主人公勝利編⑤ 逃げた先で思い出す、ヤンデレたちとの日々
## 振り返る筆と、こぼれた涙
仮屋の夜は静かだった。
机の上には、書きかけの原稿用紙が散らばっている。
主人公はペンを走らせながら、いつの間にか筆を止めていた。
自分のこれまでの生活を、小説という形で振り返っている。
確かにあいつらは無茶苦茶だった。
愛は重く、すぐに実力行使に出る。
拘束具で固定され、夜ごと「ファンサービス」と称される地獄を繰り返され、逃げても追いつかれ、希望を与えられて裏を取られる。
森羅万象に空間を消され、魔導に「お任せくださいませ♡」と微笑まれ、科学に数値で詰められ、薬学に体を改変され、監視にすべてを録画され、潜入に逃げ道を塞がれ、慈愛に回復されて再開され、嫉妬に応援され、格闘に鍛えられ、腰振りに吹き飛ばされ、拷問に頑丈な器具で固定される。
どれを取っても、普通の人生ではなかった。
「……本当に、俺はそれが嫌だったのか」
ペンを置く。
指先が微かに震えていた。
思い出が、次々と浮かぶ。
股間を木っ端微塵にされた夜。
「やっと自由になれる」と本気で思った。
桃太郎ごっこで、鬼退治のはずがとんでもない騒動になった日。
人魚姫ごっこで、王子や周囲の男たちまで巻き込まれたあの結末。
シンデレラごっこで、舞踏会がヤンデレたちの独占欲で滅茶苦茶になった夜。
童話ごっこで、国王も恋愛の達人もゲイバーのお兄さんも、全員が妙な役を演じさせられた時間。
そして、どんなに滅茶苦茶な展開になっても、最後には全員が本気で役になりきっていた、あの瞬間。
どれも、あいつらの「愛」がなければ起きなかった出来事だ。
「俺なんで逃げたんだっけ? あいつらのこと、嫌いなんだっけ?」
答えは、すぐには出ない。
重すぎる愛に押し潰されそうになりながらも、確かに「守られている」感覚があった。
自由を望んでいたはずなのに、自由を手にした今、胸の奥が妙に寂しい。
気づくと、目から涙がこぼれていた。
「……、何だよこれ」
袖で乱暴に拭う。
それでも止まらない。
横で、潜入特化が黙ってその姿を見つめていた。
編集者としての顔を崩さず、ただ静かに座っている。
彼女の内心は、大きく揺れていた。
(ご主人様が……私たちのことを、ちゃんと想ってくださっている……)
普段は論理で詰め、逃げ道を塞ぎ、安全対策を優先する彼女。
感情を表に出すことは少ない。
だが今、主人公の涙を見て、自分の目にも熱いものが込み上げてきた。
(嫌われていると思っていた。重荷だと思われていると。でも……違う。ご主人様は、私たちのことを忘れられないでいてくださる)
彼女は唇を噛み、そっと目元を押さえた。
涙が、指の隙間からこぼれる。
(このまま、傍にいさせてくださいませ。物語の続きを、一緒に……)
その時だった。
潜入のイヤホンに、微かな通信音が入る。
監視特化の声。
通信網が、最低限復旧したのだ。
「……潜入さん。準備が整いました」
短く、しかし確かな声。
潜入は深呼吸を一つし、編集者の顔に戻る。
主人公には聞こえないよう、小さく返信した。
「了解ですわ。こちらも、状況は把握しています」
彼女は立ち上がり、主人公に温かいお茶を差し出した。
「少し、休憩しましょう。続きは、焦らなくても書けますもの」
主人公は涙を拭いながら、受け取る。
「……ああ。そうだな」
仮屋の外では、すでに世界が動き出していた。
兵士たちの足音が近づき、国民の応援の波が広がり、残った男たちが機材を復旧させている。
主人公はまだ、そのことを知らない。
ただ、自分の心の奥で、逃げた理由を探し続けている。
潜入は、その横顔を見つめたまま、静かに思った。
(ご主人様。あなたの自由を、私たちは奪い続けてきました。でも……あなたが涙を流してくれるなら。それだけで、私は十分ですわ♡)
ペンはまだ、机の上に置かれたままだった。




