番外編5 シンデレラ城へ飛ばされた地上最強の男、帰ったら地獄の特訓が始まった
主人公には、誰にも知られてはいけない秘密があった。
それは、シンデレラ城(婚活パーティー)に行くことだった。
もちろん、十人のヤンデレたちには内緒である。
彼女たちは主人公を心から愛している。主人公もまた、彼女たちを愛している。しかし、十人から注がれる愛情はあまりにも重かった。
一人になりたい。
静かに過ごしたい。
たまには誰にも邪魔されず、素敵な女性と二人きりの時間を過ごしたい。
そんなささやかな願いを叶えるため、主人公は秘密の舞踏会――通称「シンデレラ城(婚活パーティー)」に出かけることにした。
ところが、舞踏会に出かけるための馬車がない。
困り果てていた主人公の前に、いつも通りの魔導のヤンデレが現れた。
「お困りのようですね、お客様♡」
「……魔導か。実はな、俺のシンデレラ城に行くための馬車を用意してくれ。もちろん、ほかのヤンデレには内緒で頼む」
主人公は声を潜めて頼んだ。
魔導のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。
「承知いたしましたわ♡」
彼女は杖を軽く振った。
その瞬間、情報は魔法で秒速共有され、十人全員に伝わっていた。
(ふふっ……ご主人様、内緒だなんておっしゃりながら、こんなに可愛らしいお願いをしてくださるなんて♡ すぐにみんなに教えなきゃ……いえ、魔法で共有済みですわ♡)
魔導のヤンデレは内心でそう呟きつつ、表向きは優雅に頷いた。
「それでは、馬車でお送りいたしますわ♡」
彼女が魔法で出現させた豪華な馬車に主人公を乗せようとした、その時だった。
「こっちの方が効率的だぜ」
格闘特化の男ヤンデレが、いきなり割り込んできた。
「は? お前いつから……」
「黙って飛べ」
次の瞬間、格闘特化の男は主人公を思い切り蹴り飛ばした。
**ドゴォォォォン!!**
主人公の体が空を舞う。
しかし、出力が足りなかったのか、シンデレラ城までは届かなかった。
「ちっ……まだ足りねえか」
格闘特化が舌打ちしたところで、腰振りのスペシャリストの男ヤンデレが悠然と現れた。
「あとは俺に任せろ」
彼は腰に手を当て、ニヤリと笑った。
「二段ロケット方式だ」
**ブンッ!!**
第一段階の衝撃波が主人公の体をさらに加速させる。
**バチバチバチッ!! ドゴォォォォォン!!**
第二段階の雷を纏った衝撃波が追い打ちをかけ、主人公は一直線にシンデレラ城へ突き刺さるように飛んでいった。
「うおおおおおおおおお!!」
なんとか主人公は、シンデレラ城の会場に到着した。
体のあちこちが少し痛むが、魔法の衣装は無事だった。
もちろん、彼は知らなかった。
この舞踏会そのものが、十人のヤンデレたちによって計画された余興だったことを。
彼女たちは主人公を愛している。
だからこそ、彼がどんな顔をして舞踏会に出かけ、どんな女性と踊り、どれほど楽しそうに笑うのか。
一度、見てみたかったのだ。
もちろん、彼女たちは全員、変装して舞踏会に参加していた。
主人公はそんなことなど知る由もない。
舞踏会に到着した主人公は、会場の片隅で一人の美しい女性を見つけた。
彼女は優雅なドレスを身にまとい、主人公に微笑みかけた。
「一緒に踊っていただけますか?」
「もちろん!」
二人は手を取り合い、音楽に合わせて踊り始めた。
女性は主人公の話をよく聞き、楽しそうに笑い、優しい言葉をかけてくれた。
主人公は久しぶりに心の底から楽しいと思った。
誰にも追いかけられない。
誰にも体力を鍛えられない。
誰にも四六時中、愛を囁かれない。
ただ、好きな人と踊っている。
それだけで十分だった。
「今日は来てくれてありがとう」
女性がそう囁く。
「俺も、君に会えてよかった」
主人公は心からそう答えた。
その様子を、会場のあちこちから見守る変装した女ヤンデレたち。
彼女たちは互いに目配せし、満足そうに頷いた。
魔導のヤンデレ(優雅な貴婦人に変装)は、扇子で口元を隠しつつ、心の中で呟いた。
(ふふっ……ご主人様、あんなに嬉しそうなお顔……♡ 私が用意した馬車と衣装で、こんなに輝いてくださるなんて。でも、本当は私と踊りたかったのでしょう? 帰ったら、たっぷり魔法で「お礼」して差し上げますわ♡)
慈愛のヤンデレ(清楚な白ドレスの淑女に変装)は、穏やかな笑みを浮かべながら、優しく主人公を見つめていた。
(ああ……ご主人様、今日は本当に楽しそう……♡ あんなに心が軽そうなお顔を見るのは久しぶりですわ。でも、踊り疲れたらすぐにヒールをかけて差し上げますからね。今夜は私が、あなたの一番近くで癒やしてあげたい……♡)
嫉妬のヤンデレ(華やかなアイドル風ドレスに変装)は、両手を胸の前で組んで、目を輝かせていた。
(きゃぁっ♡ 主人公様、すっごく素敵ですわっ! あの女性とも楽しそうに踊って……両方とも輝いてる! 私、応援しちゃいますっ! でも、本当は私が隣にいたかったなぁ……♡ 帰ったら「お疲れ様ライブ」してあげなきゃ!)
