夜は、異様なほど静かだった。
ペンを置いた主人公は、ふと周囲の空気に違和感を覚えた。
静かすぎる。
いつもなら遠くで車の音や人の話し声が聞こえるはずの住宅街が、今は水を打ったように沈黙している。風の音すらない。
「……おかしい」
机から離れ、窓に近づく。カーテンの隙間から、そっと外を窺った。
視界に入った光景に、彼の表情が凍りついた。
仮屋を完全に取り囲むように、人影がびっしりと並んでいる。
先頭には、まだ傷の癒えていない格闘特化、腰振りスペシャリスト、拷問特化の三人が立っていた。その後ろには、王国軍の兵士たちが整然と陣形を組んでいる。数は百を優に超える。重装備に身を包み、視線をすべて仮屋に向けていた。
「……ばれた、か」
逃げた居場所が、完全に特定されていた。
しかも、集まっているのはヤンデレたちだけではない。王国の兵士たちまで動員されている。圧倒的な軍勢だ。
主人公は窓から身を引き、壁に背を預けて考え込んだ。
このまま外に出ても膠着状態になるだけだ。最終的には格闘特化をはじめとした武闘派に取り押さえられるだろう。無能力場が続いている今、相手も特殊能力は使えない。だが数と囲み方が段違いすぎる。
「まだ逃げてから数日だ。あいつらは完全には回復していないはずだ……」
彼は自分の体内に残る『股間無』の力に意識を集中させた。
無能力場を、意図的に数秒だけ解除する。その一瞬の隙に兵士たちを物理で制圧し、逃走ルートを強引にこじ開ける。
これが、主人公が立てた作戦だった。
「数秒あればいい。俺の身体能力なら、囲みを突破できる」
深呼吸を一つ。拳を握りしめる。
しかし、その作戦は――最初から読まれていた。
仮屋のすぐ近く、影に溶けるように潜んでいた潜入特化が、緊張した面持ちで主人公の動きを監視していた。
彼女の手には、復旧したばかりの小型通信機がある。
(主人公様……やはり、そう来ますわね)
潜入は唇を噛んだ。心臓が早鐘を打っている。
無能力場が解けた瞬間、自分たちの能力も戻る。だが、その一瞬で主人公が何をするかを正確に読み、伝える必要がある。失敗すれば、また逃がすことになる。
命がけの作戦だった。
「……監視さん。準備を」
通信機に小さく囁く。声が微かに震えていた。
「主人公様が、能力を解こうとしています。タイミングは……今ですわ」
仮屋の中。
主人公は目を閉じ、体内の概念に干渉した。
「……解け」
ズドォォォン……!!
無能力場が、意図的に解除される。
数秒間だけ、世界に特殊能力が戻る。
その瞬間だった。
「――整えましたわ♡」
優雅で、しかし絶対的な声が夜空に響いた。
森羅万象のヤンデレが、兵士たちの援護を受けながらゆっくりと前に出ていた。まだ完全には回復していない体で、それでも指を優雅に鳴らす。
空間が軋む。
主人公が解き放った『股間無』の概念を、彼女は自らの重力と空間支配で逆に封じ込めた。
「逃げ道は……ありませんわ♡」
無能力場が、今度は主人公だけを対象に再展開される。
「なっ……!?」
主人公の目が見開かれる。
自分が解除したはずの力が、即座に封じ込められた。しかも、相手側の能力は一部が戻り始めている。
「読まれて……いたのか」
窓の外で、潜入特化が影から姿を現す。緊張で青ざめながらも、安堵の表情を浮かべていた。
「ご主人様の行動パターン……すべて計算済みですわ。安全対策、完了しました♡」
監視特化の声が、復旧した通信機から全員に届く。
「映像確認。包囲網に隙なし。ご主人様の能力、再封印を確認しますわ」
格闘特化が一歩前に出る。拳を握りしめ、熱を帯びた声で告げた。
「終わりだ、主人公。今度は俺たちが、お前を迎えに来た」
兵士たちも一斉に構えを取る。
「守護者様たちをお守りする! 囲め!!」
主人公は仮屋の中央で、ゆっくりと息を吐いた。
作戦は失敗した。
逃げ道は、再び消された。
だが、彼の目には、まだ諦めの色はなかった。
「……まだだ。俺は、まだ自由を諦めてねえ」
仮屋の扉が、外側からゆっくりと開かれる。
夜風と共に、九人の視線と、兵士たちの熱が流れ込んできた。
完全勝利は、本当に、終わろうとしていた。




