拳で届かぬ背中を追って――格闘特化、魔王に挑む
**背中を追う拳と、聖母の慈愛 ――修行編パート2**
夜が更けた要塞の地下トレーニング場。
前回、慈愛のヤンデレに傷を癒やされ、一度は休息を取ったはずの格闘特化の男ヤンデレは、再びサンドバッグの前に立っていた。
「……まだ足りない」
拳を握りしめ、目を閉じる。
主人公の背中。
あの、概念すら引き裂く「人類最強」の領域。
拳で届かないなら、どうすればいいのか。
その時、柔らかな声が背後から響いた。
「やはり、一人では限界がありますわ」
慈愛のヤンデレが、静かに近づいてくる。
彼女はいつもの聖母のような微笑みを浮かべ、血まみれになりかけた彼の拳を優しく包み込んだ。
「仲間を頼りましょう。あなた一人で背負う必要はありませんのよ?」
「……慈愛殿」
「ええ。今夜は、腰振り殿をお呼びしましたわ」
彼女が指を鳴らすと、トレーニング場の入り口が開いた。
そこには、すでに待機していた腰振りのスペシャリストの男ヤンデレが、軽く腰に手を当てて立っていた。
「呼ばれたんで、来ましたわ♡ で、何をすればいいんです?」
「腰振り殿の衝撃波を、真正面から受け止める特訓ですわ。格闘殿が、一撃の重みではなく『数』で勝負できる技術を身につけるために」
腰振りのスペシャリストは目を細めた。
「本気ですか? 俺の衝撃波を真正面から、ですと?」
「本気ですわ♡」
慈愛が微笑むと、腰振りのスペシャリストも肩をすくめた。
「……わかりました。じゃあ、最初は控えめにいきますよ」
特訓が始まった。
「では、いきます♡」
腰振りのスペシャリストが軽く腰を振る。
それだけで、空気が甘く震え、衝撃波が真っ直ぐに飛んだ。
**ドゴォォォォン!!**
格闘特化の男は、真正面から受け止めたつもりだった。
しかし、次の瞬間、彼の体は壁に叩きつけられていた。
「がはっ……!」
「あら♡ 一発で飛ばされましたわね」
慈愛がすぐに駆け寄り、治癒の光を放つ。
「もう一度、ですわ」
二発目。
三発目。
四発目。
何度も吹き飛ばされ、何度も慈愛に治される。
壁はへこみ、床はひび割れ、格闘特化の体は限界を超えて悲鳴を上げていた。
「くっ……! 一撃の重みが……足りない……!」
膝をついた彼が、ハッと顔を上げた。
「そうだ……一発で勝てないなら、数で勝負するしかない……!」
これまでの修行で積み重ねてきた全てが、頭の中で繋がっていく。
音速の正拳。
極・神殺拳の基礎。
そして、無数の手数。
「俺は……今まで、重さだけを追いすぎていた」
彼は再び立ち上がった。
目には、以前とは違う光が宿っている。
「今度は、俺から行く!」
腰振りのスペシャリストが次の衝撃波を放つと同時に、格闘特化が動いた。
**バババババババババッ!!**
拳と蹴りが、神速で織り交ぜられる。
一撃一撃は軽くても、その数が圧倒的だった。
衝撃波を打ち消し、打ち消し、打ち消し……。
「な……!?」
腰振りのスペシャリストが目を見開く。
衝撃波が、手数の嵐の中で霧散していく。
「これだ……! これが、俺の新しい拳だ……!」
格闘特化は、ついに衝撃波を真正面から打ち消し、腰振りのスペシャリストの目前まで詰め寄った。
「……合格ですわね♡」
慈愛が優しく拍手をする。
「あなたは、もう一人ではありませんのよ」
その時だった。
「ふふっ……よくぞここまで来ましたわね♡」
優雅な声と共に、魔導のヤンデレが空間を裂いて現れた。
彼女は杖を軽く振り、満足げに微笑む。
「最終テストをしましょうか♡」
「最終テスト……?」
「ええ。大魔王ルシファーを召喚して、一騎打ちをしていただきますわ♡」
次の瞬間、トレーニング場の中央に巨大な魔法陣が展開された。
闇と炎が渦巻き、そこから威圧感たっぷりの大魔王ルシファーが姿を現す。
ルシファーは、魔導のヤンデレを見て深いため息をついた。
「……またですか。そろそろお手軽にサンドバッグ代わりに呼ぶの、やめてくれませんか」
魔導のヤンデレは、ただにっこりと微笑むだけだった。
「…………」
ルシファーは肩を落とした。
「……わかりましたよ。どうせ言っても無駄ですからね」
彼は格闘特化の男に向き直る。
最初は「またサンドバッグか」という投げやりな態度だった。
しかし、格闘特化の目を見た瞬間、ルシファーの表情が変わった。
「……お前、この戦いに並々ならぬ思いを持っているな」
「ああ。俺は、あのお方の背中に届くために、ここにいる」
ルシファーは静かに拳を構えた。
「ならば、ちゃんと迎え撃つとしよう」
死闘が始まった。
ルシファーの拳は、まさに魔王のそれだった。
空間を歪め、床を砕き、壁を粉々にする。
しかし、格闘特化はひるまなかった。
神速の手数。
拳と蹴りを織り交ぜ、一撃の重みではなく「数」で押し返す。
何度も吹き飛ばされ、慈愛が即座に治し、また立ち上がる。
「まだだ……! まだ届かない……!」
血と汗を飛ばしながら、格闘特化は限界を超えていく。
そして、ついに――。
**ドゴォォォォォォン!!**
最後の一撃が、ルシファーの胸を捉えた。
魔王が片膝をつく。
「……負けた、か」
ルシファーは苦笑した。
「お前の拳は、確かに重くなった。いや……数で押すその執念が、重い」
格闘特化は、その場に膝をついた。
そして、静かに涙を流した。
「……届いた。ようやく、格闘技術では……ようやく、あのお方の背中に一歩近づけた……」
慈愛がそっと彼の肩に手を置く。
「よく頑張りましたわね♡」
魔導のヤンデレも、満足げに杖を振った。
「素晴らしい成長ですわ♡」
一方、その頃。
要塞の別室で、主人公は天井を見つめていた。
最近、まったく修行らしい修行をしていない。
というより、逃げ回るので精一杯だった。
「……なんか、やたらと地下が騒がしいな」
ふと、監視モニターに映る格闘特化の姿を見た瞬間、主人公の顔が青ざめた。
「は……? あいつ、ルシファー倒してる……? しかも泣いてる……? 『主人公に並んだ』とか言ってる……?」
主人公はガバッと起き上がった。
「待て待て待て待て! 俺、最近マジで何も鍛えてないぞ!? このままだと抜かれる……いや、すでに並ばれてる……!?」
焦りの色が、はっきりと浮かんでいた。
地下では、格闘特化が涙を拭いながら拳を握りしめている。
「これで、ようやく……少しは近づけたはずだ」
慈愛が優しく微笑む。
「ええ♡ でも、まだまだですわよ? ご主人様は、逃げ足だけは相変わらず速いですから♡」
魔導のヤンデレが杖を軽く振る。
「では、次は『逃げたご主人様を捕まえる実戦訓練』に移りましょうか♡」
「待ってくれえええええええ!!」
主人公の悲鳴が、なぜか先に聞こえた気がした。
――こうして、格闘特化の男ヤンデレは、仲間の力を借りて新たな領域に踏み込んだ。
そして主人公だけが、静かに焦り始めていたのである。