科学のヤンデレ(知的な眼鏡付きドレス姿に変装)は、冷静に分析しながらも、内心は熱を帯びていた。
(心拍数上昇、表情筋の弛緩……明らかに「幸せ」の数値ですわね。データをしっかり記録しておかなければ。この状況下でのご主人様の反応は貴重なサンプル……♡ でも、もっと私の発明した衣装で踊ってほしかった……次は計測機能付きにしましょう)
監視のヤンデレ(控えめな黒ドレスに変装)は、会場の隅から全体を把握しつつ、小さく微笑んだ。
(4K画質で全部録画中ですわ♡ ご主人様の笑顔の角度、視線の動き、全て保存……。他の女性といる姿も、後でみんなで共有しましょう。でも、私のカメラにだけ映る特別な表情が欲しいですわね……♡)
潜入のヤンデレ(全く目立たない一般参加者風に変装)は、影のように寄り添いながら、心の中で静かに想っていた。
(……ご主人様、今日は本当にリラックスしている。普段の緊張が嘘のよう。私が影で守っているから、安心して踊れるのですわ。でも、本当は私の腕の中で休んでほしかった……♡ 帰ったら、もっと密かに寄り添って差し上げます)
森羅万象のヤンデレ(自然を思わせる緑がかったドレスに変装)は、ゆったりとした雰囲気で主人公を包むように見つめていた。
(ふふっ……ご主人様の心が、今日はとても軽いですわね♡ 自然のように穏やかで。でも、いつでも私が重力で包み込んであげられますから。帰ったら、岩盤浴のような「愛の包み込み」をして差し上げますわ♡)
彼女たちは仲良く笑い合った。
「楽しそうですね」
「ええ。大成功です」
「それにしても、あんなに嬉しそうな顔をするなんて」
「ふふっ。帰ってからが楽しみですね」
主人公は、最後まで何も気づかなかった。
やがて、時計の針が午前零時を指した。
「もう帰らなきゃ!」
主人公は女性に別れを告げ、急いで屋敷へ戻った。
女性は寂しそうに微笑みながら、彼を見送った。
主人公は知らなかった。
彼女が誰なのかも。
魔法使いが誰なのかも。
そして、あの舞踏会にいた女性たちが誰だったのかも。
彼はただ、素晴らしい夜だったと思っていた。
しかし、屋敷に帰った主人公を待っていたのは、いつもと違う雰囲気の十人だった。
十人は一列に並び、主人公をじっと見つめていた。
「お帰りなさいませ、主人公様」
森羅万象が優雅に微笑む。
「逃げ道はありませんでしたわね♡ 今日のあなたの笑顔、すべて整えさせていただきましたわ♡」
魔導が杖を軽く振る。
「内緒だなんておっしゃりながら、こんな可愛いお願いをしてくださるなんて……♡ すぐに共有済みでしたわ。チャオ♡」
科学がタブレットを確認する。
「心拍数・表情データ、すべて記録完了ですわ。99.999%の精度で『幸せ』を検出しました♡」
薬学が薬瓶をカチャリと鳴らす。
「踊り疲れた体に、特別な回復薬を用意しておりますわ♡ データも取れますしね♡」
監視が小型カメラを弄る。
「4Kで全部録画していますの♡ 後でみんなで見返し用ビデオにしますわね♡」
潜入が影から一歩出る。
