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主人公勝利編③ 自由を手にした男、国民総出で追われる

## 第三章:影の追跡と、世界が動いた夜


無能力場が地球を覆ったまま、夜は更けていた。


特殊能力のほとんどが無力化された中で、ただ一人、淡々と動き出した者がいた。


潜入特化のヤンデレである。


彼女は元々、派手な魔法や重力操作に依存しない。変装、先回り、経路計算、論理的な封鎖――その実務能力こそが本領だった。


「ご主人様の逃走経路……予測可能ですわ」


屋敷を出た主人公の行動パターンを、過去の記録から冷静に分析する。

疲労度、精神状態、これまでの逃亡傾向。すべてを論理で詰めていく。


「ゲイバーのお兄さんの仮屋に向かう確率、87%。安全対策として、先行しますわ♡」


彼女は影のように街を滑り、主人公が身を寄せた仮屋を突き止めた。


一方、仮屋の中。


主人公は机に向かい、ペンを走らせていた。


「……俺の人生、漫画にしたら売れるんじゃねえか?」


股間を失い、能力を封じ、九人を倒し、格闘特化と互角に渡り合った日々。

振り返れば、あまりにも非日常的な連続だった。


彼は小説家を目指すことにした。


持ち込み企画は「人類最強がヤンデレ十人に追われる日常」という荒唐無稽な設定が面白がられ、運良く連載が決まる。何とか生計は立てられるようになった。


だが、執筆は思うように進まない。


「次どうすればいいんだよ……。展開が思いつかねえ……」


頭を抱える主人公の前に、一人の女性が現れた。


「編集部から参りました。アシスタント兼編集を担当させていただきます」


普通の、少し控えめで知的な女性。

その正体が潜入特化であることに、主人公は全く気づかなかった。


「……助かります。正直、一人じゃ限界で」


「お任せください。安全に、確実に、物語を進めましょう♡」


潜入は表向きは優秀な編集者として、主人公の執筆を支えた。

構成の穴を指摘し、キャラクターの心理を補強し、逃げ道のない展開を提案する。


彼女の内心は静かだった。


(ご主人様が自分の力で生きようとしている……。邪魔はしませんわ。ただ、傍にいて、必要な時に経路を整えるだけ。それが私の役割ですもの♡)


こうして主人公の小説は少しずつ名を上げていった。

読者は「この主人公、実在しそう」と噂し、売上部数は着実に伸びる。


その頃。


ライブステージに戻った嫉妬のヤンデレは、ファンの前で立ち止まった。


監視からの緊急無線を受け、会場の空気が一変する。


「みんな……! 聞いて!!」


ドーム全体が「えっ?」と静まり返る。

配信画面のコメント欄も『どうした?』『演出?』と騒然となった。


嫉妬は涙を目に浮かべ、カメラ目線で、全世界の視聴者に向かって叫んだ。


「今、私たちの愛する『守護者様たち』が……最大の危機に瀕しているの!!」


「「「えええええええええっ!?」」」


ドームの観客が一斉にどよめいた。


「主人公様が……主人公様が恐ろしい力を発揮して、国を守ってくれているヤンデレ様たちを……一人、また一人と倒しているの! このままじゃ、ヤンデレ様たちが全滅させられちゃうわ!!」


嫉妬は胸の前で手を合わせ、悲痛な声を張り上げた。


(私は他の子に嫉妬しない。だからこそ、みんなを応援する役が似合うの。今は、国民の力を借りる時……!)


「お願いみんな! 理由なんてどうでもいいの! 今すぐテレビの前で、スマホの前で、このドームで……ヤンデレ様たちに応援パワー(エール)を送って!! みんなでヤンデレ達を応援するのよーーーっ!!」


