世界一平和な国と、世界一不幸な主人公
国の日常は、表向き極めて平和であった。
朝。
王城の広大な訓練場では、すでに激しい声が飛び交っている。
「もっと腰を落とせ! 拳は直線だ! 俺は真剣に鍛えているぞ!」
格闘特化の男のヤンデレが、物理専門の兵士たちを熱血指導していた。汗だくの兵士たちが整列し、彼の示范する型を必死に真似る。国を守る拳を教える彼の姿は、まさに国防の象徴であった。
「は、はい! 師匠!!」
兵士の一人が声を上げると、格闘特化は満足げに頷く。
「いいぞ。お前らなら国を守れる。俺について来い!」
一方、城の別棟にある魔術研究所では、魔導のヤンデレが優雅に杖を摆らせていた。
「法則干渉の精度が甘いですわ。もう一度、最初から。お任せくださいませ♡」
彼女は国の魔術師たちの現場監督を務め、戦略級魔力の運用を厳しく、しかし笑顔で指導する。若手魔術師たちが彼女の言葉に震えながらも、確実に技術を向上させていく。
「は、はい……魔導様……!」
昼過ぎ。
激しい稽古で疲労困憊になった兵士たちが、続々と医務室に運ばれてくる。
「まあまあ♡ よく頑張りましたわね。すぐに治して差し上げますわ♡」
慈愛のヤンデレが柔らかな光を手に宿す。フルヒールの光が兵士たちを包み込み、傷も疲労も一瞬で消え去る。
「ありがとうございます、慈愛様……!」
隣では薬学特化のヤンデレが、回復を補助する特効薬を配っている。
「この薬を飲めば、筋肉痛も残しませんわ♡ データも取れますしね♡」
兵士たちは心から感謝し、すぐに次の訓練へ戻っていく。回復は休息ではなく、再開のボタンであった。
午後。
沿岸部に大型の台風が接近しているとの報告が入る。
「整えましたわ♡」
森羅万象のヤンデレが優雅に手をかざすと、暴風は穏やかなそよ風に変わり、大雨は慈雨へと変換された。津波の兆候すら、空間ごと「整え」られて消える。
国民は空を見上げ、安堵の声を上げた。
「森羅万象様がいてくださるから、災害なんて怖くない……!」
夜。
繁華街の一角にあるゲイバーは、以前より明るく活気に満ちていた。
ヤンデレたちの協力でリニューアルされた店は、森羅万象が世界中から厳選した食材を使い、格闘特化の「連打」と腰振りスペシャリストの「一拍の余韻」で調整された新メニューが人気を博している。売上は以前の倍以上。常連客で毎晩満席だ。
店主であるゲイバーのお兄さんは、カウンターで塩おにぎりを握りながら、呆れつつも小さく笑った。
「……まあ、売れちゃ悪い気はしねえがな」
国民は、こうした日常のすべてを心から崇拝していた。
「守護者の皆様のおかげで、この国は世界一安全で豊かだ」
「魔導様の指導で魔術師が強くなった」
「格闘様の稽古で兵士が頼りになる」
「慈愛様と薬学様がいるから怪我も怖くない」
「森羅万象様が災害を止めてくださる」
「店も美味しくなったし、生活が本当に楽になった」
感謝の声は街中に溢れ、支持率は常に99%を超えていた。監視特化が記録する世論調査でも、文句のつけようがないほど高い。
潜入特化は防諜を完璧にこなし、科学特化はインフラを数値で最適化し、嫉妬のヤンデレはアイドル活動で国民の士気をさらに高める。腰振りスペシャリストは制御特訓を続けながら発電に貢献し、拷問特化は国防新素材で街の設備を強化する。
誰もが、彼女たち(と彼ら)を「世界を守る英雄」として尊敬し、愛していた。
そして、あの恐ろしい守護者様たちをその身一つで繋ぎ止め、国に平和と繁栄をもたらしている主人公を、国民は「ヤンデレ様たちの守護神」と崇めていた。
ただし。
夜の屋敷では、別の日常が静かに進行していた。
主人公は、頑丈な拘束具で固定された椅子に座らされ、十人の「愛情」を一身に受けていた。
「ご主人様♡ 今日も国を守ってくださってありがとうございますわ♡」
「夜のファンサービスも、きっちりと♡」
肉体は無傷。精神だけが、じわじわと削られていく。
国民は知らない。
彼らが崇拝する守護者たちの「余剰能力」のほとんどが、実はこの一人の男の回収と夜の生活に費やされていることを。
主人公が夜の生活の犠牲になっているのを除けば――。
この国の日常は、完璧に平和であった。
そしてヤンデレたちは、今日も笑顔で国を守り、明日もまた、主人公を「愛して」いくのであった。