「安全対策は万全でしたわ。経路もすべて把握済みですもの♡」
慈愛が優しく手を合わせる。
「楽しかったでしょう? でも、疲れたらすぐにヒールをかけて差し上げますわ♡ 再開の準備はできていますの♡」
嫉妬が目を輝かせて手を振る。
「主人公様、すっごく素敵でしたっ! 私も応援してましたからね♡ お疲れ様!!」
格闘特化が拳を鳴らす。
「俺は真剣に鍛えている。お前も体力が余ってるなら、もっと本気で来い」
腰振りスペシャリストが腰に手を当てる。
「二段ロケットで飛ばした甲斐があったぜ。次は三段だな」
「た、ただいま……」
「今日は、ずいぶんと楽しかったようですね?」
「えっ?」
「舞踏会で、素敵な女性と踊っていたそうですね」
主人公の顔が引きつった。
「な、なんでそれを……」
「私たちというものがありながら、ほかの女性と楽しい時間を過ごすなんて」
「そんな……!」
「悲しいです」
「寂しいです」
「私たちの愛が足りなかったのでしょうか?」
十人は悲しそうに俯いた。
主人公は慌てた。
「いや、違うんだ! これは、その……!」
「言い訳は結構です」
一人が静かに告げた。
「あなたには、反省していただく必要がありますね」
「は、反省?」
十人が一斉に微笑んだ。
「お仕置きです」
主人公の背筋に悪寒が走った。
翌朝。
主人公は広大な荒野に連れてこられていた。
目の前には十人のヤンデレたち。
そして、遠くの山頂には、今にも崩れそうな巨大な岩が置かれていた。
「さて、今日から特別訓練を始めます」
「……特別訓練?」
「ええ。昨日は、ほかの女性と踊る余裕があったのでしょう?」
「それと訓練に何の関係があるんだよ!」
「体力が余っているということです」
「違うだろ!」
魔導が杖を一振りする。
「まずは魔法で重力を少しだけ増してみますわ♡ お任せくださいませ♡」
格闘特化が拳を構える。
「俺が先陣を切る! 本気で来るぞ!」
腰振りスペシャリストが腰を落とす。
「衝撃波で岩を加速させてやる! 三段ロケットだ!」
ヤンデレの一人が手を挙げた。
その瞬間、山頂の巨大な岩が動き始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
「……え?」
巨大な岩が、ものすごい勢いで主人公に向かって転がってきた。
魔導の重力操作でさらに加速し、格闘特化の拳撃が追撃を加え、腰振りの衝撃波が追い打ちをかける。
「さあ、逃げてください!」
「待てええええええええええええ!」
主人公は全力で走り出した。
背後から迫る巨大な岩。
少しでも足を止めれば、押し潰される。
主人公は人類最強の身体能力を駆使し、岩の進路を読み、間一髪で回避した。
岩は地面を砕きながら通り過ぎ、遠くで轟音を響かせた。
「素晴らしいです!」
「今の反応速度、見事でした!」
「これなら、もっと負荷を上げられますね!」
「上げるなああああああああ!」
主人公の抗議を無視して、今度は空から無数の鉄筋が降り注いだ。
ヒュンッ!
ヒュンッ!
ヒュンッ!