——その瞬間、世界が揺れた。


「守護者様たちを負けさせるなあああ!!」

「俺たちの平和な日常を守ってくれえええっ!!」

「頑張れえええ! ヤンデレ様たちーーーっ!!」


ドームを埋め尽くす数万人のペンライトが一斉に燃え上がるような赤に染まり、地鳴りのような「ヤンデレコール」が巻き起こった。


テレビの前の国民も、街頭ビジョンの前の人々も、一斉に両手を掲げて祈りを捧げ始める。


「ヤンデレ様がいなくなったら、国防はどうなるんだ……!」

「災害も、病気も、犯罪も……全部、あの人たちが抑えてくれてたのに!」

「俺たちの生活が、崩れる……!」


不安が、感謝に、そして行動に変わっていく。


ドーム球場での嫉妬の緊急生配信は、王城の各施設にもリアルタイムで届いていた。


「な……なんだと……!?」


王城の訓練場。モニターを見上げていた兵士たちが騒然となる。


「格闘様や魔導様たちが……全滅させられる……!?」

「そんなバカな! あの絶対的な強さを誇る守護者様たちが!?」


兵士たちや若手魔術師たちの頭に、これまで過ごした日々が走馬灯のように駆け巡る。


厳しいが愛のある拳を叩き込んでくれた、格闘特化の情熱的な稽古。

「基本が甘いですわ♡」と優しく(?)シバき倒しながら、戦略級の術式を教えてくれた魔導の熱心な指導。

へばった自分たちをニコニコ顔で瞬時に完治させてくれた慈愛の光。

災害を「整え」てくれた森羅万象の優雅な手。

薬を調合してくれた薬学、装備を強化してくれた拷問特化、情報を守ってくれた監視と潜入。


自分たちが今、こうして一人前の軍人として立っていられるのは、すべてあのヤンデレ様たちのおかげなのだ。


「……おい、俺たちは今まで何のために鍛えてきたんだ!?」


汗だくの兵士が一人が、拳を握りしめて叫んだ。


「国を守るため! そして……俺たちを導いてくれた師匠(ヤンデレ様たち)の危機に恩を返すためだろうが!!」


「そうだ!!」

「今まで稽古や指導をしてくれたヤンデレ様達の危機だ! 助けに行くぞーーーっ!!」


「「「「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」


訓練場に野太い咆哮が響き渡った。


「魔導師隊、全員詠唱開始! 術式が消えても物理で陣を組め! 魔法陣の構築技術を見せてやれ!」


「衛生兵! 慈愛様と薬学様をお守りするぞ! 回復魔法がなくても応急処置はできる! 負傷者を一人も見捨てるな!」


「工兵隊、前進! 拷問様直伝の国防新素材で防壁を構築しろ! 敵の進路を塞ぎ、守護者様たちへの道を切り開け!」


「白兵戦部隊、抜刀! 格闘様に叩き込まれた近接戦闘の技術を忘れるな! 魔法も特殊能力も関係ない! 鍛え上げた肉体と技術で突破するぞ!」


「盾兵、前列を固めろ! 後列の槍兵は間合いを維持! 森羅万象様に教わった陣形を崩すな! 一歩も退くな!」


「偵察部隊、先行しろ! 監視様と潜入様から学んだ情報収集と経路分析を活かせ! 敵の位置、障害物、最短経路を報告しろ!」


「補給部隊、物資を切らすな! 薬学様の教えを思い出せ! 水、包帯、予備装備を前線へ運べ! 戦いは補給で決まる!」


「全軍、聞け! 俺たちが今日まで生き延び、強くなれたのは誰のおかげだ! 今度は俺たちが、あの方々をお救いする番だああああっ!!」


いつもはヤンデレたちの鬼指導にブルブル震えていた兵士や魔導士たちが、師を救うべく目つきを変えた。


彼らは重装備を整え、魔法が使えぬならと力任せに軍馬や装甲車を叩き起こし、怒濤の勢いで城門を突破。主人公が鎮座するあの屋敷を目指して全速力で進撃を開始した。


「待っていてください、格闘師匠! 今、俺たちが助けに参ります!!」


国民の不安と感謝が、巨大な救助の波となって動き出した夜であった。


潜入は仮屋の窓から、遠くで起きる喧騒を静かに聞いていた。


(……ご主人様。あなたが自由を手に入れた代償は、想像以上に大きかったようですわね♡)


彼女は編集者の顔のまま、主人公に優しくお茶を差し出した。


「続きを書きましょう。物語は、まだ終わっていませんもの♡」


主人公は何も知らず、ペンを走らせ続ける。


世界が、彼の「完全勝利」を終わらせに来ることを知らずに。


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