主人公勝利編② 人類最強の拳と、背中を追う男の決闘
## 背中を追う拳、火事場の決着
夜風が吹き抜ける屋敷の出口。
格闘特化の男ヤンデレが、拳を固め、真剣な眼差しで主人公を見据えていた。
「さあ、主人公! 能力はお互いなしだ。差しでやりあおうか。今までの修行の成果。今日こそあなたを超えて見せる」
主人公は息を整えながら、静かに拳を構えた。
股間はない。特殊能力もない。
だが、人類最強の身体は健在だった。
「……来い」
二人は同時に踏み込んだ。
ドカッ! バキッ! ゴォォォン!!
拳と拳がぶつかり、衝撃波が夜の空気を裂く。
かつては一方的に押されていた格闘特化。
しかし今の彼は違った。
血のにじむような努力があった。
慈愛に何度も癒されながら、腰振りの衝撃波を真正面から受け止め、手数で打ち消す技術を身につけた。
大魔王ルシファーとの一騎打ちで、ついに「数」の領域に到達したのだ。
「以前の俺なら、ここで終わっていた……!」
神速の連打が主人公を襲う。
一撃の重みではなく、圧倒的な手数。
正拳、肘、膝、回し蹴り。すべてが途切れることなく連鎖する。
主人公は受け、かわし、返す。
だが、互角だった。
「チッ……お前、本気で強くなってるじゃねえか……!」
「当然だ! 俺はお前の背中を追い続けてきた! もう、一人じゃない……仲間がいたから、ここまで来れたんだ!」
バキッ! ドガッ!
互いに一歩も引かない。
壁が砕け、床が陥没する。
純粋な肉体同士の激闘は、屋敷の周囲を震わせた。
しかし、主人公には「蓄積」があった。
森羅万象に空間を封じられ、魔導に裏を取られ、科学に分析され、監視に録画され、慈愛に回復され、薬学に改変され――。
毎回「お仕置き」と称されて受けてきた理不尽な経験が、今、動力源となって燃え上がる。
「俺は……逃げ回るだけで、修行なんてしてねえ……! だが、お前らにやられ続けた日々が……今の俺を作ってるんだ……!!」
火事場の馬鹿力が目覚めた。
限界を超えた筋肉が悲鳴を上げ、意識が白く染まる。
だが、拳は止まらない。
ドゴォォォォォン!!
最後の一撃が、格闘特化の顎を正確に捉えた。
「……ぐ、ぅ……!」
格闘特化は大きく後ずさり、片膝をついた。
しばらくの沈黙。
「……負けた、か」
彼は苦笑しながら、拳を緩めた。
「お前の拳は、確かに重くなった。いや……その執念が、重い。俺はまだ、届いていない」
主人公は肩で息をしながら、静かに答えた。
「お前も……十分、届いてるさ」
二人は同時に、力尽きたようにその場に座り込んだ。
接戦だった。
ほんのわずかな差で、主人公が勝利したに過ぎない。
「……俺は、まだ追うぞ。お前の背中を」
「ああ。いつでも来い」
「俺の負けだ。行け。止めはせん」
「ああ。そうさせてもらう」
そう言い残し、主人公はよろめきながらも屋敷を出た。
夜の空気が、久しぶりに自由に感じられた。
――その頃。
ライブステージでは、嫉妬のヤンデレがファンの大歓声を浴びていた。
「みんなー! 今日も愛をありがとうっ♡ 次の曲いくわよー!」
華やかな照明、笑顔のアイドル。
国民的人気を誇る彼女のステージは、最高潮に達していた。
その時、イヤホンに緊急無線が入る。
監視特化の冷静な声。
「……嫉妬さん。緊急連絡ですわ。ご主人様が、能力無効化状態で九人を制圧。格闘特化とのタイマンにも勝利し、屋敷を出ました」
嫉妬の笑顔が、一瞬だけ固まった。
(……え? 本気で勝っちゃったの?)
だが、次の瞬間、彼女はさらに輝く笑顔をファンに向けた。
「みんな、もう少しだけ待っててね♡ ちょっと大事な用事が入っちゃったみたい!」
ステージ袖に下がると、無線に小さく返す。
「了解。すぐに向かうわ。私の出番、やっと来たみたいね……♡」
夜の街に、アイドルの緊急出動が始まるのであった。