「次は鉄筋です!」
「次とか言うな!」
魔導が魔法で鉄筋の軌道を少しだけ曲げ、格闘特化が追加の拳圧をかけ、腰振りが衝撃波で散弾のように拡散させる。
主人公は地面を蹴り、身を捻り、降り注ぐ鉄筋を次々とかわした。
一本が頬をかすめ、別の一本が足元に突き刺さる。
ようやく鉄筋の雨が止んだと思った瞬間、空が暗くなった。
「今度は氷です!」
「なんでだよ!」
巨大な氷塊が、次々と空から降ってきた。
魔導が冷気を増幅し、格闘特化が氷を砕いて破片を飛ばし、腰振りが衝撃波で氷塊を加速させる。
主人公は走り、跳び、転がり、必死に逃げ続けた。
氷塊が地面に激突するたび、荒野が震える。
「頑張ってください!」
「あなたならできます!」
「私たちは信じています!」
「信じるなら止めろおおおおおお!」
しかし、十人は止めなかった。
むしろ、主人公が危機を乗り越えるたびに、嬉しそうに拍手を送った。
科学がタブレットを操作しながら呟く。
「反応速度・回避率、すべて記録中ですわ。次の資料に活かしますわね♡」
監視がカメラを回し続ける。
「高画質で全部撮っていますの♡ 見返し用にも最適ですわ」
潜入が影から静かにメモを取る。
「逃走経路の分析完了。次回の封鎖パターンを設計しますわ♡」
嫉妬がメガホンを持って応援する。
「主人公様、その調子ですっ! 私が全力でエールを送ってますからね♡ 頑張って!!」
「さすが、私たちの愛する人です!」
「どんどん成長していますね!」
「もっと難しくしても大丈夫そうです!」
「大丈夫じゃない!」
やがて主人公は限界を迎え、地面に倒れ込んだ。
「も、もう……無理……」
その瞬間、一人のヤンデレが優しく主人公を抱き起こした。
「大丈夫ですよ。苦しかったですね」
彼女は慈愛の女神を呼び出した。
女神は主人公に手をかざした。
すると、疲労も痛みも、蓄積したダメージも、すべて消え去った。
主人公は完全に回復した。
「よかったですね!」
「さあ、続きを始めましょう!」
「は?」
主人公は耳を疑った。
「回復したのですから、もう一度できますよね?」
「できるわけあるかああああああああ!」
だが、再び巨大な岩が転がってきた。
魔導が重力を、格闘特化が拳を、腰振りが衝撃波を重ねる。
主人公は走った。
鉄筋が降ってきた。
主人公は避けた。
氷塊が降ってきた。
主人公は逃げた。
倒れた。
回復した。
そして、また走った。
十人はその様子を、心から楽しそうに見守っていた。
科学・監視・潜入は観察を続け、次の資料を着々とまとめている。
嫉妬はメガホンでエールを送り続ける。
「愛するあなたが強くなっていく姿を見るのは、幸せですね」
「ええ。昨日の舞踏会も素敵でしたけれど、今日のあなたも輝いています」
「これなら、いつまでも私たちと一緒にいられますね」
主人公は涙を流しながら走り続けた。
彼女たちは、主人公を苦しめたいわけではなかった。
本気で愛している。
本気で幸せにしたい。
本気で、彼がもっと強くなれば、もっと長く一緒にいられると思っている。
だからこそ、手加減などしない。
そして、主人公がどれほど強くなろうとも、彼女たちの愛情はそれ以上の速度で増えていく。
「次は、山を三つほど転がしてみましょうか?」
「それはいい考えですね!」
「氷山も追加しましょう!」
「待て! 待て待て待て! それはもう訓練じゃないだろ!」
十人は顔を見合わせた。
そして、満面の笑みで答えた。
「愛の特別訓練です!」
主人公の絶叫が、荒野に響き渡った。
こうして、秘密の舞踏会で始まったシンデレラごっこは、主人公にとって新たな地獄の幕開けとなった。
なお、十人のヤンデレたちは、最後まで舞踏会の真相を明かさなかった。
主人公は今も、あの夜に出会った美しい女性のことを思い出している。
そして、彼女たちは今日も仲良く、次の特別訓練について相談しているのだった。
森羅万象のヤンデレが優雅に指を鳴らした。
「……整えましたわ♡」
空間そのものが歪み、主人公の移動の座標が強制的に「ここ」に固定される。逃げ道は完全に消された。
「逃げ道はありませんわ♡」
彼女の一言と同時に、重力が一気に増大し、主人公の体が大地に圧し潰されるように沈んだ。
「ぐ……あっ……!」
完全に動きを封じられた主人公を、十人がゆっくりと取り囲む。
「さあ、お持ち帰りですわ♡」
「今夜のファンサービス、たっぷり楽しんでいただきませんと♡」
慈愛が優しく微笑み、薬学が回復薬を用意し、魔導が転送魔法を唱え、監視が録画を続け、科学がデータを確認し、潜入が経路を確保し、嫉妬が「お疲れ様!」とエールを送り、格闘特化が担ぎ上げ、腰振りが推進力を添え、森羅万象が空間ごと回収する。
こうして主人公は、抵抗も虚しく屋敷へと連れ去られた。
夜の生活の餌食にされた彼の悲鳴は、今日も屋敷の中でだけ、静かに響き渡るのであった。




